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第15話:温泉編

   1


「まず初めに言っておく。題名を見てうっかりクリックした通りすがりの読者さんには申し訳ないが、所謂ムフフな展開は期待しないで貰いたい」

「開始早々に何を言っているの。メタ表現って嫌う人も居るから程々にしなさいよ」

「い〜や。これだけは言っておかないと初見さんの貴重な時間を無駄にしちまう」

「既に14話も掲載しておいて今更だし、既存の読者様に対しても無礼だと思うけど」

「こんな作品を読み続けている奴はマゾだ。もう色々と手遅れだから放っておいて良い」

 等と言い合うデュランとミネアへ、少し前を行くロキが振り向き様に告げる。

「でも僕達が向かっているのは紛れもない温泉宿だ。タイトルに偽り無しだと思うけど」

「馬鹿かお前、温泉って聞いて思い浮かべるものは何だ? そう、お色気シーンだよ!」

「誰もが貴方みたく欲望の侭に生きていると思わないでよ」

 そう指摘するミネアを無視してデュランの熱弁は続く。

「だが残念、そんなラッキースケベに俺達が遭遇する事は有り得ないんだ。何故なら此処にはお色気要員がそもそも存在しないんだからなぁ!」

「いや普通にミネアが居るじゃん。デュランがどう思っているかは別にして」

「お前は温泉というシチュエーションの意義を理解しているのか? 湯煙の中で仄かに裸体が露わとなる場面で、凹凸のない棒みたいなシルエットに需要があるかよ!?」

 ミネアの眉間に青筋が立つ中、デュランの悲痛な叫びは止まらない。

「と言うか前話から誰か一人くらい引っ張って来い! 何で向こうは番外編なのに女子が三人も出ていて、こっちにはギリギリ0・5カウントぐらいのエセ神官しか居ないんだ!」

 といった嘆きが一頻り落ち着くと、他二人は雑談の調子で新たな話を始めた。

「あ、温泉と言えばもう一つ定番要素があるわよね。ロキ、何だか分かる?」

「そりゃあ殺人事件だよね。最近は少ないけど二時間サスペンスでお馴染みの」

「温泉に浮かぶ溺死体、真相は藪ならぬ湯煙の中。まあまあ面白そうな題材じゃない?」

「同僚が犯人だって点は少し在り来りだけど、寧ろ変に捻った結末よりは正統派で良いかも」

「え、あの御二方、唯の例え話ですよね?」

 許しを乞うべく二人に温泉饅頭を奢ったデュランは秘湯宿へ辿り着く。彼方此方から湯気が立ち昇る其処は長閑な雰囲気で、観光客と思わしき浴衣姿の人間も散見された。

「良かった。今回は少なくとも身包み剥がされる事は無さそうだ」

「剥ぐのは自分でだからな、温泉だけに」

「久々にちゃんとした宿で休めるわね。ロキ、早くチェックインしましょう」

「すみません、完全スルーで話を進められるのは罵倒より辛いんですが」

 こうして宿に入った御一行だが、何の因果か此処でも看過できない問題が生じていた。

「実は最近盗撮魔が現れるとお客さんから申告がありまして、当宿の目玉でもある露天風呂は封鎖しているんですよ」

「それは可笑しいわね。私達ずっとこの男とは一緒に居た筈だけど」

「あ、もしかして古典的だけど入れ替えトリックを使ったとか?」

「ナチュラルに俺を犯人扱いするな」

「だってコンプライアンスが求められる今の時代、覗き見なんて前時代的な事を企てる愚か者が他に居るとは思えないし」

「うんうん。のび太さんのエッチーとかじゃ済まない、普通に捕まる犯罪だよデュラン」

「既に犯人の特定を済ませたノリで自白を促すんじゃねぇ」

 そんな他人事な物腰の三人を見て、旅館の男主人が思案した様に尋ねる。

「もしかして皆さんは旅慣れた冒険者の方でしょうか」

「如何にも。まあ別大陸から渡ってきて間もないですが」

「だったらお願いします。どうか盗撮魔を捕まえて下さい!」

 こう言って頭を下げた主人だが、しかしデュランは直ぐに食い付く事をしない。

「うーん、モンスター退治とかじゃなく盗撮魔が相手ってのは気が乗らないなぁ」

「自分が覗く側だからね。やっぱり犯人は此奴で間違いないわ」

「そもそも碌にモンスターを倒せない癖に、わざわざ引き合いに出す時点で怪しいよね」

「お前ら話が進まないから、その設定を前提にした対応はもう終わりにしろ」

 そんな乗り気でない様子のデュランに対し、宿の主人は依頼を引き受けさせる為の飴を提供してくる。

「お礼は勿論しますし、当然ですが宿代は頂きません。お食事も最高の物をご用意します」

「でもなぁ、正直お金は余分に金庫からパクったばかりで充分だし」

「もし盗撮魔を捕まえて頂けたなら、我が宿の誇る混浴露天風呂を開放出来るのですが」

「……今何と仰いました?」

「〝混浴〟露天風呂でございます」

 特定の単語を強調した主人は、明らかにデュランの性格を捉えて交渉に臨んでいた。早くも陥落間近となったリーダーへ仲間達はゴミを見る目を向けた。

「分かりました。どうぞ俺達に任せて下さい!」

「やっぱりね。此処まで来ると清々しさすら感じるわ」

 急にやる気を出した青年は依頼を受諾し、己の願望を剥き出して息巻く。

「温泉宿の平和を取り戻し、女の子達とキャッキャウフフしてやるぜ!」

「と言うかフロスト君達の話と落差が激しすぎない?」

 ロキは苦虫を噛む様に不満を述べるが、あくまで当作は此方側が本編である。


   2


「良い部屋を用意してくれたじゃん。これは食事も期待出来そうだね」

「意地でも犯人を捕まえないとな。さあ夕食の時間まで張り込みに出掛けるぞ!」

「行ってら〜。頑張って〜」

「お前は例の如く一緒に来ないのかよ。最近ちょっとサボり気味じゃないか?」

 一等客室に通された三人の内、ミネアは荘厳な山滝を望む居間で寛ぎモードに移行する。

「五月蝿いわね、足が浮腫んで疲れたのよ。貴重な紅一点なんだし文句言わないで」

「けっ。胸がない癖に峰不二子気取りか」

「そもそも僕は当然の如く付き添う前提になっているのは何でさ」

「お前は次元ポジションだろうが。相棒たる者、常に主人公と行動を共にしないとな」

「ええ〜。負担的にも登場頻度は五ェ門くらいが良いんだけど」

 文句を垂れつつもデュラン一人に任せる訳にはいかず、仕方なく従ったロキは宿屋の裏手の露天風呂へ赴いた。

「いやちょっと待ってよ。閉鎖しているんだったら盗撮魔が現れる訳が無くない?」

「その点は心配ない。さっき宿の主人が一時的に温泉を開放したと言っていた」

「成る程。それで営業を再開したと勘違いした犯人を誘い出す算段なんだね」

「ついでに宿に来たばかりで事情を知らない可愛い子ちゃんとかも入ってくると有り難い」

「その場合は下手すると、僕達が盗撮魔に間違われて豚箱行きだけど大丈夫かな」

 懸念を添えて敷地の隅に待機する二人だが、しかし人が現れる気配は一向に窺えない。

「う〜ん。露天だから当たり前だけど、これじゃあ誰も居ないのが傍目にも丸分かりだよ」

「そうだな。そしたら人形でも置いてみるか」

 青年は手っ取り早くカカシを制作するが、ぷかぷかと浮く挙動は明らかに不自然だ。

「駄目だな。これだと如何にも罠を張っている事を伝えているみたいだ」

「確かに犯人がデュラン並みの知性なら兎も角、これじゃカラスでも引っ掛からないね」

「さてどうする……ってお前今、俺よりも鳥を上位に扱った?」

 そんな普段はカラス以下の男だが、今回はエロ目的の為か次々と別策を思い付く。

「よしロキ、今度はお前が入って適当に動くんだ」

「嫌だよ、何で僕が」

 そう必死に抵抗するも湯船に入れられたロキは、遠巻きに見守る相棒を恨ましげに睨む。

「幾ら人材ヒロイン不足とは言え、何処に需要があるのさ此の構図に」

「しっ! さっそく誰か来やがったぜ」

 だが作戦変更の甲斐があったか、注意を促すデュランの視界には早くも湯煙に混じる人影が窺えた。彼は身を屈めながら慎重に近付いてゆく。

「あ、熊さんだ。熊さんがお風呂に入っている〜」

「可愛い〜。後でまた来よ〜」

 しかし宿の中を探検していた幼い兄妹のほのぼの一場面と判明した暁には、本案の根本的な欠陥に気付いて首を傾げる。

「失敗した。お前だとシルエット的に唯の動物園になっちまう」

「だろうね。僕的には子供と戯れるのは吝かでは無いけど」

「……こうなったら仕方ない。背に腹は代えられん」

「いや本気で? それこそデュランの裸体なんて男女問わず嫌悪感を抱くと思うけど」

「違ぇよ!」

 脱衣所でロキが身体を拭く中、大きな決断に至ったデュランは一度客室へ引き返す。

「頼む、お前しか居ないんだ。この通り!」

「嫌よ、何で私が盗撮魔の囮にならないといけない訳?」

「それは本当にそうなんだけど」

 案の定だがミネアは拒否の姿勢を示す。部屋に備え付けの浴衣に着替え、マッサージチェアを堪能すべく出掛けんとした折り、青年達に捕まった彼女は露骨に不機嫌な態度となった。

「って言うか二人も一緒に張り込むんでしょ? だったら盗撮魔が現れなくたってあんた達に裸を見られちゃうじゃない」

「ええっと、だから特別にバスタオルで入浴しても良いって女将さんに許可を」

「馬鹿、それはまだ言うな!」

「そ、そうなの? だったらギリギリセーフと思えなくも無いけど……」

 デュランが指摘するとロキは慌てて口を閉ざすが、これを聞いたミネアは途中で二人の真意に気付く。

「ってもしかしてあんた達、あわよくば私の裸を拝めるとか思っていた?」

「ば、馬鹿言うなよ、誰がお前みたいな性悪女に興味なんて」

「ふぅん、本当にぃ?」

 ここでミネアは浴衣を態と開けさせ、相手を試す様な艶かしい口調で問い掛ける。

「どうする、正直に言ったら少しくらい拝ませてあげても良・い・け・れ・ど?」

「すみません、あわよくば見れたらラッキーだと思っていましたぁ!」

「うっそ〜ん♪ フロスト君なら兎も角、誰があんたなんかに見せるかってーの」

 そう言ってあっかんべーをした仲間に対し、わなわなと握り拳を震わせた青年は相棒に囁く。

「おい、この女一度本気で殴っても良いか?」

「君達って本当に仲が良いよね。たぶんフロスト君が見たら嫉妬すると思うよ」

 何はともあれ貴重な餌を得たデュランは、今度こそと思い直して露天風呂に舞い戻った。


   3


 バスタオルを巻いたミネアが温泉に浸かる中、敷地の隅で張り込んだ二人は脇目も振らずに警戒を続ける。

「ねぇ。幾らタオルで覆っていてもジロジロ見ないで貰いたいんだけど」

「自意識過剰だな。俺はずっと外に注意を払っているんだ、誰がお前なんか目に留めるかよ」

「そうよねぇ。わざわざ私が視界に入る位置取りをして見張っているんだものねぇ」

「やっぱり普通にバレているじゃん」

 と言っている側から妙な気配を捉えたロキは、青年の脇腹を突いて異変を伝えた。

「何だよ、もう少しでポロリするかも知れないのに」

「いや主旨が変わっているし。ミネアじゃなく向こうの木陰を見てってば」

 ロキが指差す先には怪しげな人物が見え隠れする。この世界では貴重な写真機を首から下げ、ゆっくり撮影スポットを吟味している様は紛う事なき犯人だ。

「マジで現れやがったのか。あんな女にでも引っ掛かる物好きがいるんだな」

「そうやって平然と自分を棚上げする姿勢は見習いたいよ」

 ここで一旦別れたデュラン達は湯煙を隠れ蓑に回り込み、ターゲットを両側から挟み撃ちにする形で犯人に迫った。

「「どおりゃあ、あぐっ!?」」

 しかし同時に飛び掛かった二人の存在を察知していたのか、交錯寸前に素早い動きを見せた相手は身を翻し、故にデュランとロキは互いに頭をごっつんこして倒れ込む。

「うぐっ、いてて、あれ何処に行った?」

「……きゅう」

 石頭のロキは直ぐに起き上がって周囲を見回すが、肝心のデュランはと言えば呆気なく失神。そんな間抜け共を尻目に盗撮魔は悠々とカメラを構えた。

「ぐわちっ!?」

 しかし此の人物もまた見えない壁に行手を阻まれ、その衝撃で浴場側に弾き出されると足元に転がってきた石鹸に足を滑らせる。

「だあああぁああ!」

 更には翻筋斗打った身体を横滑りさせ、最後は勢い余って温泉の中へとダイブ。宛ら滑って転んでおお痛県の流れだが、慌てて立ち上がった盗撮魔の災難はこれで終わらなかった。

「きゃー、エッチスケッチワンタッチ!」

「ひでぶっ」

 顔面をステッキで殴られた当該人物は再び湯船に沈み、止めを刺した本人は其れを見下ろしながら得意げな顔を浮かべる。

「ふぅ。やっぱり不届き者は遠慮なく成敗するに限るわ」

「え、何でこんなコントみたいな事に」

 ようやく犯人と展開に追い付いたロキが訝しげに尋ねると、杖をクルクルと回したミネアは悠然と語る。

「あんた達の事だからどうせ失敗すると思ってね。予め周辺に結界を張った上で、彼方此方に罠代わりの石鹸を仕込んでおいたのよ」

「それは逞しい事で。あと頼りなくて悪かったですね」

 話を聞いたロキは少しだけ不満顔だが、彼はミネアの証言について妙な事に気付く。

「あれ、でも周りに結界を張ったって事は、犯人は外からじゃなく宿内から来たって事?」

「それは盗撮魔の正体を知れば納得する筈よ」

 ここで気絶した犯人を湯船から引き上げる二人。盗撮魔は他でもない依頼人の男性、つまりは温泉旅館の主人だったのだ。

「この男、然りげに私を一瞥した後でデュランに依頼を掛けたから警戒していたのよね」

「そう言うの良く気付くなぁ。もしかして女の勘ってやつ?」

「女は視線に敏感なのよ。例えばデュランが私のうなじを何時も気にしている事とか、貴方が私を見上げる度に脇の下を覗いている事も把握済みよ」

「さいですか……。すみません、以後気を付けます」

 その内に騒ぎを聞き付けてきた従業員に事情を説明し、盗撮魔の身柄は妻である女将さんに預けられた。

「何とお詫びすれば良いのか。【今更もう遅い】ですが大変なご迷惑をお掛けしました」

「でもさ、どうしてご主人はデュランにわざわざ盗撮魔の捕獲を依頼したのかな。自分の首を絞める様なものじゃん」

「内なる欲望を抑えられなかったのか、或いは誰かに濡れ衣を着せるつもりだったとか? ま、その辺りの真相究明は私達の出る幕じゃ無いわね」

「有り難う御座います。……後の処分は私共にお任せ下さい」

 女将が穏便に済ませるつもりでない事は殺意に満ちた目から明らかだった。本当に殺人事件が起きそうな雰囲気の中、事勿れ主義者達はそれ以上の関与を避ける。

「さあ色々とスッキリしたところで夕食にしましょ。どんなご馳走が出てくるか楽しみだわ」

「そうだね。動き回って汗も掻いたからお腹空いちゃったし」

 こう言って部屋に引き上げた二人だが、ふとロキは奥歯に物が詰まった感覚に苛まれた。

「あれ、でも何か忘れている様な」

 それから凡そ一時間後。利用が再開された露天風呂の片隅から、茹で上がったタコみたいな重症者一名が発見された。

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