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第19話:再起編

   1


「起きてしまった事を悔やんだって仕方ない。死に戻りでも出来れば別だが生憎、その手の力を俺は持っていないからな」

 パーティー離散は自分のせいじゃ無いと言いたげな男は、元よりタイムリープどころか何の能力も持っていないにも関わらず、一端の主人公気取りで広い帝都の片隅を歩いていた。

「図らずも身一つの再スタートとなった訳だが、こんな事でへこたれる俺じゃない」

 そりゃそうだ。自分が蒔いた種で凹んだら其れこそ自己否定になり、彼を辛うじて二本足で立たせている最後の支えを失うのだ。

「その俺が再起を図るに相応しい舞台が、此処だ」

 さて突っ込み不在で独り言も増えた青年がやってきたのは冒険ギルド……、ではなく裏通りの一角にあるカジノだ。道中で手に入れた金の殆どをチップに変換し、ルーレット台に赴いた彼に客の一人が声を掛ける。

「おっと兄ちゃん、此の店は初めてかい?」

「まあな。でも初心者だからって侮るなよ」

 こう悠然と答えても賭け金は少額なのが彼の小物感を表していたが、それでも慎重を期したデュランはゲームに慣れつつ着実に資金を増やしてゆく。

「よし、幸先の良い出だしだ」

「これは凄い新人さんだ。ここまで初日から稼げるのは珍しい」

 淡々と職務をこなすディーラーに代わり、周囲の客がデュランに賛辞を送り始める。その数は時間の経過と共に膨れ上がり、気付けば店内の人間殆どが彼のテーブルを注視していた。

「おいおい、もし次に兄ちゃんが全てのチップを注ぎ込んだら」

「ああ。前代未聞、デビューと同時に億万長者が誕生って奴だ」

 ギャラリー達が熱狂に包まれる中、落ち着き払った様子の青年は一度目を瞑った。

(確かに全額ベットで的中なら、この先には何不自由の無い贅沢生活が待っている)

 彼は目前に置かれた大勝負を前にして、冷静かつ客観的に自分の置かれた状況を鑑みる。

(だが言わずもがな外れたら俺は無一文だ。ここで身を引いても利益は充分……)

 その場の雰囲気に呑まれて選択を誤り、破滅に至る経験を彼はしてきたばかり。幾ら他人が囃し立てようと、今のデュランはそんな誘惑に揺さぶられはしない。

「いや流れは俺に来ている。一世一代の大勝負に乗ってやるぜ!」

 なんて過去の失敗から学ぶ理性が彼に備わっている訳などなく、ガッツリと空気に飲まれた青年は大博打に出る。その結果もまた火を見るより明らかだった。

「またのお越しを〜」

 脆くも賭けに失敗し、丸裸同然で店から叩き出された男は打ち拉がれる。

「神よ、どうして俺を見捨てたのか!」

 つい最近、偽物とは言え女神の要求を断った青年の台詞とは思えない。そんな男には当然の末路にも思えたが、彼の敗北は必ずしも運だけが原因ではなかった。

「馬鹿な奴だな、ぼったくりカジノの餌食にされてやんの」

「最初に少し儲けさせて、後から一気に巻き上げるなんて詐欺の常套手段だろうに」

 そんな通り掛かりの人々の囁きに耳を傾けたデュランは一転、再び顔を上げるやカジノへと引き返して殴り込みを掛ける。

「くそてめこら、ふざけんなよ!」

「これはこれは、諦めの悪いお客さんだ」

 だが彼の浅はかな行動など店側は想定内らしく、直ぐに出てきた男達が立ち憚って敢えなく羽交締めにされた。

「ん、お前もしかして例の繁華街で、店の金庫から売上金を根こそぎ奪ったって奴か?」

「ぎくっ」

 そんな青年の所業は一部界隈で有名らしく、山岳の辺境から既に帝都まで伝わっていた。

「こりゃあ驚いたな。やたら突っ掛かってくる若造だとは聞いていたが」

「あはは、どうも」

「どうするかね。ここで大人しく回れ右すれば見逃してやるが、歯向かうって言うなら以前の件も踏まえて落とし前を付けるぜ?」

 そう告げた男とデュランは暫く視線を重ねた。前回は窮地に追い込まれるも大逆転に至った彼だが、果たして今回はどんな奇策を講じるのだろうか。

「こん畜生が! 二度と関わるか!」

 答えは簡単、普通に諦めた。流石に相手が油断せず警戒している中、騙し打ちなど不可能である事をデュランも流石に理解していた。

「さてどうする俺。パーティーだけじゃなく金まで失っちまったぞ、ははっ」

 投げ遣りに告げた青年は自暴自棄にも捉えられるが、何も彼は全くの考え無しに無謀な計画を企てた訳ではない。

「こうなったら金銭以外で、何とかして奴等の機嫌を取る方法を見付けないと」

 そう、彼はこの期に及んで仲間を取り戻そうと焦っていたのだ。そして過去の仲違いの時と違い、今度の和解には相応の手土産が必要な事も理解していた。

「一先ずは冒険ギルドに行ってみるか。良いクエストが巡ってくれば良いけど」

 それは新しい女が出来たと言って恋人を振り、今度は自分が振られて元カノと寄りを戻そうとする構図に他ならない。男はこうした場合に相手がまだ自分を恋しく思い、慎ましく待ってくれていると勘違いし勝ちだ。


   2


 一方、その相手のロキとミネアは。

「もう本っ当に、本っっっ当に腹が立つんだけどぉ!」

「あのねミネアさん。僕をぬいぐるみ代わりにギュって抱き締めるのは嫌じゃないけど、編み物と違って痛覚があるって事は忘れないで欲しいな」

「ああもう最悪、今度こそマジで最悪よ!」

「お怒りはご尤もですが、僕の話を聞いていらっしゃる?」

 ミネアは相方の頭に覆い被さったり、毛をわしゃわしゃして行き場を失ったストレス発散に努めていた。ロキの存在は癒しにならないと豪語した時期もあるが過去の事である。

「てかさ、幾ら節操なしでも出会いたての女子と仲良くなる為だけに、ここまで長い旅に付き合ってきた仲間を切り捨てるなんて事ある? 人でなしも大概にして欲しいわ!」

「仰る通りでございますが、もう同じ文句を数十回は繰り返しています。それ故に僕の頭部も圧縮が進んでおりまして、何卒ご容赦を頂きたい所存なのですが」

 そう言いながらミネアにされるが侭のロキは穏やかな口調で、自分とは対照的な彼の物腰に女神官は感心するのだった。

「にしても貴方は良く平然として居られるわよね。私よりも付き合いが長い親友だった訳だし、怒りのボルテージはもっと強いと思ったのに」

「おや、ミネアも可笑しな事を言うね」

 だが問い掛けられたロキは平然、と言うよりは異様に平坦な抑揚で返事をする。

「幾ら僕でも許す訳がないじゃないか……。こっちは腐れ縁だと思って幼少期から面倒を見てきたのに……、何年来の友人を見限ったって思っているんだ……」

「え、ロキさん?」

 静かなる憎悪に思わず身震いさせられたミネアは一転、ロキを八つ当たりの対象から愛でるペットの扱いに変えた。

「ま、まあ遠路遥々と帝都まで来たんだしさ、暫くは私と一緒に頑張ってみましょ?」

「うん……、そうだね……」

 そんな流れで滞在継続を決めた二人は不動産屋へ赴き、当初の予定通り腰を据えられる拠点探しに乗り出す。これは意に反する元リーダーから解放された利点の一つだ。

「これが先程のお話で紹介させて頂いた建物です」

「ほえぇ」

 そして案内されたのは冒険ギルドを含めた帝都の中心部から程近く、平均的な民家の三倍はあろうかと言う広々とした二階建ての物件だ。

「一階は吹き抜けですが二階は個室が幾つもあり、複数世帯で暮らす事も出来ますよ」

「広さも立地も最高じゃない。これで本当にあの値段?」

「家賃だけなら安いのですがね。その分、売上に応じたマージンを払う契約でして」

 予算に併せて物件を見繕った不動産屋の説明を聞きつつ、二人は飲食店にお誂え向きな一階フロアに足を踏み入れた。

「つまり此処に住むなら何かお店を出し、貸主が納得する利益を出さないと駄目な訳だ」

「その通りです。これがまた中々ハードルが高くて、今までに貸した個人や団体は悉く撤退に追い込まれましてね」

「そうそう上手い話は無いって事よね」

「然し乍らお客様の予算内だと、他には治安が悪い郊外の物件しか紹介出来ませんので」

 善意と打算を交えて提案した相手は、ミネアに入口の鍵を渡すと先に建物から出てゆく。

「そんな訳ですから返事は急ぎません。ゆっくりと御検討下さい」

 こうして不動産屋を見送った二人は其処に留まり、カウンターやテーブルが備え付けられたフロアを改めて見渡した。

「機材の品質は悪くないけど埃だらけ。使うとしても大掛かりな掃除が必要かしら」

「前のテナントが撤退して久しいんだね。一朝一夕の商売じゃ成功の見込みは薄そうだ」

 何処かの誰かさんとは違い、地に足が付いた思考で現実的に考える。

「ま、あの馬鹿と一緒じゃないんだから冒険者に拘る必要は無いし、破れかぶれで一度くらい頑張ってみても私は良いけど」

「僕もあの馬鹿とは顔も合わせたくないし、新しい仕事を始めるのは吝かじゃないよ」

 もはや名前を呼んではいけない〝あの人〟ならぬ〝あの馬鹿〟が固有名詞になりつつあるが、猪突猛進の男が居なくなったが為に冷静に物事を見据えられた。

「とは言っても全く勝算が無いのは駄目よね。その辺りはどう思うロキ」

「う〜ん。商人時代の伝を駆使すればユグドラル産の食材を仕入れるくらい出来ると思うけど、それだけだと決め手に欠ける気がするよね」

 因みに二人共に隠れた才覚等がある訳ではなく、チートとは極力無縁な性分である。

「純粋な味だけの評判が見込めないんじゃ、色物勝負に賭けるしかないわよ」

「そうだなぁ。僕達の手持ちのカードで何が出来るだろうか」

 思案を巡らせたロキとミネアは、ここで何気なくお互いの顔を見合わせた。

「「あ」」

 そして全く同じタイミングで妙案を閃き、各々がこれを唯一無二の策だと思い至る。

「「これだな」」

 ここで幸運だったのは、二人の異なったアイディアが共存可能だった事だ。付き従ってきた男に切り捨てられた哀れな仲間は、貧乏神と袂を分けて逆転人生を歩み始める。


   3


 二人の奮起から凡そ半月が経過した。ここで再びあの馬鹿ことデュランの動向を追うと、彼は何かを成し遂げた顔で久方振りに市街地を歩いていた。

「ふいぃぃ。運任せのリトライで随分と時間が掛っちまったぜ」

 デュランは帝都から離れた地下遺跡のダンジョンに潜入し、時に息を潜めながら、時には他のパーティーがモンスターを倒した隙を見計らって奥に進んだ。そして数十回のリスポーンを繰り返した末に深層部へ到着し、貴重品の入手に成功して街に舞い戻ってきた。

「この報酬を渡せば二人も機嫌を直すに違いない。その上で俺様の実力を見直し、向こうからパーティー再結成を頼んでくるって寸法だ。くっくっく」

 お金で友情を買おうとする恐ろしい男デュラン・タルボット。しかし彼にしては用意周到に準備を重ねた結果が、今回に限っては却って裏目に出てしまう。

「だけど彼奴ら、ギルドに活動実績も載っていないが一体何処に行ったんだ。まさかこの俺を置いて故郷に帰った訳じゃあるまいな」

 既にパーティーは離散済みなのに置いて帰るも何も無いのだが、そんな彼の懸念に関しては杞憂に終わる。

「それにしても帝都ってのは物価が高いな。これじゃあ王都みたいな屋敷や一等地に住むのは夢のまた夢って感じ……」

 まるで結末を予見しているかの如く、次々とフラグを立てながら足を進める青年。

「彼奴らの事だ、金欠で道端で野垂れ死に掛かっていたりしてな。その時は俺様が優しく手を差し伸べてやるとするか」

 そんな何処までも花畑な脳内の楽天家が、遂にその目を曇らせる時がきた。

「ん、何だこの人だかりは」

 彼が目にしたのは賑わいを見せる帝都の中心部において、周辺の競合店と比べても際立って繁盛している飲食店だった。その入口に掲げられた看板を見た男は首を傾げる。

「シスター&クマさんカフェ(仮)だあ?」

 単語に引っ掛かりを覚えながら中を覗くと、そこでは店名通りにシスターの格好をした女性が朗らかな笑みで注文を取っていた。

「此処は神に導かれし迷える子羊達の訪れる場所。我が店にどんなご用でしょう?」

「何だろう。この一見すると清楚なのに、節々に妖艶さを潜ませているのが堪らない!」

「分かるぅ。同性の私から見ても思わずドキドキしちゃう美貌だもの!」

 店員の正体は言うまでもなくミネアだが、元より素材は抜群の上に落ち着いた佇まいが気品と色香のマリアージュを生み、性別問わず相手の心を鷲掴みにしていた。

「お母さん、あっちで熊の神父さんがココアを作っているよ!」

「ドワーフのバーテンダーさんね。凄く愛らしいのに紳士っぽくも見えて素敵だわ」

 また親子連れの客はバーカウンター内で手早くドリンクを作るロキの姿に夢中だ。ミネアに合わせて神父風の出立ちとなった彼は、わざわざ床を高くして〝あざとい〟一挙一動を存分に見せ付けている。

「何だこれ……、俺の居ない間に……」

 嘗て二人を売ろうとした繁華街の男の目に狂いは無かったと言うべきか、一念発起で彼らが始めたお店は大好評を博していた。信仰の薄いグランディアでは教会を模した内装も好意的に受け止められ、当カフェは場所代を差し引いても十二分な利益を上げている。

「あら?」

 その成功を唖然とした表情で見るデュランに気付き、店の入口に出てきたシスター・ミネアは天使の笑みで彼を招く。

「いらっしゃいませ。奥のカウンター席へどうぞ♡」

「あ、えっと、はい」

 いきなり罵倒される事はなく安堵するも、当然その笑顔を額面通りに受け取れないデュランは身体を震わせつつ指定された席に座った。

「あ、久し振りだな、ロキ」

「ご注文をどうぞぉ」

 マスター・ロキの方はミネア程に上手な笑顔ではなく、口角を上げながらも頬を引き攣らせ、必死に感情を抑えているのは馬鹿の目にも明らかだ。やがて昼の繁忙時間を乗り切って店内が落ち着くと、他の客達を遠ざけた二人は徐にデュランを囲った。

「それで今日は何の用事かしら。もしかしてクエスト報酬でも持って謝罪に来たとか?」

「その様子だと例の女子達には振られたみたいだね。もしかして僕らをまた頼りたいとか?」

 完全に手の内を読まれたデュランの活路は風前の灯火だ。果たして彼は唯一つの正解に辿り着けるのか、今ここで人生の分岐点を迎える。

「いやな、お前達がどうしてもって言うなら、また一緒に組んでも良いと思ってさ」

「ふむふむ、成る程ぉ」

 だが最後まで詰まらぬ意地を張った青年に対し、ミネアとロキは示し合わせた様に互いの顔を一瞥した後、両側から口を揃えて単刀直入に告げるのだった。

「「【今更もう遅い】んだよ!」」

 細かい文句の類はごっそりと省かれ、デュランは問答無用で店から叩き出される。

「マジですか、これ」

 どうせ最後は元鞘に収まるだろう。そう高を括っていた彼と読者様の予見を置き去りにして、旧友に見限られたデュランは正真正銘の一人身となった。

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