第18話:追放編
1
東西南北を石垣の壁に囲われた城郭都市のグランディア帝都。大陸の中心地たる此の場所に到着したデュラン一行は、街中に繰り出すと真っ先に万歳三唱するのだった。
「やっと辿り着いたぁ! ようやく新しいスタートを切れる!」
「思った以上に苦難の旅だった……。当面は落ち着いて腰を据えたいよ」
「本当に長かったからねぇ。ここまでの旅路に一ヶ月近くを費やした気がするわ」
それは投稿期間のメタ表現ではなく実際の作中時間だ。最短なら一週間で済む筈だった行程を三倍以上も費やした彼らにとって、旅の踏破による感激度合いもまた一入だ。
「それにしても王都とは違う雰囲気だね。あっちは街を囲う城壁とか無かったし」
「何だか物々しい感じがするわ。治安も向こうより悪そうだし」
「上等じゃないか。俺の新たなる門出に相応しい舞台だ」
「張り切るのは良いけど、くれぐれも新たな黒歴史を作らない様に」
そんな一同は都の全容を記した案内板を目に留め、各々が次の目的地を見繕った。
「さあ早速、この街の冒険ギルドに赴いてメンバー登録するぞ!」
「いやいや、まずは拠点を構える方が先だって。ゆっくり旅の疲れも取りたいし」
「私はロキに賛成。活動を始めるにも相応の準備が必要だしね」
しかし出だしからパーティーの意見は割れ、此処まで来ながら三人は団結力の無さを改めて露呈させた。
「拠点なんて当面その日暮らしで良いだろ。早く登録を済ませてクエストで稼ごうぜ」
「そうやって地に足付ける前に突っ走ったら、また痛い目に遭うって事が分からないの?」
功を焦った男と休息を求める仲間の溝は容易に埋まらない。それでも一行の中ではバランス感覚に長けたロキが、強情な性格で譲らない他の二人に妥協案を提示する。
「だったら二手に別れよう。デュランは冒険ギルドで手続きを済ませたらクエストを見繕っておいて、僕達はその間に宿を取ってから後で合流するってのは」
「チッ。全くお前達は何の為に旅立ったと思っているんだ」
「あんたの世話をする為でしょうが」
文句を言いつつもデュランは了承し、こうして三人は別行動を取る事になった。
「じゃあ後でね」
「おうよ。余り遅くなるなよ」
この味気ない会話がパーティーで最後の応酬になるとは夢にも思わず、二人と離れた青年は途中で道に迷いながらも冒険ギルドへ辿り着く。
「いよいよ俺の英雄譚の第二章、いや新一章が始まるんだ」
そして建物の前に仁王立ちしたデュランは、悠然と両開き扉を開けて中へ踏み進んだ。
「これで受付手続きは終わりです。頑張って下さいね」
「あ、はい」
だが意気込みと裏腹に受付自体は呆気なく終わった。デュランとしては此処までの冒険譚を語り聞かせたかったが、淡々とした受付嬢のペースで終始事が進んでしまう。
「何だか拍子抜けだけど気を取り直そう。俺の活躍はこれからだ」
青年は強面の冒険者が多いギルドの雰囲気に気圧されつつ、身を縮ませてクエスト掲示板の前まで行き着く。そこで数々の依頼内容を見比べた彼は再び顔を曇らせた。
「おいおい、王都より強力なモンスターばかりなのに報酬は同程度かよ。コスパ悪!」
早くも先行きに不安を感じたデュランは後悔を滲ませるが、ここで不意に声を掛けられると負の感情は瞬く間に四散する。
「……あの、もしかして新規の冒険者の方ですか」
振り向くとデュランと同年代の女性が三人、居心地悪そうな面持ちで彼の近くに立ち並んでいた。話を聞くと彼女らも帝都へ来たばかりだと言う。
「凄い、わざわざ別大陸から渡ってきたなんて!」
「私達なんて田舎から出てくるだけでも苦労したのに、とても逞しいのですね」
何時ぞやの女性達と似通った反応だが、今回は商売ではなく純粋に驚いた様子だった。この賛辞に青年は得意げな顔を浮かべ、お互いに好印象を抱きながら話は弾んでゆく。
「とすると御三方もギルドに登録したばかりですか?」
「はい。実は私達、冒険者の生活に憧れを抱いて上京したんです」
年齢に加えて共通点もある境遇にデュランは親近感を沸かせる。まあ女性を相手に鼻の下を伸ばしているだけとも言えるが、そんな男に彼女達は思わぬ申し出をする。
「それであの、初心者の自分達だけでパーティーを組むのは不安なので、仲間になってくれる人をギルド内で募集しようと考えたんですが」
「ちょっと怖い感じの人が多くて、出来れば優しそうな人が良いと思って探していたんです」
「優しそうって、俺の事?」
デュラン本人も目から鱗の感覚で自分を指差すが、気恥ずかしげに頷いた三人は懇願する様に尋ねてくる。
「あの、もし良ければ私達と一緒にパーティーを組んで貰えませんか?」
さて設定を忘れている読者様も多いだろうが、デュランは外面や第一印象は決して悪くない人間だ。それが余計に本質を知った後の苛立ち度を上げる要素になる。
「分かりました。此方こそ喜んで」
途端にハンサム口調となったデュランは二つ返事で勧誘を受けた。しかし今の決断が自分の首を絞める結果になる事を、当然ながら此の時点での彼は知る由もなかった。
2
その頃、宿を見繕ったロキとミネアは部屋の中で寛いでいた。
「やれやれ、やっと明日の心配をせずに息を吐ける。本当にデュランは勝手なんだから」
「観光がてら買い物もしたいわね。帝都のファッションや流行りとかも知りたいし、あの馬鹿さえ居なければ自由気ままに遊べるのに」
なんて不在リーダーに対する陰口、いや面と向かっても言えるので単なる悪口をぼやく二人だが、次第に気分を落ち着かせると別の感情を思い浮かばせた。
「でもまあ、あの馬鹿が居たから帝都まで来られた訳だけど」
「確かにね。じゃないと危険を冒してまで別大陸に渡ろうとは思わなかったし」
何だかんだ楽しげなのは、不幸にもデュランの悪態が彼らの日常に浸透している証だ。
「仕方ない。もう少し休んでいたいところだけど、いっちょ冒険ギルドに行ってやりますか」
「そうね。と言うか合流しないとデュランに宿の場所を伝えられないし」
こう告げたロキとミネアは冒険用の装備を整え、まだ旅疲れも残っている足で一路ギルドに向かった。
「あれ、居ないわね」
だがデュランの姿は何処にもなく、早くも彼らは嫌な予感を抱き始める。
「まさか一人で登録を終えて、私達を待たずにクエストに向かったとか」
「いやいや、幾ら何でも無謀でしょ。どっかで迷子になっているだけじゃない?」
そう言いながら二人は受付に赴いた。
「あのう、少し前にパッと見はスラっとした好青年に見えなくもない男が来ませんでした?」
「ああ、確かそれらしい人が小一時間前に来ましたね」
「その男、何処に行ったのか分かったりします?」
「登録してから暫くして、討伐クエストを一つ受注していきましたけど」
受付嬢はそう話し、デュランが受けたと言うクエストの依頼書を見せてきた。
「嘘でしょ? このレベルのモンスターに一人で挑むつもり?」
「気持ちが逸る余り、自分の本来の実力を忘れちゃっているんじゃ」
一応は心配するミネアとロキだが、彼女らの誤認識に気付いた受付嬢はその点を指摘する。
「お一人じゃないですよ。同じく今日、登録に来た新人さんとパーティーを組んでいました」
「「えっ?」」
「側から見ると意気投合していましたね。年の近そうな三人組でしたよ」
予想外の展開に二人は目を丸くし、困惑しつつギルドを出る事となった。
「あの男、一体どう言うつもりかしら」
「相手も新人の冒険者って事は、別に騙されている訳でも無さそうだよね」
なんて考察を行いがてら捜索に乗り出した矢先、当の行方不明者は冒険ギルドの直ぐ近くで発見された。女性達を連れたデュランは道具屋でアイテム補給を行なっている。
「あはは、デュランさんったらお茶目なんだから」
「いやはや、これは一本取られたな」
「……うわぁ」
女性に囲まれて浮かれた調子の男を遠巻きに見遣り、一瞬にして経緯を把握した二人は口を開けて唖然とする。
「そう言う事ね。奴の頭に浮かんだ下心がここまで伝わってくるわ」
「若くて綺麗な人ばかりだし、あれなら奴が調子に乗るのも無理ないって感じだね」
「ふぅん。ロキもあの子達の方が私より良いんだ?」
「あ、ううん。ぼ、僕はミネアさん一筋ですよ!」
ミネアに胡麻擂りを行いつつ、集団に近付いたロキは溜息混じりに青年へ話し掛ける。
「ちょっとデュラン。此の際だから軟派に走るなとは言わないけど無断行動は困るよ」
「げっ」
だが相棒の登場にデュランは顔を歪ませ、これには同伴する女性陣も訝しんだ。
「デュランさん? この方々は一体?」
「ああ、その、同郷の顔馴染で……」
明らかに動揺した男の態度を見て、彼女達の中にも俄に不信感が芽生え始める。
「え、お一人かと思っていたけど、もしかして既にパーティーを組まれていたとか?」
「でも、そんな大切な事なら私達に言わないのは可笑しいわよね」
(不味い、これは不味いぞ。折角の俺のハーレム計画が)
そう、この男は仲間の存在を伝えていなかったのだ。理由については言わずもがなだが、例によって知慮が浅くこうした事態を招く可能性を踏まえていない。
「ちょっと聞いているの? まさか僕達の事を話していない訳じゃ無いよね」
(そのまさかだが、どうする俺。ここで下手を打つとまた惨めな思いが待っているぞ)
既に下手を打った後にも関わらず、まだ逆転の芽があると錯覚をした男は小さな脳を懸命に働かす。そして導き出した一手はとんでもない愚策だった。
「俺はお前達と共に帝都へ来た……が、その後も一緒にパーティーを組むとは言っていない」
「「は?」」
なんて意味不明な前置きをしたデュランは、ロキとミネアに対して信じ難い事を告げる。
「お前達には愛想が尽きた。俺のパーティーから追放だ!」
この男、何と今日まで苦楽を共にしてきた仲間を、其の場凌ぎで体裁を整える為だけに切り捨てたのだ。そして彼の言動は当然ながら破滅への第一歩となる。
3
予定通り女性達とパーティーを組んだデュランは、帝都周辺の草原にて依頼書に記載されたモンスターと遭遇。激闘の末に標的の撃破へと至った。
「よっしゃあ!」
「お見事です、デュランさん」
青年を含めたメンバーの連携攻撃は見事に決まり、新たなパーティーの初陣としては上々の出来栄えだ。彼女達との相性の良さに一先ずデュランは安堵する。
(全員の戦闘バランスも良いし、これなら経験を積めばきっと強いパーティーになる!)
だが彼は気付かない、いや気付かない振りをしていた。三人の表情が何時の間にか浮かないものに変わり、徐々に憂いの感情を増していた事に。
「さてギルドに戻って報酬を受け取ったら、それを使って今日はパーティー結成の祝い酒でも飲みましょうかね!」
「あの、デュランさん」
「どうされました、何ならもう一狩り行っておきます?」
この懸念を払うべく何時にも増してテンション高めだが、それが唯の空回りな事は誰の目にも明らかだった。そんな彼の悪足掻きも虚しく女性の一人が徐に切り出す。
「あの、今更こんな事を言うのは本当に申し訳無いんですが」
「何でしょう?」
「私達とのパーティー結成の話、やっぱり無かった事にしてくれませんか」
心の何処かで予想していたが、それでも直に言われるとショックを隠せない。途端に表情を曇らせた青年は、過去に経験したトラウマを思い起こしながら聞き返す。
「俺の何が気に入りませんでした? 言ってくれたら直しますよ!?」
「い、いえ違います。デュランさんは凄く頼もしいし、私が思っていた通りの人でした」
だが今回は以前のケースと様相が異なっていた。三人はデュランに嫌悪を抱いたのではなく(タンジェも別に彼を嫌っていた訳ではない)全く別の理由から此の決断に至ったのだ。
「だからこそ、あのお仲間さんとの仲を引き裂いてしまったのが申し訳なくて」
「ごめんなさい。私達が誘う前にもっと確認するべきでした」
道中でも言及をなるべく避けてきたデュランだが、やはりロキやミネアとの関係は彼女達に見透かされ、その離別について当人以上に心配していた。
「いやいや、あんな連中どうでも良いんです。奴らは俺の足を引っ張ってばかりで、皆さんと一緒にいた方が自分も楽しいし」
「本当にそれ、デュランさんの嘘偽りない気持ちですか?」
それでも取り繕う青年に対し、純真な眼差しで彼を見詰めた女性は尋ねる。
「お二人と別れてからデュランさんは終始落ち着かない様子で、あの方達を今でも気に掛けている事が分かりました」
「それに私、解散を伝えられたお仲間さんの顔を見て悲しい気持ちになったんです。こんな事を同じ冒険者として経験したくありません」
自分の事の様に捉えた彼女達は、ここで深々とデュランに頭を下げた。
「一緒に組んでくれた事は本当に感謝しています。でも私達は気付きました。こうやって他の誰かを頼ろうとする前に、もっと自分と仲間の力を信じて頑張ってみるべきと」
「だからデュランさんも私達に構わず、どうぞお仲間さんの元へ戻って下さい。もしも誤解を解くのに必要でしたら一緒に行って、今回の件について謝罪させて頂きます!」
「……皆さん」
これを聞いたデュランは憑き物が落ちた表情となり、気を取り直すと肩を竦ませながら軽妙に返答する。
「此方こそありがとう。何だか自分も目が覚めた感じがします」
そう告げた青年はモンスター討伐の証となる鱗を手渡すと、此処で彼女達とはお別れという雰囲気で言う。
「俺達の事なら心配なさらず大丈夫です。また何処かで会いましょう」
こうしてデュランは束の間のパーティーを解散した。その場に佇みながら三人を見送る彼の装いは、傍目には爽やかで前向きな別れに捉えられる。
「……キャロ……が」
だが女性達の姿が見えなくなり、完全に一人となったところで彼は本性を晒した。
「バッキャローが! 【今更もう遅い】んだよぉおおお!」
三人が抱く好青年の印象を吹き飛ばし、地団駄を踏んだ男は強い憤りを見せる。
「何がお仲間さんが心配だってんだ、本当は俺が期待外れだったって話だろ! それならそうと正直に言えば良いだろうが!」
驚く程に彼女達の言葉が響いていないデュランの激昂は尚も続く。
「恩を仇で返しやがって、第一あの偉そうな態度は何なんだ! そもそも自分達が原因の癖に説教染みた事を抜かすなよサブカルクソ女が!」
だが彼にとって目下最大の不満かつ問題は、他ならぬ自分自身の所業とプライドだ。
「冗談だろ、この状況で今から奴らと和解だって?」
青年は改めて離別時の事を思い起こす。彼の意図を汲んだ二人は執拗に食い下がろうとせず、完全にデュランを見限った虚無の眼差しを浮かべていた。
「そんな事、出来る訳がないだろうがぁああ!」
再起を図るべく遠路遥々と帝都に来た男は、その到着初日に全てを失ったのだった。