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第03話:闇堕編

   1


「はああぁぁ、でやぁあ!」

 城下町から程近い石塔のダンジョンにて、二人の冒険者が汗を流しながら武器を振る。王国随一のパーティーを率いていた剣士デュランと、その相棒である重戦士ロキだ。

「おいこらロキ、ちゃんと敵のヘイトを自分に向けておけ!」

「そ、そんな事を言ったって僕の体力にも限界が」

 モンスター相手に激闘を繰り広げる二人だが、此処は熟練冒険者にとって攻略容易な初心者御用達の狩場である。それにも関わらず彼らは苦戦し――、

「いや無理だ、無理! 撤退するぞ!」

 あ。今、逃げ出した。

「こん畜生が。たった二人で回復役も不在とかパーティーとして成り立たないぜ」

「ぜい、ぜい……。そんな事を言ったって、ぜい、ぜい。一向に集まる気配のない新メンバーを待っていたら、ぜい、ぜい。徒に時間が過ぎるばかりだし」

 激しく息を切らして安全地帯まで退避したロキは、得物の槍を放り出すや丸々とした身体を草むらに倒れ込ませた。その如何にも運動不足な休日のお父さん的存在をデュランは呆れ顔で見下ろす。

「アタッカーは俺しか居ないんだ、せめて盾役のお前がもう少し攻撃を防いでくれよ」

「僕よりもデュランの火力不足が問題でしょ。四人の時から攻撃役を担っていた筈なのに一体どうしたのさ?」

「ふっ。結局はフロストのバフ魔法有りきだったって事だな」

「遂に自分で認めちゃったよ。駄目だこりゃ」

 突っ込みを入れつつ疲労困憊の為に仰向けの侭なロキ。そのマスコットっぽい体型のお腹をポンポンと叩きながらデュランは憂鬱に語る。

「しかし互いに誰のパーティーにも加入出来ず、なし崩し的にまた組む羽目になるとは」

「既に僕達の悪評は広がっているからね。近寄り難い存在なのかも」

「まさかフロスト一派が俺達の噂を!?」

「ううん。僕らが普通に全滅を繰り返す様を他の冒険者に見られているだけさ」

 ここで「よっこいしょ」と重い身体を起こしたロキは帰り支度を始める。それを見た相方も荷物を持って続くが、帰り道も未練がましくパーティーの現状を嘆くのだった。

「せめてあのアバズレが居れば、低レベルのダンジョン程度は攻略出来るんだが」

「だったら戻って来いと頼めば良いじゃん。彼女はまだ仮メンバーらしいし、冴えない男二人の冒険なんて何処に需要があるか分からない状態は早々に脱しないと」

 ご尤もなロキの指摘だがデュランは提案を拒む。

「それだけは絶対に御免だ。まだフロストの小僧に頭を下げる方がマシだぜ」

「はは〜ん。さてはミネアの事が恋しいけど、それを彼女自身には悟られたくないと」

「馬鹿を言うな。奴と俺はそんな間柄じゃない」

「またまたぁ」

 と冗談めかして揶揄ったロキに対し、彼の肩を掴んで否定する男の顔はマジだった。

「男女間に必ずラブコメが生じると思うな。少なくとも俺とあの女に限ってはな」

「あ、これマジで違うやつだね」

 その内に二人は王都へ戻ってきた。因みに移動魔法も使えないので徒歩での凱旋だ。

「じゃあ今日はこの辺で。僕はこれから副業があるから」

「へっ、この商人崩れめ。どうせケチな転売か何かだろ」

「僕が稼がないと住処のローンが払えず、文字通り路頭に迷う事になるけど良いの?」

「宜しくお願い致しますロキ様。もはや貴方の財テクだけが頼りです」

 こうして唯一の仲間を見送ったデュランは寂しげに佇むと思いきや、何を考えたのか付近の壁をこれ見よがしに握り拳で叩いた。

「畜生が。この俺に力があれば!」

 なんて一丁前に主人公っぽい台詞を吐いた男は手を痺れさせる。この愚か者に陽が当たる事など無いと思われたが、彼の動向を路地裏から覗いていた人物がここで声を掛けた。

「其処の貴方、力をお望みか?」

 素顔をフードの下に隠して現れた相手は、訝しむ青年に会釈をしながら静かに歩み寄る。

「デュラン・タルボットだな。このユグドラル王国随一の冒険者だと聞いている」

 その情報は残念ながら最新状態にアップデートされていない訳だが、彼の言葉によって栄光の日々を思い出した青年は一転して晴れやかな顔を作る。

「その通り、天下に名高い孤高の剣聖デュランとは俺の事だ!」

 秒で調子に乗ったデュランの態度は話を持ち掛けた人物も若干引く程だ。それでも気を取り直した相手は徐に黒い剣を差し出してくる。

「では貴方にこの剣を授けよう。並の戦士では使い熟せない業物だ」

「ほう。それは実に興味深い」

 この如何にも怪しい展開にデュランは全く躊躇なく剣を手にした。その不用心さに開いた口が塞がらない相手だが、それは兎も角として思惑通りの展開になる。

「うっ、こ、この感じは……、お前何を……!?」

 ようやく本人が異変を感じた時には手遅れだった。いや既にデュランという人間自体が色々と手遅れだが、そんな事情を知らない男は唇を歪ませて宣言した。

「馬鹿め、気付いても【今更もう遅い】ぞ。お前はこれより我ら結社の手先となる」


   2


 一方その馬鹿と別れたロキは、馴染みの仕入れ先で店主と一悶着を起こしていた。

「売り切れって可笑しいだろ。ちゃんと僕はプーエス6を10台予約しておいたのに!」

「だから転売目的の予約は無効だって。あんまり駄々を捏ねると冒険ギルドに通報するぞ」

「うぐぐっ、こん畜生め」

 此方もまた相棒に負けず劣らず落ちぶれた男だが、デュランと違って損得勘定が得意な彼は店主に脅されると大人しく引き下がった。然し乍らダンジョンの攻略が覚束ない現状、貴重な収入源の一つが絶たれた事は痛手である。

「どうしよう。いっそデュラン自身を質に入れて僕は田舎に戻ろうかな」

 そんな風に身の振り方を考えながら帰路に着くロキだが、ふと街の反対側から悲鳴や爆発音が聞こえ始め、俄かに騒がしくなってきた市中へ改めて意識を向けた。

「何だろ。モンスターでも襲来したのかな?」

 今の状態では討伐クエストにも参加出来ないと思いつつ、ロキは商業区から大通りを抜けて王都の中心部に赴く。そこで信じ難い光景を遠目に捉えた彼は片眼鏡をずり下ろした。

「嘘でしょ、あれは……」

「わはははっ、これは凄い力だ!」

 通り沿いの建物を屋根伝いに軽々と飛び回り、剣を振った際の衝撃波で街を破壊してゆく男。その姿形は紛れもなく彼の知人だが、完全に悪夢でしかない光景にロキの意識は朦朧とする。

「見間違いだよね。うん、きっと僕は疲れているんだ。早く家に帰ろう」

 しかし彼が見たのは幻覚ではなかった。フードの男から譲り受けた黒剣を手に、その青年はモンスターの如く無差別攻撃を仕掛けていた。

「これは凄いぜ。身体が羽みたいに軽い上、無限に力が湧き出てくる!」

 半刻前に初級ダンジョンで苦戦していた男の面影はなく、手練れの冒険者や兵士を圧倒する戦い振りは名を馳せた往年の勇姿を思い起こさせる。

「久々の感覚だ。これが俺の本当の実力なんだな!」

 当然そんな訳はなく、以前にフロストから受けていた補助魔法と類似したバフ効果を、今は代わりに黒剣が担っているに過ぎない。それでも彼が極めて強い剣士へと戻り、王国の脅威となった現状は紛れもない事実だった。

「良い気味だぜ。俺をコケにしやがった連中共め!」

 実際には相応の扱いをされているだけだが、謎の復讐心に燃えたデュランは逃げ惑う者達を執拗に追撃せんとする。

「待って下さい、デュランさん!」

「ああん?」

 そうした中で遂に真打登場。大森林の地下遺跡ダンションを攻略してきたメンバーが帰還し、遅ればせながら騒動の渦中に飛び込んできた。

「これは躍進目覚ましいフロスト一派じゃないか。皆さんお揃いで」

「いやあんた何やっているのよ、進退窮まって可笑しくなっちゃったの?」

 平然と溶け込んでいるミネアが唯一、的確な突っ込みを入れるがデュランは反応を示さない。僅かに頬をヒクヒクさせた様にも見えるが気のせいだろう。

「デュランさん。何があったのか存じませんが、こんな事は止めて話し合いましょう」

「ふん。嫌だと言ったらどうする?」

 時計台の上に立ったデュランは黒剣を振り翳しながらフロストを見下ろす。それは追放前の上下関係を思い起こす構図だが、杖を構えた少年は足を震わせるも逃げなかった。

「ぼっ、僕が貴方を倒します!」

 フロストは拭い切れない恐怖心を堪えて立ち向かう。そんな少年の勇気には仲間達も呼応し、猫耳少女ノエルと女騎士ルーシュ+仮免一名も付き従うのだった。

「うちはフロストきゅんと一蓮托生だにゃん!」

「ああ、私も共に戦おう」

「あ、ええっと、わ、私も頑張るっ!」

 こうしてデュランは嘗ての同胞と対峙する事に。不敵な笑みを浮かべた青年は余裕の表情を崩さないが、しかし心内では全く別の思考を巡らせていた。

(うん……。どう考えてもこれ、普通に悪役の俺が成敗される流れだよな)

 実を言うとデュランはとっくに我に返っていたが、この愚者はフロストみたく強固な意志を持たぬが故、黒剣から発せられる魔力に身体を乗っ取られた状態なのだ。

(何で俺はこんな事をしているのやら。傍目には激アツな展開かも知れないが、どう考えても自分は唯の斬られ役でしかない)

 流石のお調子者も厳しい現実を見据えるが、それはそれとして彼は悪の手先と化した自分と相対する一人、白い目を浴びせてくる女神官には思う所があった。

(おいこらエセ僧侶。その『こいつ遂に堕ちる所まで堕ちたな』って言う哀れみの視線を止めやがれ。つっても喋れないのが腹立つ)

 そんな風に複雑な感情を巡らせる間も戦闘態勢へ移行し、操り人形となったデュラン相手にフロスト達は武器を構えた。

「デュランさん、行きますよ!」

「ははは、来い!(もう、どうにでもな〜れ*☆*|∩(´・ω・`) ☆)」

 王都の中心部というお誂え向きの舞台にて、ここに新旧の英雄二人が激突を果たす。戦いの火蓋は遂に切って落とされ、そして割と早く鎮火した。


   3


「此度の事は誠に申し訳ありませんでした」

 主戦場となった噴水広場の一角にて。鎧をボロボロにした半裸状態のデュランは正座を行い、辛辣な表情の美女達に取り囲まれるマゾプレイを敢行中だ。

「怪しげな男から剣を差し出され、自分の意志とは無関係に街を襲ったって言うの?」

「はい、その通りです。誓って嘘じゃありません」

「操られたって本当かしら。この男なら実際に憂さ晴らしで街を破壊しかねないわよ」

「そ、そこまで俺は屑じゃない! ……と思っています。はい」

 冗談半分で発したミネアの疑惑に対し、何時もの悪態で反応したデュランだが直ぐ意気消沈してしまう。その見窄らしく哀愁を漂わせた姿には女性陣も肩を竦めた。

「まあ此の黒剣が彼の証言を裏付ける代物なのは確かだ。これは我がユグドラル王国の伝承に記された魔剣グラハムと特徴が一致している」

 禍々しい瘴気が発せられた剣柄を掴み、それを掲げたルーシュは精悍な顔を顰める。

「この剣は意志を持っており、所有者の承認欲求や自尊心に漬け込んで意の侭に操るらしい」

「でもルーちゃんは平気そうに持っているにゃん?」

「己の心をしっかりと保ち、毅然としていれば意識を乗っ取られる事はない」

「ほら、やっぱり此奴にやましい気持ちがあったんじゃない」

「五月蝿いぞ、だったらお前も持ってみろ! いや持ってみては如何でしょうか?」

「せめて私の前では虚勢を張り続けなさいよ」

 そんなミネアとデュランのやり取りを見ながら女騎士は安堵の息を吐く。

「いや、しかし操られたのが貴殿で幸いしたとも言える。もしギルド上位の強戦士や悪党共に渡っていたら此の程度の被害では済まなかった筈だ」

「成る程ね。宿主が雑魚だから助かったと」

「それ以上は言うな! 俺のメンタルはもう限界なんだぁ!」

 こう叫んだ後で弱々しくデュランが項垂れた折り、近くで索敵魔法を使っていたフロストが遅れて皆と合流した。

「辺り一帯に強い魔力は感じられませんでした。デュランさんに剣を渡した人も、これ以上は騒ぎを起こすつもりは無いみたいです」

「ふむ。負傷者手当てはフロスト君のバフ効果を得たミネアと衛生兵が既に終えたし、今回の騒動については一件落着だな」

「それにしてもデュラン、遂に自分が使い捨てられる側に回るなんて……」

「ムカつくとか嫌いとか通り越して、もはや純粋に哀れだにゃん」

「……うう」

 先程まで敵対していた者達からの同情に、針の筵な心境のデュランは沈黙を貫き続ける。が、そんな男とは別に自省をする人間がもう一人いた。

「あの、今度の件は僕に一因があると思います。自分がミネアさんをパーティーへ引き入れてしまい、焦ったデュランさんが敵の口車に乗せられた訳ですし」

「いや普通に違うでしょ。そもそも私は自分の意志で此奴から離れたのよ」

「だが彼に全ての責任を押し付けるべきではない。そうフロストは言いたいのだな」

「……なっ!?」

 憎むべき相手であるフロストからの助け舟に、いよいよデュランは腕を震わせて己が感情を爆発させんとする。ついでに言うと慣れない正座で足腰も限界だった。

「まあ責任は悪しき者の侵入を許した警備に加え、嘗て城で保管していた魔剣を敵に奪われた王国側にもある。心配せずとも彼に処罰は……」

「止めろぉ、お前達に同情されると余計に悲しくなるんだ!」

 そう叫びながら熱り立ったデュランは、唖然とした一同へ大見得を切って言い放つ。

「今日のところは此処までだ、これで勝ったと思うなよ!」

「どの立場であんたは言っているのよ」

「この借りは必ず返すからな。お、覚えていやがれ!」

 そう言って広場から走り去ったと思いきや、彼は瓦礫の撤去作業を行なう冒険ギルドの一団に呼び止められ、幾度も頭を下げた末にそのまま復旧活動に従事する形となった。

「助けて貰ったのにあの態度。フロスト君が魔剣に気付かなかったら死んでいた癖に」

「でも、あんな風に元気な方がデュランさんらしいですよ」

 そう優しげに微笑むフロストだが、彼の横顔を見たミネアは苦々しい表情で言う。

「悪気は無いだろうけど貴方の株が上がる程、奴の株は相対的に下がるからお手柔らかにね」

「へぇ。フロストきゅんとデュラっちは表裏一体、光と闇みたいな関係とか?」

「そう聞くと良いライバルみたいだけど、実態としては奴が只管に屑なだけよ」

 なんて事を言いつつ和気藹々としたフロスト一行も、自分達の活躍を鼻に掛ける事なく復興の手伝いに向かう。こうして今回の騒動は幕を下ろしたが、一連の経緯を密かに眺めていた男はフードの下に困惑を浮かべた。

「此方の目論見と随分違う結果になったな。てっきり魔剣を渡した男は英雄の末裔だと思っていたが……、まあ良い」

 それでも目的を果たした彼は踵を返し、人知れず王都から去る。

「あの御方に全てご報告するとしよう。嘗ての賢者と見紛う魔法使いの少年についても」

 そんな男の頭から既にデュランの輪郭は消え失せており、二人が再び会う機会が訪れるかは不明だが、少なくともドラマチックな展開は望み薄であった。

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