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第13話:策略編

   1


 デュランが漂着したグランディア東部は山岳が目立ち、険しい山々を望みながら歩を進めた一同はやがて、渓谷に聳える煌びやかな街に差し掛かった。

「凄いな。これがグランディアの文化かぁ」

 日没後にも関わらず、色取り取りのネオンに照らされた市中は賑わいを見せている。露出度の高い服を着た女性が客引きをする様は、初見の旅人の目を引くに充分な印象だった。

「本当にそうかしら? 妙に如何わしい雰囲気を醸し出しているけど」

「うん。なんか普通の人が普通に暮らす街とは違うよね」

 そんな常識的な感覚を持った二人とは対照的に、自尊心と欲望のまま生きる男はふらふらと色香に惑わされ、バニーガールの格好をした女性に吸い寄せられてゆく。

「お兄さん、こっちこっち♡」

「お、可愛いセクシーギャルちゃんが俺を招いている」

「呼び込み対象は不特定多数で、別にデュラン個人が指名された訳じゃ無いと思うよ」

 やがて罠に掛かった獲物みたく腕を取られた青年は、なし崩し的に間近の店へ誘われる。

「さあさあ一杯飲んでいって。お安くサービスしておくから」

「いやでも俺達、まだ此の大陸に来たばかりで風習が掴めていないんだけど」

「だったら尚更だよ。ここは初心者さんも大歓迎なお店だから」

 紫の照明に包まれた室内に招かれし三人組は最奥のソファー席へ座らされ、値段記載の無いメニュー表を見たロキは危機感を露わにする。

「ちょっとデュラン、絶対この店やばいって。今直ぐに出た方が良いよ」

「別に一杯くらい大丈夫だろ。大事に至る前に引き上げれば平気さ」

「私もデュランに賛成する訳じゃないけど、何も注文せずに出る方が却って危ないかも」

 珍しくロキが少数派に回る中、接客に来た女子達が三人を囲う様にソファーの端席や各人の間へ陣取った。明らかに客を逃さないフォーメーションだ。

「海の向こうの大陸から渡って来たんですか? お兄さん凄〜い!」

「私なんか此の街から出る事も稀なのに、とっても勇敢で行動的なんですね!」

「いやぁ、あっはっは。まだ渡ってきただけで何もしていないけどな!」

「それは本当にそう」

 鼻の下を伸ばしたロバみたいな顔の男を横目に、当初の予定を大幅超過した滞在時間に気が気でないロキは逆方向へ目を向ける。

「不味いよミネア。こうなったら此奴は置き去りにして僕達だけでも……」

「お姉さん、本当に綺麗なお顔立ちをしていますね。それに良い匂いがするぅ」

「これで殆どノーメイクだとか信じられません。何か嫉妬を通り越して惚れちゃいそう」

「いやあ、困ったわねぇ。おほほほ」

「嘘でしょ。こっちも駄目なの?」

 しかしミネアもまた同性のお世辞に鼻高々となり、三人中二人が骨抜きにされた事で次々と注文が増えた結果、テーブルは数多のお酒や摘みで埋まってしまった。

「さあ、もう一本開けるぞ!」

「ああもう不味いって。会計のシステムがどうなっているか分からないけど、下手すると僕は一生この店を出られないんじゃ……」

「心配すんなよ。屋敷を引き払ってきたんだし、幾ら何でも一晩で破産する事は無い筈だ」

「それ完全に前振りにしか聞こえないんだけど!」

 お酒を一滴も飲んでいないロキの顔が急性アルコール中毒みたく青ざめる。この動揺振りを流石のデュランも無視する訳にいかず、ミネアが鼾を掻いて眠り始めた頃合いに退店へ意識を傾けた。

「分かったよ、そろそろ名残惜しいがお暇するとしよう。お勘定を」

「どうしよどうしよ、払えない金額を提示されたら」

「お前は商人崩れだからか損な性分しているな。こういう時は後先考えずに楽しまないと」

 どの口が言うのか的な台詞だが、そんな彼への苦言も忘れたロキは祈る面持ちで手を合わす。一方で高を括っていたデュランは会計票が届くと目をギョッとさせる。

「ほっ、ほら見ろ平気だったろ。確かに高いっちゃ高いが払えない額じゃない」

 それでも辛うじて意識を繋ぎ止めた男は慎重に紙幣を数え、手を震わせながらも提示された金額を用意して受け取りに来た男性従業員に払う。

「どうだロキ、これくらいは大陸到着記念のつもりで……」

 ところが紙幣を見た男の動きが徐に止まり、経験則から嫌な予感を過らせたデュランは恐る恐る相手に尋ねる。

「な、何か問題でも? まさか桁が違うとか言わないでくれよな?」

「お客様、この王国札は当店では扱えません。使えるのは帝国貨幣のみです」

「えっ」

 そして今更ながらに判明したのは、大陸毎に通貨が異なるという根本的な事実であった。

「ええっと、両替は何処で出来るのかな」

「渡航者の両替は港で行うのが基本でして、この街に該当する施設はございません」

「……やっぱりこう言うオチか。僕達はその手の因果から逃れられないみたいだ」

 諦めた表情のロキが項垂れる中、接客員と入れ替わる様に強面の男達が立ち並ぶ。

「ぐーぐー、むにゃむにゃ。もう飲めないよう……」

 そんな絶体絶命の境地にて、ミネアだけは何時になく幸せそうな眠り顔を晒していた。


   2


「だから別に一文無しとかじゃないし、両替か換金すれば払えるって言っているだろ!」

「だからってすんなりと帰す訳にいかない。あんたが支払いに戻ってくる保障なんて何処にも無いし、信用しろと言われても【今更もう遅い】ね」

 店内からは見えない裏手の事務所へ場所を移し、強面の男とデュラン達の問答は続いていた。酔いが回っている為か青年は何時になく強気に突っ掛かる。

「ふざけるな。元はと言えばそっちが強引に店へ引き入れたんだろ」

「そうは言うが、流石にボトル5本も開けて強制されたってのは筋が通らないんだよ」

「うんうん。そりゃそうだ」

 相手の言い分に思わず納得してしまうロキは、埒が開かない現状を鑑みて切り口を変える。

「じゃあさ、お店側として此方にどんな対応を望むのか先に教えて下さい。それで僕達が折り合いを付けられるか考えますから」

 その言葉に唇を微かに歪ませた男は、詰め寄るデュランを睨み返しながら言い放つ。

「店から出してやれるのは一人だけだ。残りの二人は担保として此処に留まり、約束の代金を持ってくるまでは大人しく待って貰おう」

「ああん、お客に対して何だその上から目線は?」

「これでも譲歩してやっているんだぜ。文句あるなら今直ぐ全員で袋にしようか?」

 と男が凄むや青年は引き下がる。最後の一線は越えない根性無しの性分が幸いした形だ。

「分かったよ。じゃあ僕が手持ちのアイテムを換金してくるね」

「おっと、出してやるのは虚勢の強い兄ちゃんの方だ。そっちのチビと女は此処に居ろ」

「何で!? よりによって一番信用出来なさそうな奴じゃん!」

「おいこら、お前はどっち側の人間だ」

 しかしロキの抗議は実らず男の話は進んでゆく。

「猶予は一日だ。その間に約束の金を用意出来なきゃ二人の身は保証しない」

「そこまで言うからには、ちゃんと金を払ったら土下座の一つくらいして貰えるんだろうな?」

「良いだろう。額を床に擦るくらい見事なやつを披露してやるぜ」

「ようし、吠えずら掻くなよ!」

 こう告げたデュランは提案を承諾し、約束が記された書面に殴り書きでサインをした。

「待ってデュラン。何だか話が可笑しいと言うか、嫌な予感がする」

「お前は本当に心配性だな。ちょっくら一走り換金してくるだけだ」

 そう言って荷物を背負った青年は二人を残し、堂々たる態度で数時間振りに店からの脱出を果たす。見送った強面の男のほくそ笑む顔には気付かずに。

「何だよ、もう朝になっているじゃん」

 日差しの眩しさに思わず目を瞑ったデュランは、昨夜の装いが嘘みたく静まり返った街並みを見回しながら腕を伸ばす。

「さて身の安全を確保したところで奴等を置き去りに……、と言いたいところだけど手っ取り早く換金所を探すとするか。あの男のしたり顔を歪ませないと気が済まん」

 そんな彼は一部読者が予見したであろう裏切りには走らず、意外にも仲間を救うべく正当な行動を起こさんとしたのだが、

「うおあ!?」

 いきなり横から走ってきた男と交錯するや、アイテムの入った鞄を呆気なく奪われた。

「おいおい冗談だろ。待ちやがれ!」

 クエスト開始早々に手札を失ったデュランは、それを直ちに奪還すべく街中の追跡劇を敢行。しかし酒が抜け切れていない上に寝不足の身体は思う様に動かなかった。

「何だお前、前見て歩けよ!」

「悪い、今それどころじゃねぇんだ!」

 それでも懸命にひったくり犯を追い掛けたが、人通りの少ない朝方にも関わらず曲がり角で恰幅の良い男と衝突し、行手を阻まれたのを機に相手を見失う。

「ぜぇぜぇ、マジかよ。これは流石に笑い話じゃ済まないぞ」

 膝を付いた青年は息を荒げつつ、次第に事の重さを実感して焦り始める。

「いや落ち着け。結局のところ支払いに使っていない王国札は無事なんだ。こうなれば面倒でも別の街で両替して戻り、奪われた荷物は二人を解放してから捜索すれば」

 頭を切り替えたデュランは街頭の時計を目にし、まだ店を出てから三十分も経っていない事を確認して次の行動を定める。

「すみません、この辺で一番近い両替所を教えてくれないか」

 そして彼は通行人に声を掛け、目的を果たすべく情報収集に励まんとしたものの、

「えっ? そうだなぁ、帝都に行くよりは港まで戻るのが早いだろうけど」

 しかし問題解決には大きな障害が生じていた。

「港か。港ってどっちだ?」

「方角的には向こうの出口だけど、馬車を飛ばしても丸一日は掛かる距離だよ」

「えっ」

 説明を受けたデュランは声を漏らし、店の男から渡された約束書の控えを改めて見る。

「支払いの猶予は一日……。最寄りの両替所までは片道一日……」

 二つの条件が並立しない事は愚かなる青年でも直ぐに分かった。因みに馬車の代金支払いも帝国通貨しか使えない為、厳密にはそれ以上に八方塞がりの状況である。

「これ、もしかして完全に詰んだんじゃね?」 

 

   3


 その頃デュランが去った後の店内では、既に営業時間を終えて接客員を帰した男達が雑談に興じていた。

「あの男を解放して良かったのかよ。もしかして踏み倒して逃げるんじゃないか」

「それで構わんさ。下手に居直られたら面倒だし、このまま人知れず消えてくれた方が良い」

「はあ? そりゃどういう理屈だ」

 なんて二人が話をしていた折り、裏口から何かを背負った別の男が現れた。

「首尾良くいったぜ。ほら連中の荷物だよ」

 こう言って男がテーブルに乗せたのは、つい先程にデュランが持って出た鞄と全く同じ代物である。それを見た一人は仲間の企てを知って思わず吹き出す。

「酷い奴だな。もしかして店に誘い込む所から仕組んでいたのか?」

「最初から狙いは連れの二人で、どんな屁理屈を捏ねても帰さないつもりだった。最悪の場合は野郎の始末も考えていたが、体よく追い払える理由が出来て良かった」

 下卑た笑いを浮かべて白状した男は、店の奥にいる担保の二人を遠巻きに見る。

「女は性格はイマイチそうだが別嬪だし、男の方はこの大陸じゃ珍しいドワーフだ。然るべき所に売り払えば相当な値になる」

「ふん。流石に少しばかり気の毒にも思えるがな」

「馬鹿言うなよ。この世は弱肉強食、何も知らずに鴨がネギ背負ってきた方が悪いのさ」

 と言う会話が交わされる中、鴨とネギ自身もまた沈んだ表情で暇を過ごしていた。

「眠っている内にそんな……。私とした事が不覚だったわ」

「まあ今はデュランに任せておこう。あの男を土下座させようと息巻いていたし」

 そう告げたロキの横で、目覚めたばかりのミネアは涎を拭いながら言う。

「あんたも所詮は良い子ちゃんね。やっぱり悪巧みには向いていないわ」

「えっ、どういう意味さ」

「蛇の道は蛇ってね。世の中には正攻法の通じない理不尽が多々あるのよ」

 経緯を聞いただけで真相を察したミネアは、遠目に注がれる男達の卑しい視線に嘆く。

「あ〜あ、こんな事ならフロスト君に純潔を捧げておくんだったなぁ」

「いきなり何を言っているんだい。それに彼の年齢で手を出したら普通に捕まるよ?」

「良いのよ捕まったって。法で裁かれない世界に居るよりはね……」

 言葉の節々から闇を醸し出すミネアだが、しかし此度の件はそんな彼女も予想しない展開を迎えるのだった。

「おらぁ、とっとと開けやがれ!」

 ここで店の扉を乱暴に叩く音が聞こえ、中に居た者達は揃って驚き顔を浮かべた。

「あ、良かった。デュランの声だ!」

 ロキ一人が素直に喜ぶ傍ら、店の男だけでなくミネアまでが「まさか」と怪訝な表情になる。しかし汗水を流しながら戻ってきたのは紛う事なきデュラン本人だった。

「何の用だ。期限を延ばせと言うならお断りだぜ」

「寝惚けていやがるのか? ほら約束の金だよ!」

 言い放った青年は大量の紙幣をばら撒く様に放り投げた。床に散らばった其れは間違いなく帝国札で、かさ増しも偽造もされずに約束の金額を上回っている。

「お前……、一体こんな金をどうやって?」

「そんな事より忘れていないよな。とっとと二人を解放して土下座しやがれ!」

 荒ぶるデュランを目の当たりにした男達。その一人が先程まで悠々と詐欺を語っていた同僚の苦悶を捉えつつ、これ以上は事を荒立てない為に客観的な立場を保つ。

「今回はお前の負けみたいだな。ここで逆上したら街での信用と生き場所を失うぞ」

「ぐっ……、畜生が!」

 促された男は歯軋りしつつも膝を付き、有言実行で額を床に打ち付ける程の土下座を行った。また約束通りに担保としていたミネアとロキも解放される。

「流石はデュランね、信じていたわ!」

「当たり前田のクラッカーだ。さあ行くぞ、こんな街にもう用は無い!」

「やれやれ、ミネアも現金だなぁ」

 こうして仲間を取り戻したデュランは堂々たる退店を果たすが、外に出てから暫くしてロキが違和感を覚えた。

「あれデュラン。荷物は換金したにしても鞄の方はどうしたのさ」

「ああ、其れなら店を出た直後にひったくられたぜ。悪いが中身は諦めてくれ」

「ええっ!? どゆこと!?」

 頭から疑問符が浮かぶロキ。一方でもう少し理解度の高いミネアは青年に改めて聞く。

「じゃあ貴方はどうやってお金を工面したの。流石に事のカラクリには気付いたんでしょ」

「蛇の道は蛇と言うからな。こちとら手先は器用なんでね」

 デュランは懐から細長い金具を出し、それで鍵を回す仕草をしながら口角を上げた。

「そろそろ床にばら撒いた紙幣を奴等が拾い終え、事務所の金庫を開けて中身が空っぽな事に気付く頃だ。街外れに馬車を待機させてあるから急ぐぞ」

「中々やるじゃない。今回ばかりは貴方を見直したわ」

「ええ、一体どういう事さ?」

 意気揚々と走り出す二人に、未だ事情を把握し切れていない一人が続く。当大陸では無名な冒険者に過ぎない彼らだが、この所業は一部の界隈に逸話として残るのだった。

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