第11話:海賊編
1
ユグドラルからの出立より早数日が経過。グランディアへ続く中央海の波は穏やかだったが、しかし航海自体は必ずしも平穏に進まなかった。
「……うん? 何だ、五月蝿いなぁ」
騒々しい物音と肌寒さを捉えたデュランが目を覚ますと、そこは就寝前に居た客室ではなく船の甲板上で、更には手足を縄で縛られた状態だった。
「おいおいミネア、お前こんなプレイが好きだったのか」
「寝惚けて私を変態扱いしないでよ、このエロ河童」
「そうだよデュラン。ミネアのストライクゾーンはもっと低年齢なんだから失礼だし」
「貴方も変な言い掛かりは止めて頂戴」
なんて平常運転の応酬を行っている内にデュランの意識は明確になり、辺りでは自分だけでなく他の乗客や船員達も一様に拘束されている事を知る。
「何だこりゃ、一体どうなっている」
「それは私の台詞よ。こんな状態になるまで目が覚めない神経はどうなっているの」
「デュランって地震とか起きても気付かず建物に押し潰されて、目が覚めたら既に彼の世ってパターンになりそうだね」
ミネアとロキが心底呆れていると、彼に気付いた人相の悪い男が近付いてきた。
「ようやくお目覚めか兄ちゃん。どんな鋼のメンタルをしているんだ」
「くっくっく。こっ酷く女子に振られたばかりの自分に恐れるものなど何もない!」
「鋼どころか未だに先日の件を引き摺っているわね」
「ギャグ作品らしく毎回ダメージがチャラになれば良いのに」
という無駄な問答が差し込まれた後、気を取り直した男はデュランとの話を再開させる。
「俺達は海賊だ。お前らが乗った運航船を拿捕し、今は積荷を移し替えている最中なのさ」
「何だって!? 一体お前らはどんな……」
「あ、その手のリアクションは貴方が眠っている間に私達が済ませたから結構です」
「いや主人公の出番を奪うな、ってか叩き起こせよ!」
「別に起きていても何の役にも立たないどころか、煩く喚き散らして面倒なだけだったと思うから……。大人しく眠っていて寧ろ良かった」
「お前ら、自分達も平然と捕まっている件を棚上げして偉そうだな」
男をそっち退けで貶し合う青年達だが、ここで彼らの元に海賊の頭領がやって来た。
「どうした騒がしいな。お、これはまた上玉の女じゃないか」
「な、何よあんた」
どうやら目利きが皆無らしい彼は、外面的には可憐な神官を見て下卑た笑みを浮かべる。
「可愛いお嬢ちゃん。積荷と一緒に俺の船に移らないか?」
「良いですね、この女なら是非持って行って下さい。その代わり俺達は見逃……ぶへっ!」
ところが余計な事を口走った隣の青年にミネアがヘッドバッドを食らわすと、動物的本能で危険を感じた相手は途端に及び腰となった。
「いやぁ、やっぱり俺の手には余りそうだな。他を当たるとしようか」
そんな阿呆なやり取りの最中だ。血相を変えた海賊員の一人が駆け寄ってきたのは。
「おおおお頭、たたた大変です!」
「舌を噛みそうな勢いだな。海の男ならドンと身構えろよ」
「あああ辺りから急に濃霧が立ち込めてきました! ここここれってもしかして」
忽ち周囲は視界不良となり、この事態には頭領も前言撤回で狼狽を見せる。
「こ、こりゃあ不味い! 残りの積荷はもう良いから早く俺達の船を……!」
「いやお頭、もう手遅れかも知れませんぜ」
「何だ何だ。俺達を置いて話を進めるな」
身動きが取れない故に(いや取れたとしてもだが)慌てふためく海賊の様子を眺めるだけの青年だが、ここで彼は一緒に縛られていた運航船側の乗組員の声を聞く。
「こ、これはきっと人攫いの幽霊船だ……」
「幽霊船だって?」
デュランが訝しむ間にも事態は逼迫。やがて霧の中から巨大な帆船が姿を現すと、先程まで威勢の良かった海賊達は意気消沈するのだった。
「おおおお頭、つつつ遂に捕まっちまいました!」
「って事は生贄を差し出す必要が生じた訳か。面倒な事になったと言いたいところだが、今のタイミングで幸いしたと思うべきか?」
「だから何の話をしているんだよ! 主人公を脇に置くな!」
デュランが不満げに文句を垂れると、近くの船員が海賊に代わって事情を説明する。
「幽霊船は拿捕した相手に新たな同胞を求めてくるんだ。要するに誰かを生贄に捧げなければ解放してくれない」
「へぇ、そりゃ大変だ。折角荷物を奪ったって言うのに海賊さん達も難儀な事で」
「いやデュラン。他人事みたく呑気に捉えているけど、この流れは……」
先立って嫌な予感を過らせたロキだが、これと同時に仲間内で相談していた海賊達が揃ってデュラン一行に目を光らせる。
「え、何?」
それでも未だ事情を察せない唐変木へ、彼らは申し訳無さげに告げるのだった。
「お前達、悪いが尊い犠牲になってくれ」
2
可動橋を使い幽霊船に乗り移らされた三人組は、海賊や船員達に手を振って見送られた。
「ありがとう。お前達の事は忘れないぜ!」
餞別の言葉と共に船が遠ざかると周囲は霧一色になり、背後から聞こえてくる怨霊の呻き声に耳を傾けたデュラン達は立ち尽くす他なかった。
「良かったねデュラン。今度こそ本当に君の名声が世界に轟くかもよ」
「名誉の死じゃねぇか! 俺が望んでいるのは生きている時の喝采なんだけどぉ!」
「うえええん、私まだこんなピチピチなのに死にたくないよぉ!」
「はて、本当にピチピチか? よく見ると案外ところどころ……」
「あんた良い加減にしないと海の藻屑にするわよ」
良くも悪くもミネアが泣き止んだ後、改めてデュランは己の置かれた状況を確認する。彼らが佇むのは朽ちた船の甲板部で、所々で制服を着た骸骨が船内作業に励んでいた。
「まだ諦めるのは早いさ。要はダンジョンと同じでクリア条件を満たせば生還出来る筈だし」
「もし失敗して途中で死んだら?」
「その時は勿論、晴れてあの骸骨さん達のお仲間になるって寸法だね」
「絶対に嫌だ! 俺は太陽の元で堂々と生きていたい!」
「日の目を見ないって点では今も一緒な気がするけど」
こうして三人は足を震わせながら屋内に入る。今のところ骸骨達が襲い掛かってくる気配は無く、擦れ違い様に会釈するなど友好的なのが幸いだった。
「気さくな幽霊ってのも変な感じだな。で、具体的には此処をどう攻略するんだよ」
「船のボスと言えば船長だから取り敢えず会いに行ってみよう。見たところ船員達は元々人間みたいだし、純粋なモンスターと違って話が通じるかも知れない」
「そうか。自称ピチピチギャルを差し出すから俺達は見逃してって持ち掛ければ」
「ふふふ。その時は私自らの手で貴方を亡き者にしてあ・げ・る♡」
「あれ、とすると何方にせよ俺の命は詰んでいない?」
然りげに敵を倒せる可能性は排除している男を先頭に、時折に骸骨達へ道を尋ねつつ三人は船長室を目指した。
「はぁ、幾ら礼儀正しくても幽霊じゃね。こんな事なら海賊の女になった方がマシだったわ」
「それは奴等が気の毒ってもんだ。慈愛に満ちた聖女だと思ったら正反対の悪魔だとか」
「本当に二人は減らず口が減らないねぇ。泣き叫ばれるよりは僕も楽だけど」
やがて一同は目当ての部屋へ辿り着き、青年は丁寧にノックをしてから扉を開けた。
「す、すみません。失礼しまぁす」
「面接に来た就活生みたいなノリで入るのね」
そうして入室を果たした三人組を迎えたのは藻だらけのアームチェアに腰を据え、船長帽子を深々と被った骸骨であった。
「……よく来たな。……我々は君達を、……歓迎する」
「あ、あはは。どうも初めまして」
「……身構えなくて良い。……我々は同胞となった君達に、……手荒な真似はしない」
「え、もしかして話せば分かる系?」
かと思って期待したのも束の間、僅かな望みは直ぐ打ち砕かれる事となった。
「……各々が好きな死に方を選ぶが良い。……絞首、……斬首、……薬殺。……もしも人生を振り返りたいと言うのなら、……餓死や衰弱死をゆっくりと待っても良い」
「あ、やっぱ駄目だやつだ」
それでも表面上は紳士的な骸骨船長を前に、未だ交渉の余地があるとデュランは踏む。
「あのですね、俺達は自ら志願した訳じゃなく半ば強制的に置いていかれまして。つきましてはこの女を置いていく代わりに他は見逃すとか出来な、ひえっ!?」
新たに亡霊が出現したかと思うミネアの形相に気付き、デュランが腰を抜かす中で骸骨船長は悠然と腰を上げる。
「……それは無理だ。……乱暴な事はしたくないが、……止むを得まい」
この言葉を皮切りにして他の骸骨達が背後から押し寄せ、前後から挟まれた三人組は早々と絶体絶命の窮地に立たされた。
「うわああ! 来るな、こっちに来るなぁ!」
「ねぇ、仮にもこの男は冒険者の端くれよね?」
「そもそも人間の端くれかも怪しいし、もう僕は何も期待していないよ」
無様に剣を振り回す男の醜態に唖然とした二人だが、彼の攻撃にビクともしない骸骨船員は先程までの態度と一変、全く冗談の通じない無慈悲な姿勢で一同に迫ってくる。
「……無駄だ。……銀製や聖なる武器の使い手で無ければ、……我々は倒せない」
「僕達はそれ以前の問題だと思うけど、今度こそ本当に駄目かも」
フロストの応援が期待出来ない海洋の真ん中で、流石に命運尽きたと自覚するデュラン一行。そうした中で一体の骸骨の手がミネアに伸びた。
「嫌よ、もう来ないでってば!」
「ギャフ」
だが彼女が苦し紛れに振ったステッキが指先に当たった途端、バシュっという効果音と共に全身が粉々に砕け、更に骨を動かしていたと思われる霊気が昇天する。
「「「「えっ?」」」」
唖然としたのはミネアと他二名だけでなく、相手側の骸骨達も同じ反応を見せた。
3
「……ええっと、あれれ?」
予想外の事態に敵味方が揃って言葉を失い、注目を一身に浴びたミネアは手元のステッキを弄りつつ、間近にいた骸骨をチョイチョイと手招きすると再び腕を振った。
「フギャ」
また軽く杖が当たっただけで骸骨は飛散する。そんな一連の不可解な現象を、本人も含めて最も早く理解したのは解説役の少年ドワーフだった。
「ああ成る程。それって確か旅立ち前にフロスト君から貰ったステッキだよね」
「そうだけど、幾ら武器が強くても私自身は大した事ないわよ?」
「いやミネアって普段こんなだから忘れているけど、一応は曲がりなりにも聖職者じゃん?」
「曲がり過ぎて180度向き変わっているけどな」
そう指摘した男にミネアが足蹴する中、ロキは困惑する骸骨達を横目に話を続ける。
「神の洗礼を受けた人間が神聖な武器を携えれば、そりゃお祓いの効果は絶大だよ。つまりはアンデッド系モンスターへの特攻が常時発動しているって事」
「そんな馬鹿な! 我が船は聖職者が乗り込めない様に結界を張ってあるんだぞ!」
「めっちゃ流暢に喋るじゃん」
しかし先程までのキャラを捨てながら此の見解に反論した骸骨船長は、首や関節をカタカタと鳴らしつつ部下の船員達に詰め寄った。
「まさかお前達、仕事をサボって結界を張り忘れたなんて事は……!?」
「あ、それは私が教会に破門されたせいね。回復魔法は問題無く使えて日常生活にも支障ないけど、聖職者としての加護は消えちゃっているから結界が探知出来なかったのかも」
「とんだアバズレと言うか堕落者じゃいか」
「……」
ミネアの補足によって一先ず謎が解けたところで、先程と立場が大きく変わった船長は神妙な面持ち(骨しか残っていないので傍目には判別不能)で申し出る。
「ええっと、下船についてのご相談でしたよね。何分我々も初めてのケースでして、そもそも一度乗せた人間を降ろせるか否かも含め、慎重に協議させて頂きたいのですが」
相手の低姿勢にミネアは笑顔を作るも、その裏に別の感情を窺わせてステッキを握った。
「【今更もう遅い】のよ! 悪霊退散!」
「ひえええ!」
ミネアは笑顔でステッキを振り回し、逃げ惑う骸骨達を次々と昇天させてゆく。
「お〜ほほほ、なんて気持ちが良いのかしら! これこそ正にチート無双だわ!」
「おお、如何にも異世界ものっぽい展開だね」
「それは良いんだが、折角の機会なのに何で活躍するのが俺じゃないんだ」
羨むデュランを尻目に主人公らしく雑魚を蹴散らしたミネアは、やがて親玉である骸骨船長をも追い詰める事に。
「さあ観念しなさい。この私がちゃんと神様の元に送ってあげるわ」
「ぐぬぬ。まだだ、まだ我々は現世を満喫したいんだ!」
「その台詞って普通、生きている間に言うべきものじゃない?」
遠巻きにロキが苦言を呈す中、ミネアと対峙した船長は不意に明後日の方向を指した。
「あ、あれは何だ!?」
「知らないわよ。手口が古過ぎるし」
「あっ」
しかし呆気なくバシュっとされるや、他の骸骨と変わらぬ様相で天に還るのだった。
「全くもう。延々と海で彷徨っていて世間知らずになったのかしら」
こうして無数の骸骨相手に一方的な勝利を収めたミネア。それを単なる見物人と化していたロキは大いに讃えるのだった。
「凄いねミネア、格好良かったよ〜」
「ふっふーん。もっと私を崇めなさい!」
「お前も人の事を言えない性格しているよな」
なんてデュランが息を吐いたのも束の間、また新たな災難が三人を襲う事になる。
「な、何だ!?」
突如として室内が傾き始め、船を形作っていた金具が続々と外れて木材も剥がれる。明らかに崩壊を始めた幽霊船の様子を見て、又してもロキが事態を逸早く把握するのだった。
「ああ、そう言う仕組みか。考えてみれば当然だ」
「今度は何だってんだよ、勿体振らずに早く説明しろ」
「いや朽ち具合からしても耐用年数を超過しているし、この船は骸骨達の霊力か何かで存在を維持していたんだ。それが失われれば自ずと消滅する運命だよね」
「それって、じゃあ残された私達はどうなるの?」
「まあ順当に考えて、このまま海の藻屑になるか二代目の幽霊船員になるかって話?」
あっけらかんとロキが告げ、暫しの沈黙を挟んだ後に残りの男女が騒ぎ出す。
「このクソアマ何て事をしてくれた! 大人しく船長と交渉すれば良かったのに!」
「あ、あんただって私の立場だったら同じ事をしたでしょ!」
「もう喧嘩している場合じゃないってば。直ぐに船から脱出しないと」
敵を圧倒した天下は一瞬で終わり、沈みゆく船から逃げ出さんとする三人の前に大量の水が押し寄せる。果たして彼らの命運は如何に、ってまあ普通に助かるんだけど。