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第08話:出発編

   1


 新天地を目指すデュラン達は各々で遠征用の装備を整え、自分なりの旅支度を終えると朝方に待ち合わせ場所の広場へ集った。

「いやぁ良い気分だぜ。これであの目障りな小僧とも会わないで済む」

「私は残念でしか無いけどね。寧ろ目障りなあんたが四六時中一緒な方が憂鬱よ」

「僕もいざとなったらピンチに駆け付けてくれる人達から離れるのは不安だなぁ」

 なんて愚痴を溢しながらも結局はデュランに従うミネアとロキ。妙な因果で繋がれた凹凸の三人組は、やがて王都の入口に差し掛かったところで顔馴染み達の姿を認めた。

「何だよお前ら、俺達に用があるなら生憎だが……」

「いえ、長旅に出られると風の噂でお聞きまして。僭越ながらお見送りに」

「へぇ。フロスト御一行様のお耳に入るなんて、一体誰が吹聴しているんだか」

「あんた自身が昨日、冒険ギルドで皆に言いふらしていたじゃない」

「寂しがり屋か!」

 そう挨拶代わりの問答が終わると少年は更に前へ歩み出てきた。

「ミネアさんも行ってしまうんですね。正直とても寂しいです」

「あら、社交辞令でもそんな風に言ってくれて嬉しいわ。今までありがとうね」

 ミネアは彼の言葉を冗談半分に受け止めたが、それに気付いたフロストはここで勇気を振り絞る。

「あの、やっぱり考え直して貰えませんか。ミネアさんは僕の側に居て欲しいです」

「えっ?」

 その思い掛けない発言に当人は顔をきょとんとさせ、同時に連れの男子達も目を丸くした。

「なっ、てめ止めろ、そんな風に口説いたらこの女は直ぐまた!」

「デュラン、待って!」

 だが空気を読んだロキは読めない馬鹿の口を塞ぎ、ミネアの意志を尊重すべく二人の動向を静かに見守る。

「……私もフロスト君と一緒に居るのが好きよ。だけど御免なさい」

「僕の事、お嫌いになってしまいましたか?」

「そんな訳ないでしょ、貴方は逞しくなったから心配していないだけよ。後ろの二人は放っておくと野垂れ死ぬから付き添いが必要だけど」

 こう言ってウインクをした相手に、改めてフロストは敬愛の念を抱く。

「本当にミネアさんは優しいです。だから僕の事も大切にしてくれたんですね」

「別に、単に唾付けておいたに過ぎないわ。私みたいな性悪女はとっとと忘れて、君は本当に自分を大事にしてくれる人と幸せになりなさい」

 まるで子供を諭す様に告げるミネアであったが、首を横に振ったフロストは後ろ手に携えていた木箱を彼女に差し出した。

「これは貴女への気持ちです。僕はまだ諦めません」

 中を開けると美しい刻印が施された白地のステッキが入っていた。それは神官の武器として非常に希少なアイテムだった。

「いつか僕はミネアさんを迎えに行き、デュランさんから貴女を取り戻します!」

「あらあら、意外とフロスト君って強引なのね」

 等と遇いつつミネアは心底嬉しそうな笑顔を浮かべ、そんな彼女とフロストの関係性を見たロキは友人の横腹を突いた。

「どうやら相手をライバル視していたのは彼も同じだったみたいだね」

「チッ。こんな女くらい幾らでもくれてやるのに」

「あらそう、だったら此処でさようなら。ロキと二人で仲良くね」

「嘘です、すみません。どうか俺達に付いてきて下さい」

 こう言ってミネアを迎えに出たデュランは、フロストを一瞥すると苦々しく告げる。

「その、い、今まで悪かったな。当面会わないだろうから一応謝っておく」

 そんな謝罪を受けた少年であるも首を傾げ、逆に訝しんだ表情で彼に尋ね返した。

「デュランさんは頭でも打ったんですか? それとも悪い物を食べたとか?」

「お前まで俺を弄り始めるな!」

 なんて当事者同士の蟠りが解消されたところで彼らは旅立つ。ライバル関係の割に友好的な雰囲気なのは、両陣営の力が全く均衡していない所以だろう。

「あばよ! 次に会う時はギャフンと言わせてやるからな!」

 去りゆく三人と残る三人。極めて好意的に見れば主役の交代にも捉えられる光景だ。

「やれやれ。最後まで騒がしい連中だったな」

「あれで良いんですよ。デュランさん達は元気に騒いでいるのが一番です」

「おっ、余裕のある男っぽい台詞だにゃ」

「そ、そんなつもりは」

 だが真の英傑である彼らには、厄介者の戯言に感けている時間など無い。

「まあ我々はやるべき事をしよう。今は魔剣を盗み出した連中の存在が気掛かりだ」

「はい、ルーシュさん!」

「ふっふっふ。ミネア嬢が居ない間はお姉さん達がフロストきゅんを癒してあげるにゃ♪」

「ちょ、ちょっとノエルさん!?」

 そんなフロスト一行の奮闘は今後も続くが、本作で主に描かれるのは馬鹿三人組のどうでも良い話の方である事は留意されたし。


   2


「勢いに任せて王都から飛び出したのは良いけど、私達は一体何処を目指すのかしら」

「それは今から考える」

「まさかの無計画!?」

 都が見えなくなる丘の先まで進んだところで、何気なく行われた質問の回答に思わず二人は立ち止まった。

「何だよ、お前達だって何も聞いて来なかったじゃないか」

「僕は下手に聞いたら不安が増すし、先入観を排除して凡ゆる事態に備えた方が良いかと」

「だからこその大荷物なのね。だるまが横倒しになっているみたいで可愛いけど」

 自分自身と同じ大きさのリュックを背負うロキの姿にミネアは笑うが、一方でそんな彼女の軽装にもデュランは突っ込みを忘れない。

「ってかお前はどうなんだよ、見たところ所持品はショルダーバッグ一つだけだが」

「私はミステリーツアーに参加する感覚で、必要な物は旅先で揃えようかなって」

「唯の観光旅行じゃないか!」

「まあ、いざとなったら貴方達の荷物を奪えば良いしね」

「お前さては自分をオタサーの姫だと思って調子乗っているだろ」

 王都の時と違ってフロストら常識人が居ない状況で、果たして彼らの冒険が満足に進むかは不透明だ。いや進まなくとも然して問題では無いが。

「ってか新天地を目指すとか言っていた癖に、これじゃ転職先を決めずに会社辞めちゃった人みたいじゃない」

「まあ待てよ。大まかだけど展望は考えてある」

 ミネアの追求を受け流しながら地図を出したデュランは、この世界に存在する複数の大陸の一つを指差した。

「俺達がいるのはユグドラル大陸の中央付近だ。ここから先ずは東へ向かい、海を挟んだ先に存在する別大陸グランディアを目指す」

「グランディアかぁ。此方の大陸が賢者の生誕地だって聞くのに対し、向こうは勇者の生まれ故郷だって伝えられているよね」

「へぇ。フロスト君に負けない男前な勇者の末裔が現れて、二人して私を取り合う展開とかになったらどうしよう。えへへっ」

「こいつマジで浮かれていやがる。魔性の女が聞いて呆れるぜ」

「フロスト君の告白が相当嬉しかったんだろうね。唯の乙女と化しているよ」

「これで万一にも小僧と再会した時、もし彼奴がノエルか姫さんの何方かと付き合っていたら脳破壊が起こりそうだな」

 ヒロインの死亡フラグを立てつつ主人公は本題を進める。

「で、話を戻すがグランディアは冒険ギルドも此処と全くの別組織だそうだ。俺達の事なんて誰も知らない、つまりは再スタートを切るのに申し分のない舞台って訳さ」

「それは果たして良い事なのかな。コネも伝もない場所でやっていくのは大変な気が」

「あ、またフロスト君みたいに優秀な迷い子を捕まえる算段だとか?」

「どれだけ俺が他力本願だと思っていやがる」

「人はそう簡単に変わるものじゃないからね」

 遠慮なく疑いの目を向けた二人に対し、咳払いをした青年は改めて告げる。

「まあ、そんな訳で一先ずは港に辿り着くのが目標だ。いざ行かん、夢と魔法の国に!」

 こうして勢い良くデュラン達は緑豊かな草原地帯へ駆け出し、何はともあれ希望に満ちた旅が始まった。……かと思えたのは一瞬の事だった。

「ぎゃああ、猪型のモンスターが親子で迫ってくる!」

「ちょっとこっちに引き寄せないでよ、回復役が先に倒れたら意味無いでしょ!」

「仕方ない。僕が囮になって……うわわ! 荷物が重くて動けない」

 冒険開始から間もなく、ダンジョンでもない野外を普通に歩いているだけで三人は毎度毎度の大騒ぎ。側から見ると楽しそうな光景だが本人達は涙目だ。

「次は巨大なカエルの群れよ! 私が捕まったら色々と問題だから何とかして!」

「今夜の夕飯、何にしようかなぁ……」

「おいデブ。現実逃避の余り食われながら献立を考えるんじゃない!」

 困難の大半はレベルの低さに起因するものだが、三人は過去の冒険者や巡回兵に整備された地域でばかり活動し、元より自然環境の過酷さを知らなかった事も根本的な問題である。

「一体どうなっているんだ。これじゃ行商人の往来も儘ならないじゃないか」

「だから警護系のクエストは需要が絶えないんだね。僕達は受けた事が無かったけど」

「どうするの。今からでもギルドで警護依頼を掛ける?」

「何処の世界に自分の身を守る為に冒険者を雇う冒険者がいるんだ!」

「見栄を張っている場合じゃ無いけど、もし依頼してフロスト君達が来たら気不味いね」

 更に彼らの行手を阻むものは戦闘だけに留まらなかった。

「ねぇ、何時になったら宿場町に着くのよ」

「えっ。うん、そうだなぁ……」

 デュランは世界地図を手に唸り声を上げる。当然の如く縮尺の大きい地図は持っていない。

「すまん。道に迷ったかも知れない」

「はぁ!?」

 普通のクエストも満足にこなせない連中が、未知の冒険に出るなど百年早かった。


   3


 人里へ着く前に日没を迎えたデュラン達は初日から野営となり、高台に登った三人は慎重に就寝地を選定する。

「この辺りが風上だよな。モンスターの巣も近くには無さそうだ」

「判断を間違えたら猛獣にパクって感じだね」

「私達の場合、普通に冗談で済まない大惨事になるから怖い事を言わないで」

「にしてもロキが野営具を用意していて助かったぜ。持つべき者は良い相棒だ」

「何処までも人任せなんだから。せめて設営くらいはデュラン主体で頼むよ」

「と言うかこの男は旅に出るって自分で決めた癖に、一体今日まで何の用意をしていたの」

 訝しげな視線をミネアが向ける中、意気揚々とキャンプの準備に取り掛かるデュラン。だが彼はここでも自分のカルマだと言わんばかりの悪戦苦闘振りを披露する。

「うわ、折角建てたのにテントがまた崩れちまった!」

「設営もフロスト君に良く頼っていたわよね。貴方が何かする度に彼の尊さを実感するわ」

 更には焚き火を起こすのも一苦労だ。

「ふーっ、ふーっ! げふげふ! かれこれ五分は粘っているのに着火する気配が……」

「早くして頂戴よ。夜風で身体が冷えてきちゃうでしょ」

「だったらお前も手伝ってくれ。何で既に寛ぎモードに入っていやがる」

「別にやれって言われたらやるけど、それで貴方は男としての面目を保てるの?」

「じゃあロキ、炊事の方は俺が代わるから頼む!」

「あ、ごめん。火打ち石を渡し忘れていた」

「おいこらぁ!」

 こうして騒ぎつつも何とか食事を終えた三人は次の問題、無防備極まりない野宿での睡眠について話し合う。

「見張りは一時間半の交代制。デュラン→僕→ミネア→デュランのローテーションでいこう」

「一遍に三時間しか眠れないのかよ。前は一回交代したら朝までぐっすりだったのに」

「それはフロスト君に自分の番を不当に任せていたからだよ」

「だからあの子は(私の膝上で)良くお昼寝していたのね。なのに貴方ったら度々彼を頼って安眠を妨害していたし」

「凄いなデュラン。ここまで屑エピソードに事欠かない人間が実在するんだね」

「良いから早く寝ろお前ら。俺の睡眠時間が削られるだろ」

「あ、別に敵を追い払う事は期待していないから、何かあったら無様な悲鳴を上げてね」

「このアマ。寝込みを襲ったろか?」

「そんな度胸無いくせに」

 小煩い二人がテントの中へ入ると、直前までの喧騒が嘘みたく静まり返った。偶に届く獣の遠吠えに身を怯ませつつ、一人きりになったデュランは静かに本音を吐露する。

「はぁ、マジで旅って辛たん……」

 威勢だけで動く彼は後悔先に立たずの心境だが、そんな気質でも無ければ此のご時世に旅をする発想に至らない。良くも悪くも破天荒な彼は澄んだ星空を見上げて呟く。

「まあ自分を見詰め直すには良い機会だろうな。【今更もう遅い】かも知れんけど」

 彼はこの冒険で何を得るのだろうか。いや何も得ない可能性の方が高そうだ。

「ううう……」

 一方、テント内で寝袋に包まったミネアは嗚咽と共に身体を震わす。

「どうしたのさ。もしかして外が怖いの?」

「ううん。フロスト君が恋しくて眠れないだけ……」

「ある意味で君、彼が抜けた事でデュラン以上にダメージを受けているよね」

 仲間の世話係と化したロキが言うと、目を擦ったミネアは悲しげに嘆く。

「ああ、彼に貰ったステッキを握ったら余計に恋しい」

「まあ寂しいと感じるのは今だけさ。朝日が昇れば気持ちも新たになる筈だよ」

 親しい人の別れや旅の始まりは誰しも不安になるが、その先に明るい未来が待っている事をロキは疑わなかった。――実際に朝を迎えるまでは。

「うわあ……」

 翌日は生憎の雨、と言うか雷鳴を伴った土砂降りとなった。加えて三人はテントに当たった雨粒の音と慣れない三交代制の見張りで睡眠不足に陥っている。

「ここは普通、希望に満ちた感じで太陽が昇る場面じゃないのか」

「まあメンバー唯一の晴れ男っぽかったフロスト君が居ないし、こういう事も有り得るかと」

 それでも男子勢は辛うじて現実を受け入れるが、充血した目の下に隈を作ったミネアは投げ槍に告げる。

「決めた。私もう帰る!」

「「えっ」」

 そう言うと彼女は荷物を纏めて来た道を引き返そうとする。雨降り頻る視界不良な環境でもお構い無しの様相で、そんなミネアを二人の男は必死に引き止めるのだった。

「駄目だ、この天候で無闇に動くと危ないよ。と言うか僕を此奴と二人きりにしないで!」

「こんな直ぐ王都へ戻られたら、本当に俺が愛想尽かされたと思われるだろうが!」

「嫌だ嫌だぁ、あんた達と一緒にいるメリットが私には全っ然無いんだもの!」

「「それはご尤もな意見だけども!」」

 頑張れデュラン達。苦難に満ちた冒険はまだ始まったばかりだ。

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