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第16話:睡眠編

   1


 グランディアの山間部を三人の冒険者が歩く。彼らが目指す帝都までの道程は長く、初めは満喫していた雄大な景色にも次第に飽きが生じていた。

「と言うか何時まで山の中なんだ。マンネリも良いところじゃないか」

「だから海岸から坑道を抜けた時に言ったじゃん。帝都までの直線距離なら登山ルートが最短だけど、セオリー通りに港町へ迂回してから平野を進んだ方が早いって」

「そしたら何処かの誰かさんが、レアな裏道の方が冒険らしくて面白いって言ったのよね」

 透かさず反論したロキとミネアに対し、不服そうなデュランは自己弁護に走る。

「でも実際、平凡な旅では得られない貴重な経験を積めたじゃないか」

「経験と言ってもぼったくりバーや覗き魔の居た温泉じゃね」

「まあでも人間絡みの厄介事が多かったからか、逆にモンスターの対処は楽に思えてきたよ」

 そう告げる面々の会話は戦闘中に行われていた。まだまだ熟練冒険者のレベルには程遠いが、相応の場数を踏んで並のモンスターに怯む事は無くなっている。

「確かに人と違って騙したりしないし、ある意味で対処し易く感じるかも」

「そうそう何事も経験だ。お、次の町が見えてきたぜ!」

「また直ぐ調子に乗って。王都で体たらくしていた時よりはマシだから良いけど」

 茂みのモンスターを斬り伏せた青年は、道先に人里を望むと威勢良く駆け出す。

「よし競争だ。一番遅かった奴が今日の昼飯を奢るって事で!」

「あ、こら。フライングなんて狡いよデュラン!」

「全く馬鹿らしいわね。あんな奴の戯言に付き合う必要なんて無いわよ」

「そんな風に言ってミネアも最後に僕を出し抜くつもりでしょ」

「あら。貴方も随分と私の事を分かってきたじゃない」

 苦楽を共にしてきた三人は互いの理解度も深まりつつある。そんな順調に思えていた行程の最中、又しても彼らの旅路を阻む障害が出現した。

「何だこれ。町の方から霞が立ち込めてきたよ」

「怪しい雰囲気……。まさかまた幽霊の類じゃないでしょうね」

「いや流石に短期間でネタが被り過ぎだし、今回は何だか変な臭いが漂ってくる」

 丸い鼻を小刻みに震わせたロキは、ミネアの袖を引いて立ち止まらせる。

「取り敢えずマスクをしておこう。あと念の為に状態異常防止の魔法を掛けておいて」

 こうして事前対策を施した二人は歩みを再開した。

「あの馬鹿は何処に行ったのよ。まさか霞に構わず突っ込んだ訳じゃ無いわよね」

「いや経験を踏んだと本人も言っていたし、この光景を見て何も考えずに進むなんて事は」

 と話していた側から足を躓かせ、ロキはその原因となった障害物を目の当たりにした。

「ぐがー、ぐがー」

「居たわね。精神面では全く成長しない馬鹿が此処に」

「ある意味では期待を裏切らない存在だけど」

 言うまでもなく障害物の正体は行き倒れのデュランで、彼は鼻提灯を作りながら子供みたく豪快に眠っていた。眉間に皺を寄せたミネアはそんな男を足蹴する。

「起きなさい唐変木。呑気に鼾掻いて眠っているんじゃないわよ」

「あはは。まあミネアも偉そうに言えないけどね」

「何よそれ、いつ私がこんな間抜け面で眠りこけたって言うのよ」

「いや無自覚なら別に良いんだけど。ほらデュラン、早く起きて」

「……え、ちょっと待って。私、眠っている時に鼾とか掻いているの!?」

 少なからずショックを受けたミネアを尻目に、デュランの襟を掴み上げたロキは頬を叩いて起こそうとする。やたら良い音を響かす程に力を入れたのは日頃の鬱憤晴らしも兼ねた為だが、その甲斐あってか彼はやがて意識を取り戻した。

「んああぁぁ。ロキか、一体どうしたんだ」

「それは僕の台詞。何でさっきまで元気に走っていた奴が道の真ん中で眠っているの」

「え、いや急に睡魔が襲ってきてさ」

 目を覚ましたデュランは自身の感覚とロキの証言を踏まえ、更には今まで蓄えてきた冒険者としての知識から驚愕の結論を導き出す。

「成る程。この霞が原因なのは間違いないな!」

「あんた凄いわね。満を持して猿でも分かる事を得意げに言うんだもの」

 そんな三人が町に着くと住民達も同じ症状に見舞われていた。道端や軒先に倒れ込んでいる状況からして、日常生活の中で唐突に発生した現象な事は明らかだ。

「まだ生きているけど時間が経っているのか眠りが深いわね。これだとデュランみたく強引に叩き起こすのは無理かも」

「これが自然現象で無いのなら、誰かが悪巧みをする為に仕掛けた事だろうけど」

「住民を眠らせての悪巧みか。つまりエッチな事だな!」

「あんた本当に脳味噌の成長が中学生で止まっているんじゃない? って言うか野営の時とか眠っている私に変な事していないでしょうね」

「阿呆抜かせ。ぐーぐー鼾を掻いて、おまけに涎まで垂らしている女を襲う趣味はない」

「あっ、あっ、あああ!」

「やっぱり気付いていなかったんだ。ガチで顔が真っ赤じゃん」

 凹んだミネアを宥めながら二人は静まり返った町を見渡す。まだ原因が定かでは無いものの、不気味な沈黙の中に悪意が潜んでいる事は明白だ。


   2


「しかし行く先々で面倒事が起きやがるな。この大陸の冒険者は何をしているんだか」

「裏ルートを通ってきた代償じゃない。或いは貴方自身が疫病神なのかも」

 そんな風に言われたデュランだが気を取り直し、何時になく凛とした顔で告げる。

「よし、それじゃあ早々に此処から立ち去るとするか」

「「おいこら待て」」

「当然の判断だろ。町を丸ごと眠らせるとか悍ましいモンスターの類に決まっている」

「さっき平凡な旅では得られない貴重な経験とか何とか言っていた癖に」

「スルーしたい気持ちは分からなくも無いけど、水とか残りの食糧を鑑みると此処での補給は必須なんだよね。となると必然的に町の問題を解決するしかない」

「なら他に簡単な方法がある。どうせ眠っているんだし勝手に店からくすねて……」

「デュ〜ラ〜ン〜?」

「はいはい、分かりましたよ。やりゃ良いんでしょうが」

「何で不貞腐れているのよ。とても冒険者とは思えない言動と人間性ね」

 斯くして三人は眠り耽った町の調査を始めた。一時的にマスクを外したロキは再び鼻に意識を集中させ、霞に漂う匂いの発生源を辿らんとする。

「くんくん、くんくん……」

「へぇ。何だかエロい事に使えそうな特技だな」

「そう言われると少し変態チックね。ロキってば意外とムッツリ助平さんだし」

「あのさ、仲間の活躍は素直に褒めてくれないかな?」

 数少ない見せ場を台無しにされながらも挫けず、健気に探索を続けたロキは程なく郊外から漂う邪気を捉えた。見たところ何の変哲も無い民家に集った三人は外から呼び掛ける。

「わわわ惡い事を企んでいるならででで出てきやがれ! ここここの不届き者がぁ!」

「だから貴方、敵が姿も見せていない内から怖がり過ぎでしょ」

 と言っていた一同だが、ここで玄関から現れた相手は予想外の容姿をしていた。

「ひっく、ひっく……」

「「「えっ」」」

 身体を震わせて出てきたのはマスクをした女の子だ。背丈はドワーフのロキと同じくらいで、初対面の三人を前にして涙を浮かべている。

「ひっく、ひっく。お兄さん達は悪い人なの? どうして町の人を眠らせたの?」

「別に取って食わないから安心しろ。俺は誰かさんと違ってロリコンじゃ無いし」

「その誰かさんって具体的に誰の事かしら?」

 白々しく抜かすミネアを無視し、女の子が落ち着くのを待ってデュランは事情を聞いた。

「あのね、私、風邪を引いて家で寝ていたの。そしたらお薬を買いに行ったお母さんが戻って来なくて、変だと思って外に出てみたら皆が眠っていて、ふえええん」

「鼻詰まりで助かったのかも知れないな。俺達が来たからには大丈夫だ」

「子供の前だと相変わらず強気な事で」

 なんて指摘するロキも無視し、女の子が泣き止むのを待ってデュランは話を続けた。

「何処かに眠たくなる霞の発生源がある筈だ。何か心当たりあるかい?」

「えっとね、そのね、さっき家の裏庭の方から変な音が聞こえたよ」

「よし、俺達を其処へ案内してくれ」

「う、うん!」

 少女が差し出してきた手を自然と握り、そのままデュランは外から回り込む形で民家の裏に向かった。他二人も遅れて続くが、訝しげなミネアは並び歩くロキに尋ねた。

「一連の展開をどう思いますか、解説役のロキさん」

「いや普通に考えて怪し過ぎでしょ。この状況で偶然あの子だけが助かるなんて」

「ですよねぇ」

 だが両者共にその疑惑を青年には伝えず、示し合わせたかの如く傍観者に徹していた。

「デュランもそんな事は百も承知で、敢えて相手に合わせて様子を探っている線は?」

「いや、彼の性格や知性からするに可能性は薄いでしょう」

 とか呑気に話している間に事態は次の局面へと移行する。

「ぎゃあああ!」

 先を行くデュランの悲鳴を聞き、二人が駆け出すと案の定な光景が広がっていた。

「けっけっけ、お兄さんったら不用心ね」

「「やっぱり」」

 マスクを取った少女は普通の人間とは思えないギザ歯を曝し、背中から出した何本もの触手を使ってデュランを縛り上げていた。その姿形は紛う事なきモンスターである。

「畜生、この俺とした事が油断した!」

「あんたは常に油断しかしていないでしょ」

 何だかんだ律儀に突っ込むミネアとは対象的に、端からデュランを見限っていたロキは彼を気にせず敵に意識を向ける。

「君がこの現象の元凶か。人間を捕食するのが目的ってところかな」

「その通りよ。鱗粉を撒いて町全体を眠らせ、一人ずつ食べていく計画だったのにとんだ邪魔が入ったわ」

 こう告げた女の子モンスターは触手をうねりながら目を光らせた。

「大人しく立ち去れば良かったものを、後悔しても【今更もう遅い】わよ」


   3


 少女の変身は続き、やがて手足や髪の毛までもが触手となり、顔と胴体に面影を残す以外は完全な怪物と化した。

「だから俺は言ったんだ。こうなるから下手に首を突っ込むのは止めようって」

「いや捕まったのは単なるデュランの間抜けでしょ」

「何が〝俺はロリコンじゃない〟よ。可愛い見た目にちゃっかり騙されちゃって」

 しかし三人は凶悪な相手を前にしながら何時もの調子で、これには却ってモンスターの方が戸惑いを浮かべた。

「ちょ、ちょっと、私を無視しないでよ!」

「あ、ごめん。これが僕達の日常なもので」

「何処にモンスターと対峙して、真っ先に責任転嫁を始める冒険者が居るって言うの!?」

 信じられない話だが本当の事である。

「ほら怖がりなさいよ。これから貴方達を食べようって言うのよ、ガブーって!」

 少女は口を開いて脅しを掛けるが、依然として緊張感に乏しい三人の反応は今一つだ。

「いや何か、こうして見ると確かにデュランが騙された気持ちも分かるね」

「まあ普通に可愛いわよねぇ。ヒロインが欲しい欲しいってあんた五月蝿いし、この際だから彼女をスカウトしたら良いんじゃない?」

「いや流石の俺でもモンスター娘の趣味はないぞ」

「あ、侮ってくれるわね! ガオーっ!」

 痺れを切らした相手は無数の触手を伸ばすも、会話に興じつつ最低限の警戒を怠らなかったロキはひらりと身を翻し、同時にカウンターの要領で携えていた槍を投げる。

「ふぎゃ!」

 これを胴体に受けたモンスター娘はそのまま仰向けに倒れ、貫通した槍が地面に突き刺さる形となって身動きが取れなくなった。

「あっ、あっ、起き上がれない!」

 傷自体は急所を避けていたが、数多の触手を使って槍を引き抜こうとするも力及ばず。止む無くデュランを解放して全触手を用いるも結果は同じだった。

「まあ寝込みを襲おうとするモンスターなんだし、真面に戦ったら弱いのは必然よね」

「弱い者ほど良く吠えるものだからな」

「うんうん。デュランが言うと説得力が凄い」

 言いながら三人はモンスターを取り囲み、つい今し方まで捕まっていたデュランが討伐者を差し置いて偉そうに告げる。

「どう始末を付けてくれようか。お兄さんを騙した罪は重たいぜ?」

「ふえええ! ゆ、許して下さい! もう二度とこんな真似はしません!」

 モンスターは声を振るわせて懇願する。今度の怯えは演技でなく本心であり、そんな彼女の泣き顔を捉えたミネアとロキは互いに顔を合わせた。

「う〜ん、このまま殺すのは何だかちょっと可哀想ね」

「そうだね。ちゃんと約束を守ってくれるなら止めを刺さなくても……」

 という流れが二人の間では出来ていたが、

「ぴぎゃ!」

「「えっ」」

 その空気を完全に無視し、相手の額に剣を刺したデュランが呆気なく息の根を止めた。

「馬鹿言うなよ、モンスターの話なんて鵜呑みにするな。だいたい既に数え切れない程の人間を食っているに違いないぞ」

 そう淡々と告げた青年に対し、唖然とした仲間達は苦い顔を浮かべた。

「いや確かにそうだけど見た目は女の子だし、躊躇いとか無いのかなって」

「関係無いだろ。俺は見てくれで女に甘くする気なんて毛頭ない」

「言っている事は珍しく正論なのに、外道っぽい悪役感が漂うのは何故だろうね」

 何はともあれ一件落着。モンスターを倒した事で町を覆っていた霞も消滅し、住民達は次々と目を覚まして平穏が戻った。

「あれ、いつの間に昼過ぎか」

「可笑しいわね。こんな場所で気を失っていたのかしら」

 しかし。

「おいおい、女の子に化けたモンスターって何の話だよ」

「覚えていないし。可笑しな事を言う人だな」

 デュラン達が事の顛末を説明しても信じる者は居なかった。モンスターは絶命後に枯れ木の様な姿に変わった上、この町に関しては住民全員が無事だった為に被害報告もない。

「そりゃそうよねぇ。知らぬが仏って感じで呑気に眠っていたんだもの」

「彼らにすれば寧ろ僕達の方が怪しいでしょ。いきなり現れて変な話を始めるんだし」

「何でだよ! 町一つを救ったんだから正当な報酬を得ないと!」

「貴方はただ敵に捕まっていただけじゃない」

 文句を垂れるデュランとは対照的に、元より過度な期待を抱いていなかったロキとミネアは淡々と気持ちを切り替えてゆく。

「さあ当初の目標は達成したんだし、アイテムの補給を終えたら帝都を目指そう」

「ぐぬぬっ。やっぱり俺は納得いかないぞ」

 そんな人知れず活躍した三人の長旅も、間もなく終わりの時を迎えようとしていた。

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