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第14話:番外編

   1


 今回の話はユグドラル王都からお送りする。喧しい連中が旅立って平穏を取り戻したギルドの円卓席では、三人の凄腕冒険者がまったりと寛いでいた。

「はぁ……」

「どうしたんだいフロストきゅん、最近元気が無いにゃん?」

「そんなお前は何時だって元気だな、ノエル」

 女騎士ルーシュが優雅に抹茶ラテを嗜む最中、暇を持て余したノエルがわしゃわしゃと髪を弄るのも構わず、惚けた雰囲気のフロストはされるが侭に項垂れていた。

「……ミネアさんは今頃、何しているのかなぁ」

「あ、やっぱりあの女の事か」

「それ以外で今のフロストが何を悩むと言うのだ」

 遥か彼方の別大陸に意識を向ける少年。そんなフロストを優しく見守る二人のお姉さんだが、その内の一人は少しだけ不機嫌そうに告げる。

「でも悔しいにゃい? だってウチとかルーちゃんと食卓を囲んでいても、ここに居ない女の事を考えているリーダーとか有り得ないでしょ」

「お前が弱気とは珍しいな。彼の心をスティールするとか何とか息巻いていた癖に」

「いやね、これが中々手強いと言うか難攻不落で」

 気の抜けたフロストの頬を指でぷにぷにするノエルだが相手は動じない。

「最近ウチのちょっかいに慣れてきたのか、随分と反応も薄くなっちゃってさ」

「恋と言うのは駆け引きが重要らしいからな。時には押すだけでなく引く事も大切だぞ」

 なんて先輩面をしたルーシュは、凛とした顔で少年を見据えると単刀直入に聞いてみる。

「それにしても君は本当に一途だな。そんなにもミネアの事が愛おしいのか?」

「えっ、あ、その……」

「すまん、野暮な事を聞いた。わざわざ言葉にせずとも今の反応が動かぬ証拠だな」

 こと恋愛に関しては周りの美少女を眼中に入れないフロスト。これには積極的なアプローチを信条とするノエルも匙を投げたい気持ちになる。

「まあ仕方ないか。男の子にとって初恋のアドバンテージは大きいって言うからねぇ」

「私も聞いた事がある。女の恋は上書き保存だが、殿方は都度保存で過去の恋も残るとか」

「ほほう、そう言うルーちゃんの最新データは誰にゃん? やっぱりフロストきゅん?」

 ここまで他人事を装っていたルーシュだが、今の不意打ちで口に付けていた抹茶ラテを吹き出した。それを見てケラケラと笑った少女の追求を防ぐべく女騎士は話題を変える。

「ごふっ、げふっ! そ、それにしても平穏がこうも続くと気が緩んでしまうな。フロストも依頼で忙しい時には緊張感を保って臨んでいたと言うのに」

「この辺り一帯の危険なモンスターやダンジョンはあらかた攻略しちゃったからねぇ。ウチら三人だと向かうところ敵無しって感じ」

「あの阿呆共くらいの実力の方が、世話好きのフロストには丁度良かったのかも知れんな」

 と告げたルーシュは僅かな憂いを見せた後、改めて少年に目を向けて尋ねた。

「なあフロスト、もしも君が向こうのメンバーに戻る事を望むなら……」

「え、あ、すみません。変な誤解をさせちゃて」 

 だが先程までの腑抜け様とは一変、ここで顔を上げた少年は明確な口調で釈明する。

「僕は二人とパーティーを組めて凄く幸せですし、これから先もずっと一緒に居たいと思っています。それはミネアさんへの感情とは全く別次元の問題です」

 そう真面目な表情で告げたフロストに対し、少女達は思わず顔を赤らめるのだった。

「普段は他の女に現を抜かしている癖して、こう言う肝心な所で決めてくるのが狡いよねぇ」

「全く同感だ。これでは私達も諦め切れないではないか」

 なんて然りげに自白したルーシュだが、そんな甘酸っぱい空気の渦中に事件は起きる。突如として野外から轟音が響き渡り、ギルド内のテーブルや窓を激しく揺らしたのだ。

「おおっと、久々に大型モンスターでも襲来したかにゃ?」

「どうやら休息は終わりの様だ。出撃するぞ!」

 素早く建物から出た三人は騒然とした周囲を見渡す。何事かと思った都民が軒並み大通りに姿を現した中、街の一角から火柱が上がって響めきと悲鳴が入り混じる。

「同方向に強い魔力を探知しました。恐らくは相当の使い手です!」

「モンスターでは無さそうだね。ひょっとして例の魔剣絡みかな?」

「何方にせよ現場に行ってみれば分かる事……、今度は何だ!?」

 異常を認めた一同は騒ぎの中心部に向かおうとするが、直後に王都の反対側からも爆発音が響き、振り返ってみると発信源は目を疑う場所であった。

「あれはまさか、ユグドラル王城にゃ!?」

 視力の良いノエルが城下の先に捉えたのは城門に立ち昇る黒煙だ。これには堪らず険しい顔を浮かべたルーシュが足を止める。

「敵は複数存在すると言う事か。王城には衛兵が居るが……」

 そんな彼女が少なからず動揺を見せた折り、フロストは素早い状況判断で仲間達に告げる。

「ここは二手に別れましょう。市中は僕が担当し、ルーシュさんは王城に魔法転送します!」

 少年が逞しい口調で指示を出すと、二人の少女は忽ち不安を払拭させる。

「流石はフロストきゅん。頼りになるチームリーダーが居るのは心強いね!」

「持つべき者は信頼に足る仲間だ。よし行くぞ!」

 こうして三人は各所へと離散。王都に襲来せし未知なる脅威に挑むのだった。


   2


「へっ、手応えのない連中だな。これじゃ端から地下道を通る必要なんて無かったぜ」

 ユグドラル城内では大鎌を携えた獣人が暴れ回っていた。その男は迫り来る兵士達を次々と薙ぎ倒し、正門からの侵入にも関わらず容易に謁見の間まで到達する。

「おおっと、もう王様方は逃げちまったかな?」

 扉を蹴破って踏み込んだ獣人は嘲笑うが、そんな侵入者に対してバルコニーから現れた騎士が悠然と告げる。

「国王陛下は無礼千万なアポ無し訪問者になど会わぬ。代わりに私が話を聞こう」

「おや、誰かと思ったらルーシュ王女様ではありませんか」

 フロストの魔法により帰還したルーシュは、得物の長剣を携えて侵入者と対峙する。

「城の地下室で会って以来ですかな。あの隠し通路を塞がれたお陰で、柄にもなく玄関口から入る形になってしまいましたぜ」

「貴様は魔剣を盗んだ者の一味か。私の素性も知っているとは何者だ?」

「さあてね。こちとら素性を隠して暗躍するのが生業ですから」

 そう告げた獣人はルーシュよりも二回り大きな身体で素早く突進し、一気に相手との距離を詰めると躊躇なく鎌の刃で首を刈り取らんとする。

「うおらあああ!」

「ぐうっ!?」

 虚を突かれたルーシュは剣を構えて防御するが、怒涛の連続攻撃は周辺の柱や彫刻をも悉く破壊し、挙句には体勢を直す為に彼女が身を隠した玉座まで砕く。

「……どうやら貴殿を侮っていた様だ。前回は直ぐに逃げ出す臆病者だと思ったが」

「あれは環境が悪かったもんで。広々とした場所で俺に勝てる奴はそう居ませんぜ?」

 短期決戦を目論む獣人は決して手を緩めず、生粋の力自慢が見せる正攻法を物理で打ち破る術は無いと思われたが、的確に刃を受け流すルーシュは自信有り気に言う。

「大層な自信だが、広いフィールドでの戦いを得意とするのは私も同じだ」

「強がりが過ぎますな。どう考えても射程と腕力の差であんたに勝ち目はない!」

「それは戦い方次第だ」

 その時だ。獣人の背中に途轍もない悪寒が走り、本能的に彼が身を翻す事となったのは。

「うおっ!?」

 突如として死角から現れたナイフが喉元を掠める。僅か数センチ差で命拾いした獣人は後方に飛び退き、大量の冷や汗を流しながら悔しげな猫耳少女を捉えた。

「ありゃま残念。不意打ち失敗だよ」

「こ、これはこれは、王女様ともあろう方が不意打ちを仕掛けてくるとは」

「ふむ。貴殿は何か根本的な勘違いをしている様だ」

 ノエルと肩を並べたルーシュは改めて剣を構え、そして誇らしげに告げる。

「私は冒険者ルーシュだ。そして彼女は私が最も信頼する相棒、一心同体の盟友なのだ」

 ここからは反転攻勢。真正面からルーシュが剣技の猛攻を繰り出す傍ら、別角度から懐へと入ったノエルのナイフが的確に急所を狙ってくる。二人の流麗な波状攻撃によって忽ち相手は防戦一方となった。

「ほらほら同じ獣人族のお兄さん、さっきまでの威勢はどうしたのさ?」

「ええい、くそっ!」

 強引に鎌を大振りしても素早さで勝るノエルには悠々と避けられ、その隙にルーシュが放つ鬼神の如き斬撃で体力が削られてゆく。いよいよ窮地に立たされた事を認識する男は、もはや後先を考えずに全身全霊の必殺技を投じる決意をした。

「舐めやがって小娘共が! だったら此れはどうだぁあああ!」

 それは持ち手を振り回して棒術みたく鎌を操る演舞だった。強靭な体幹を存分に使う大技は射程内に飛び込んだが最後、瞬く間に全身を粉微塵にする必中の攻撃である。

「オラオラオラ、これなら二人掛かりでも関係ないぜぇ!」

 これには流石に近付けない少女達だが、逸早く対抗策を閃いたノエルは楽しげに言う。

「ルーちゃん、今こそ例の連携技を繰り出す時にゃん!」

「いや待て、あれは未だ実戦では成功例が無いぞ」

「初めて記念日にはお誂え向きの相手だよ! とおりゃあ!」

 悪戯げな笑みを零したノエルは、迫り来る強敵を前にルーシュを信頼して跳躍する。それを見た女騎士は呆れ半分、喜び半分の心境で親友に呼応するのだった。

「全くお前は昔から向こう見ずだな。だからこそ私を城から連れ出してくれた訳だが」

「馬鹿め、その程度の高さなど無意味……ん?」

 一方で獣人は格好の標的と言わんばかりに演舞を上向けるが、空中から飛び掛かってくると思われた少女の跳躍が垂直方向だと気付いて訝しむ。やがて同位置に降下してきた彼女の足裏は、刃を水平にして振り上げられたルーシュの長剣と接触する。

「どっせぇぇい!」

 これを足場に事実上の二段跳びをしたノエルは天高く舞い、獣人の殆ど真上の位置から狙い澄ました鷹の如く迫る。一方で相棒を飛ばしたルーシュ自身も正面から牙を剥き、同時対処が不可能な直角度の二重攻撃に獣人は目を見開く。

「何だと!? これは防ぎ切れ……!」

「「はああああ!」」

 そして三者の刃は唯一点にて交わり、空気を震わす程の斬撃音が城中に響き渡った。


   3


 その頃、市街地では一人の少女が時計台の屋根に登り、悠然と王都を一望しながら気怠げに呟いていた。

「これが奴等の拠点だった場所なのね。こんなに平穏じゃ腑抜けるのも無理ないか」

 魔道士の装束に身を包んだ少女タンジェは、僅かな想いを馳せつつ魔法で作った炎を次々に投じる。その街を破壊してゆく姿に冒険初心者を装っていた頃の面影は無かった。

「それにしても雑魚を相手するのは面倒だわ。いっそ辺り一帯吹き飛ばしちゃおうかな」

 破壊活動と並行して弓兵や魔法使いを返り討ちにするタンジェだが、やがて手応えの無さと煩わしさを覚えた彼女は巨大な魔力の塊を作り、それを容赦なく眼下の冒険者達へ放った。

「あれっ?」

 しかし爆発炎上を起こすと思われた塊は飛散して消滅。代わりにタンジェの企てを魔力相殺で阻止した人物が現れる。

「こんな事は止めて下さい! 一体貴女は何者ですか!?」

「……あら、サインが話していた少年ね」

 明らかに他の魔法使いとは一線を画す少年、冒険者フロストと邂逅したタンジェは思案する表情を見せた後、不敵に唇を歪ませると相手に向かって手を掲げた。

「丁度良いわ。ここで私が力を試させて貰いましょう」

 そう告げた少女は光弾状の魔力を再び照射するが、フロストは此れも正面から弾く。

「これ以上、僕の大切な思い出が詰まったこの街は壊させません」

「面白いわね。思い出って私には無いものだから興味がある」

 ここから二人の諍いは魔法で精製した光弾の撃ち合いに発展。建物一棟を木っ端微塵にする塊を続々と放つタンジェに対し、その弾道をノンタイムで見極めたフロストが一つ残らず相殺する戦い振りは、宛ら魔法全盛時代における最上級魔道士の決闘である。

「此奴、私が一発毎に変えている魔法の性質を瞬時に捉えて!?」

 だが傍目には互角な攻防もその実、先手が繰り出す多重攻撃を漏れなく打ち消した後手との力量差は明白だ。

「其処です!」

 また魔力衝突の波動により周囲の街灯や窓が割れ始める中、被害拡大を抑えたいフロストは彼女の魔法を全て受け止めた上で、尚且つその隙間を縫って相手を攻撃した。

「きゃあ!」

 程良い威力の光弾を受けたタンジェは堪らず膝を付き、これを機に王都中に響き渡る轟音の嵐は収まった。透かさずフロストは浮遊魔法を用いて彼女の側に赴く。

「大人しく捕まって頂けるなら、これ以上は貴女に危害を加えません」

「うぐっ……。まさか魔道具を使っている私を赤子扱いなんて……」

 項垂れたタンジェを拘束せんとした少年だが、ここで彼女から放たれた言葉が意図せず彼の動きを止める。

「だけど変な子ね。これ程の実力を持ちながら、以前まであんな三人組に従っていたなんて」

 ここで鳩が豆鉄砲を食らった様にフロストは困惑し、全く予想しなかった相関図に驚く。

「えっ、もしかしてデュランさん達をご存知なのですか?」

 まさか奴をこっ酷く振った相手とは思いもしない少年だが、その問いへ答えが紡がれる前に新たな局面を迎える。

「うわっ!?」

 突如として両者の間にブーメランの如き大鎌が投じられ、これでフロストが身を怯まされた隙に現れた獣人は、タンジェを脇に抱えると直ぐに地面へ降下する。

「コサイ!」

「馬鹿、折角隠していたのに俺の名前を言うな!」

「あ、ごめん。【今更もう遅い】けど」

 おっちょこちょいの一面を見せた少女を連れ、額から血を流した獣人は追撃を振り切ろうと郊外へ向かう。しかし彼らの行手には先回りした二人の少女が待ち構えていた。

「こぉらぁ、喧嘩を吹っかけておいてトンズラは許さないよ!」

 そう告げたノエルとルーシュの登場に獣人は足を止める。一方で背後には早くもフロストが迫り、前後から挟み撃ちにされた刺客達の選択肢は狭まった。

「これだけ暴れ回れば充分だ。撤退するぞ」

「敵わないから逃げるって訳ね。何だか情けないなぁ」

「喧しい。わざわざ言葉を濁したんだから素直に従えよ!」

 促されたタンジェは溜息を吐いて転移魔法の詠唱を始めた。その間に獣人のコサイは女性陣と少年を交互に見ながら言葉を紡ぐ。

「俺達の本拠はグランディアだ。待っているぞ、偉大な血を引く者よ――」

 こう言い残して二人の賊は姿を消し、再び王都は安寧の時を取り戻した。

「いやぁ疲れた。フロストきゅんが居なくて二対二だったら危なかったね」

「あの実力と謎めいた言動、我が国に留まらず世界の平和を脅かす存在かも知れん」

 新たな脅威に危機感を募らすルーシュ達。しかしフロストは他の二人と少々異なった懸念を抱いていた。

「グランディア……。もしかしてミネアさんも其処に……」

 空を眺めたフロストは想い人の安否を気に掛ける。その心配が杞憂である事を純朴な少年が知る術は皆無だった。

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