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第02話:解散編

   1


 冒険者ギルドに併設された酒場のテーブル席にて、三人組の若い男女が黙々と食事を摂っていた。親しい間柄の筈だが流れている空気は険悪だ。

「畜生あの小僧、なんて羨ましい身分なんだ!」

 そうした中で剣士の男が堪え切れずに机を叩く。これには二人の同席者も沈黙を破って反応するが、その何もが否定的な感情を隠さなかった。

「まだ言っているわ、この馬鹿助平。自分がモテないからって物に当たらないでよ」

「男の嫉妬もここまで来ると見苦しさを通り越し、憐れみすら感じてくるね」

「お前達、散々俺を貶しているが他人事じゃないぞ!」

 デュランの指摘それ自体は正しいが、彼の焦燥とは裏腹に二人は達観した装いだ。リーダーの精神年齢が低い分だけ大人びて見えるだけかも知れないが。

「まあフロスト君が取られたのは仕方ないわよ。私達が彼を追放(DFA)した後、移籍期間(ウェイバー公示)中に正式な手続きを経て引き抜かれたんだから」

「彼がまた追放されるか、或いは自分の意志で離別すれば再獲得のチャンスはあるけど」

「あの様子じゃ見込みは薄いでしょうね。私達みたく打算だけの関係でも無さそうだし」

「お前達は何で評論家みたいに悠然と語っているんだよ!」

 淡々としたミネアに青年は苛立ちを隠さないが、当の言われた本人はどこ吹く風だ。

「それにしても彼と一緒にいた女騎士、何処かで見覚えがあるのよねぇ」

「んな事はどうでも良い! 問題はこれから俺達がどうするかって事だろ!」

「ピーチクパーチク五月蝿いわね。一丁前に文句言うばかりの無能な癖して」

 そうミネアが告げるとデュランは青筋を立て、行き場を失ったヘイトの矛先を定める。

「教会から追放された破戒僧の分際で偉そうだな。顔が少し良いだけの胸無し性悪女が」

「あんたこそ髪型で誤魔化しているだけの雰囲気イケメンじゃない。間近で見ると別に大した男じゃないし、直ぐに癇癪を起こす幼稚さのマイナス分を補えていないわよ」

 そう言って火花を散らせる二人へ、一歩引いた立場のロキは感慨深げに言うのだった。

「いやフロスト君ってよくよく考えると戦闘面だけでなく、この凹凸メンバーの間を取り持つ緩衝材の役割も果たしていたんだね。今更ながら有り難みが分かってきたよ」

「確かに私も癒し成分が足りないわ。腰巾着のロキじゃ全然代わりにならないもの」

「あの、流れで僕までディスり始めるの止めて貰えます?」

 そんな仲間内の罵り合いが始まってきた頃合いに、三人の姿を見掛けた冒険ギルドの受付嬢が言伝を携えて赴いた。

「あの、皆さん」

「「「何だよっ!?」」」

 気が立った三人が条件反射で睨み返す中、受付嬢は怯みながらも職務を果たす。

「いやその、以前にデュランさん達が果たしたドラゴン討伐の件で、クエストの報酬とは別にユグドラル王城より呼び出しが掛かっていますが」

 それを聞いた三人は罵詈を中断し、互いに見合うと一転して仲良く手を叩いた。

「「「やったぜ」」」

 こうして王城へ一行は足を運ぶ事になった。廊下の両脇に立った兵士達の敬礼を受けながら、宛ら英雄の凱旋といった調子でデュラン達は謁見の間に向かう。

「はっはっは。久々に気分が良いぜぇ!」

「もう、こういう時だけ元気になるんだから」

「でも良いのかな。フロスト君もいた時の手柄なのに彼を呼ばなくて」

「へっ、勝手に俺達のパーティーから居なくなった方が悪いんだよ」

「自分で放り出しておいて良く言うわ」

 そんな三人は扉前に辿り着き、待ち構えていた近衛兵から説明を受ける。

「今回は直々に王女様から勲章が授与される。御無礼のない様にな」

「ひゅう、そいつは凄ぇや! これで俺達の名は益々轟くってもんだ」

 この展開にすっかり浮かれた様子のデュランだが、残りの二人は徐に顔を合わせた。

「ねぇロキ。私どうも嫌な予感がしてきたんだけど」

「奇遇だね。実は僕もさっきから動悸が止まらないんだ」

 しかし能天気なリーダーが仲間の不安に気付く事はなく、また此処までやって来て今更引き返す訳にもいかず、結局のところ彼らは揃って大広間に入室を果たす。

「王女ルーシュ様の御前である。控えおろう」

「はっ!」

 見てくれだけは申し分ないデュランは当国の礼節に従い、その場で滑らかに跪くと高座から降りてくる相手を待ち侘びた。

「貴方がデュランですね。顔を上げなさい」

「はい」

 そして王女の許しを得た青年は悠然と立ち、王国民が羨望する相手と対面を果たす。

「この度は大変な名誉を、……あれっ?」

 ここで相手の顔を捉えた彼は激しい既視感に見舞われた。その現象は後ろの二人にも等しく生じ、その理由に逸早く行き着いたミネアは「あちゃあ」と言って額に手を当てた。

「こうして話すのは二度目だな。フロスト君の元パーティーメンバーとやら」

 そう告げたのはデュランが追放した魔法使いを勧誘した二人組の片割れ、凛とした振る舞いが印象的な女騎士だった。


   2


「え、あれ、ルーシュ王女が、何で?」

 脳がバグったデュランを横目に近衛兵を退かせ、王女は謁見の間が自分と三人のみになるや徐に切り出す。

「貴方達を呼び出したのは他でもありません。フロスト君について聞きたかったのです」

 背格好こそ王族の礼装に身を包んでいるが、一行に注がれる鋭い眼光は冒険ギルドで会った時と変わらない。全てを見透かさんとする威圧感を携えながらルーシュは尋ねた。

「単刀直入に伺います。貴方達、彼の事を虐げていましたね?」

 この指摘に思わず身体を縮こませたミネアとロキだが、方やデュランが見せた気概は仲間達と一線を期していた。当然ながら悪い意味で。

「あ、あのガキが何か王女様にチクリやがったんですか!」

「あんたは好感度下がる事しか言えないの!?」

「駄目だこいつ。早く何とかしないと」

 直ちにデュランの口を塞ごうとする二人だが、そんな一同の茶番を目の当たりにした王女は軽蔑を通り越し、却って気を削がれた感覚に陥りながら告げる。

「彼は何も言っていませんし、寧ろ貴方達に感謝していましたよ。自分みたいに行き場の無い者を一度は引き入れてくれた恩人だと」

「えっ、あの子ってば天使の生まれ変わりか何か?」

 率直な感想を漏らしたミネアに心内で同意しながらルーシュは続ける。

「私は同じ冒険者として貴方達を見掛けていた頃から、彼がぞんざいに扱われていると疑念を持っていました。先日の態度を見て鎌を掛けた次第ですが、悪い予感は的中しましたね」

 質問の真意を明かした王女は、改めてデュランに厳しい口調で言う。

「これは取引です。貴方達の過去の行いを咎めない代わり、今後は彼に手出しをしない事」

「……」

 ルーシュの指示を受けたデュランは黙り込むが、彼はこの程度で引き下がる男ではなかった。やはり当然ながら悪い意味で。

「そんな強気に命じられる御立場ですかね? 例えば貴女が本当の身分を偽り、冒険者として活動している事を俺がギルドにリークしたら……」

「こいつ正気!? 王女様を脅すなんて命が惜しくないの!?」

「何が一番怖いって、本人は普通に交渉しているつもりだって事だよね」

 恐れを知らない愚か者に仲間達の開いた口は塞がらない。一方でルーシュ王女もまた唖然としたが、鋭利な眼差しで相手の心根を捉えると不敵な笑みを浮かべた。

「その時は先立って不敬罪で処刑するだけだ。と私が言ったら貴方はどうする?」

「すみませんでしたぁ! 若気の至りで調子に乗っていました!」

 ようやく命の危機を悟ったデュランは土下座を敢行。そんな情緒のジェットコースターを誰一人追い切れず、ミネアとロキに同情すら抱いたルーシュは彼の言動を咎めなかった。

「さあ話は終わりました。勲章を授与したら城から出ていきなさい」

 こうして命からがら城下へ戻った三人は、川沿いのベンチにぐったり腰を下ろして大量の汗を拭った。

「これは不味いぞ……。魔法使いを失ったばかりか王女様に敵視されるとは」

「半分以上はデュランのせいじゃない。なんて責任を押し付けている場合じゃないわね」

「順調に外堀が埋まっているし、このままだと冒険者を続ける事も難しそうだ」

 もはや喧嘩する気力も残っていない面々だが、暫しの時を経て回復したミネアは不甲斐ない男共を尻目に立つ。

「もう一刻の猶予も無いわ。今の内にフロスト君と和解しましょう」

「い、いきなり何の話だ」

「少しは自分で考えなさいよ、この頭アンポンタン」

 流れる様にデュランを罵ったミネアは、憤る相手をガン無視して王城方面に目を向ける。

「まだ王女様は城内に留まっている筈。彼女が戻ってくる前にフロスト君の元へ赴き、今までの非礼を全力で謝罪するのよ」

「そ、そんなの俺のプライドが!」

「あんたの張りぼて同然のプライドなんてこの際どうっでも良いの! フロスト君との蟠りが解けない限り、私達はこれから先ずっとルーシュ様に怯える事になるわよ!」

「うん。確かに今はデュランの無価値な尊厳なんて気にしている場合じゃないね」

「おいお前ら、最近まるで遠慮が無いな」

 文句を言いたげなデュランに構わず、善は急げとばかりミネアは二人を置いて歩き出す。

「先に私が一人で行ってくるわ。あんたが関わったらまた話が拗れそうだし」

 この発言に対しても何か言おうとしたデュランだが、流石に己の不甲斐なさを自覚したのか既の所で留まると一転、殊勝な面持ちで彼女に声を掛けた。

「すまない。俺のせいで迷惑を掛けるな」

 なんて珍しくも素直な青年の態度を受け、意外そうに振り返ったミネアは口角を上げる。

「まっ、連帯責任だし。一応は仲間だからね」

 こう言うと彼女は再び踵を返し、フロストを求めて市街地へと駆け出した。そんなミネアの存在を誇らしく思いながら見送ったデュランだが――。

「おい。あの女は何時になったら戻ってくるんだ」

 一日が経過しても尚、彼女が二人の元に帰ってくる事は無かった。


   3

   

「あの女。まさか作戦に失敗して逃げたんじゃないだろうな」

「だとしても僕は驚かないけどね。寧ろ必然的な流れとすら思える」

 痺れを切らした二人は再び街中へ繰り出し、ミネアを探しがてら冒険ギルドに顔を覗かせた。其処で彼らは衝撃的な光景を目撃する。

「やだもうフロスト君ったら、相変わらず直ぐ顔が赤くなるのね」

「いやその、やっぱりミネアさん相手だと照れるって言うか」

 謝罪に行った筈の神官はフロストと共に、昨日はデュラン達と険悪に座っていたテーブル席で仲睦まじく話していた。その円卓には猫耳少女ノエルも同伴しており、傍目には和気藹々としたパーティー以外の何物にも見えない。

「おいこらお前、俺達を放置して何を楽しんでいやがる」

「えっ。ああ……、デュランか」

 青年を見た途端に顔をげんなりとさせたミネア。彼女は実に面倒臭そうな表情を浮かべるも、一応の義務とばかり端的に今の状況を説明する。

「いや私ね、まだ正式じゃないけどお試しでこっちのメンバーに加入したの」

「はぁあああ!?」

「まあ頭を下げてお願いしてきたし、フロストきゅんも是非にって推薦するからさ」

 ノエルは少しだけ不満げに言うが、彼女以上に納得出来ない男は少年に詰め寄った。

「お前正気か!? こんな性悪女をパーティーに入れたら後々面倒だぞ!」

 だがフロストはきょとんとした表情で見返すと、実に不思議そうな口振りで青年に告げる。

「ミネアさんは凄く優しい方だと思いますよ。以前から僕の役目だった炊事洗濯や雑用も良く手伝ってくれましたし、あと悩み事にも親身に相談に乗ってくれたりして」

「なっ!?」

 明らかに好印象なフロストの発言を受け、デュランが目を向けた女はほくそ笑んでいた。

「このアバズレ……、さては前々から小僧に唾付けていやがったな?」

「うふふ。こう見えて男を見る目はあるのよ、わ・た・し♡」

 そんな一連の様子を捉えたノエルは、やや冷めた視線で新メンバーへ釘を刺す。

「まあウチは完全に信用した訳じゃないけどね。ちゃんと仕事しないと追い出すから」

「は、はいっ! 精進しますっ!」

 猫耳少女の言葉に姿勢を正したミネアだが、フロストはと言えば彼女を心から歓迎している装いだ。一方で置き去りを食らったデュランには容赦ない追撃が行われる。

「おや、君達は此処で何をしている?」

「え、あ、ルーシュ様……」

 背後から声を掛けてきたのは先日も会った女騎士、もとい当国ユグドラルの王女だ。彼女は相変わらずの険しい眼差しで二人の男を睨み付ける。

「二度は言わない。立ち去るが良い」

 この剣幕に気圧されたデュランは止む無くギルドを出た。予想外の展開に茫然自失となるが、次第に頭が整理されると裏切り者の女神官に負の感情が向く。

「あのクソアマ、実に破戒僧らしい外道だ!」

「いや類は友を呼ぶって言うか、あんな性分だからこそ一緒にやって来れたのかも」

 そんなデュランとは反対に理解を示すロキ。だが彼もデュラン同様に行く当ては無く、暫くすると両者は足を止めて壁に寄り掛かった。

「で、どうするよ。仲間を取り戻すどころか更に減っちまったぞ」

「こうなったら慎ましく下積みから始める他にないでしょ」

 王都を行き交う人々を遠い目で眺める二人。魔法使いだけでなく回復役の僧侶まで失った今、激情家のデュランでさえ諦めムードの雰囲気でいた。

「そうだな。ここは俺達も一旦別れ、各々で自分を見つめ直してみるか」

「だね。それじゃあ一先ずは解散といこう」

 やがて二人は預けていた背中を起こし、左右に別れて別の道を行く事になった。それは一見すると爽やかな再出発に捉えられたが、実のところ彼らは同じ穴の狢である。

「あんなデブといると俺まで自堕落な奴に思われる。こうなったら自分もフロストに負けないハーレムパーティーを作ってやるまでだ!」

「今度こそ将来有望そうな人を見繕わないと。腰巾着の立場に身を置くのも楽じゃない」

 こうして愚か者達を繋ぎ止めていた少年の追放により、名立たる功績を上げたパーティーは呆気なく瓦解へ至った。栄光とは実に儚いものである。

「ん、あれはメンバー募集の張り紙か?」

 そして良くも悪くも心機一転、身の丈にあった状態に戻ったデュランはふと、王都の入口の掲示板でポスターを弄っていた冒険者に目を留める。

「あの、もしかして腕に覚えのあるメンバーを探しているとか?」

「えっ」

 その内容が求人だからか、或いは単に相手が可愛い女の子だった為か、持ち前の気さくさを発揮しながらデュランは嬉々として話し掛けた。

「悪いね、既に締め切っていて剥がす所なんだ。ちょっと【今更もう遅い】かな」

「だああ、畜生が!」

 しかし彼自身が改心しない限り都合良く状況が好転する事はなく、晴れてボッチ化した男は虚しく地団駄を踏む他になかった。

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