第10話:加入編
1
「なあ、冒険に必要な要素って何だと思う?」
「そうだねぇ。努力・友情・勝利かな」
「それは俺に期待するな。守れていないし守る気もない」
ようやく元の道に復帰したデュラン達は港を目指して突き進む。一息吐いた事で雑談も増え始めたが、ここで青年は一つの問題提起を行うのだった。
「最も必要なのは真っ当なヒロインだ! こんな破戒僧の性悪女じゃなくてな!」
「真っ当じゃない主人公に言われたくないけど」
涼しい顔で反論するミネアだが、彼女を指差しながらデュランは更に続ける。
「男が戦う理由ってのは女の為ってのが相場なんだよ。つまりヒロインさえ真面なら俺だってやる気を出せるって事だ」
「ま〜た人のせいにして、どうしたらこんな悲しい化け物が生まれるのかしら」
「もう一々相手にしなくて良いんじゃない。構うだけ労力の無駄だよ」
うんざりした二人は無視を決め込もうとするも、彼の煩わしさは想定を上回る。
「ああヒロイン、可愛くて優しいヒロインが欲しいよぉ!」
「いや本人を前に言うのも何だけど、ミネアだって少し口が悪いだけで充分に可愛いと思うよ。僕達に付き合ってくれている時点で優しくもあるし」
「あら、ありがとロキ」
そう言ってミネアは小柄な仲間の頭を撫でつつ、得意げな顔を浮かべてみせた。
「まあ褒めても何も出ないけどね。残念ながら私の心はフロスト君の物だし」
「それだよそれ、可愛い云々以前の問題なんだ!」
彼女の言葉に乗せてデュランは持論を展開し始めた。因みにミネアの可愛さと優しさは暗に認めている為、ロキの意見に関しては特に否定も肯定もしない。
「この女は俺達の仲間なのにライバルの男と両想いなんだ。その前提がまず可笑しい」
「そうかなぁ。古今東西、敵味方の垣根を越えた恋愛なんて別に珍くも無いでしょ」
「だから違うんだって! 俺とコイツの間に少しでも特別な感情や関係性があるなら、それはそれでライバルとの諍いや三角関係が生じるから多少なりとも盛り上がりはする」
「はぁ……。話が見えてこないけど何が言いたいの?」
「良いか? コイツは幼馴染でも親友枠でも相棒枠ですらも無く、ついでに言うと胸も無くて完全に恋愛対象外なんだ。そんなヒロインが平然と存在するなんて事が許されるか」
「本気で殺されたいのかしらね。と言うか私を代えるより貴方をフロスト君に置き換えた方が手っ取り早く済むじゃない」
「その場合、二人でイチャイチャされると僕の居場所が無くなる問題はあるけどね」
不毛な話が延々と続く中、項垂れたデュランを見て心底面倒臭くなったミネアは、さも妙案を閃いた装いで投げやり気味に言う。
「だったらロキにヒロインを務めて貰えば良いじゃない。幼馴染で親友で相棒だし、後は性別だけ変えれば一丁上がりでしょ」
「そんな性別転換を寿司一貫握るくらいのノリで済ませないで欲しんだけど」
「その手があったか。おいお前、次の町に着いたら直ぐに手術だ」
「僕の意向とか尊厳は無視なんですか? そもそも自分が女だとしてもデュランと恋に堕ちるなんて真っ平御免だけど」
「……駄目かぁ。ああヒロイン、ヒロインが欲しいよぉ」
「これまでも色々あったけど、過去史上最もみっともない発言に聞こえるわね」
なんて戯れ言を交わしていた時だ。
「来ないで!」
突如として甲高い悲鳴が辺りに響くや、すっかり意気消沈していたデュランは気怠げに顔を上げて現ヒロインに聞く。
「何だミネア、鼠でも踏んだか?」
「私じゃないし。って言うか側に居るんだから別人の声だって分かるでしょ」
「あ、彼処!」
何をするにも小ボケを挟まないと気が済まない二人を尻目に、逸早く音源を発見したロキが指差したのは斜め前方に聳える崖だった。その頂上では一人の少女が複数のモンスター相手に縁へ追い詰められている。
「大変だ、助けに行かないと!」
「でも浮遊魔法が使えるフロスト君が居ないから遠回りが必要よ。あと私達が加勢したところで戦力になるかどうか……」
「きゃあああ!」
なんて無駄口を叩く間にも少女は落下へ至り、これには能天気な三人も思わず仰天して目を見開く。
「親方、空から女の子が!」
「言っている場合か!」
真っ先に駆け出したのはデュランであった。懸命に走った彼は少女の落下点に向かいながら両手を掲げ、
「うおおお! ぎゃふ!」
辛うじて相手を抱き止める事に成功するも、その衝撃により両腕やアバラを骨折。また急に走ったせいでアキレス腱まで靭帯し、少女の代わりに三途の川を見るのだった。
2
「本当に助かりました。何てお礼を言えば良いのか」
「気に留める事はないさ。こんなの俺にとっては痛くも痒くもない些事だ」
「私が回復魔法を唱えるまで無様に喚き散らしていた癖に」
「まあまあ。デュランが緩衝材の役割を果たしたのは事実だから」
一同は事故現場の程近くで腰を下ろした。助けられた少女は魔法使いの衣服を纏い、年齢は三人と同じくらいの雰囲気だった。
「私はタンジェと言います。この辺りで貴重な薬の原料花が摘めると聞き探索していたのですが、うっかりモンスターの縄張りに入り込んじゃって」
「タンジェちゃんかぁ。可愛い名前だな」
「うわっ、出たよ。女子相手だと直ぐこれだもん」
「横で聞いているだけで思わず吐きそうなんだけど」
嘆くロキとミネアだが一応は空気を読み、少し距離を置いて二人の会話に耳を傾ける。
「タンジェは俺達と同じで冒険者なんだな」
「はっ、はい。所属している支部は此処から先の港町なんですけど」
「へぇ。でも港からは随分と距離があるし、こんな所まで一人で来るなんて危ないぞ」
「デュランは一人じゃなくても危ないけどね」
最後のミネアの突っ込みは当事者に届かず、青年の指摘を受けたタンジェは徐に切り出す。
「実は私、お恥ずかしながら駆け出しの身で、まだ誰ともパーティーを組めていないんです」
「そうだったのか。もし良かったら俺がクエストを手伝おうか」
「本当ですか!? 嬉しいです!」
デュランの提案に一度は瞳を輝せたタンジェだが、しかし何かに気付いた様子で直ぐ表情を曇らせる。
「あ、でも私、正直このクエストの報酬をデュランさん達に分けられる余裕は無くて」
「何を水臭い事を言っているんだ。普通にボランティアで良いよ」
「そんな、命を救って貰ったばかりなのに、更にお世話になるなんて……」
こう言って困り顔を浮かべた少女に対し、青年は別人みたく朗らかな物腰で告げる。
「なら代わりに道案内を頼めるかな。実は俺、君が拠点にしている港を目指しているんだ」
「そんな事で良いのですか?」
「それまで束の間のパーティー結成って事で、宜しく頼むよ」
「はい! こちらこそお願いします!」
どうやら二人の間で話は纏ったらしい。方や正規メンバーでありながら蚊帳の外に置かれたロキとミネアだが、特に口を挟む事はせず見守りモードに移行していた。
「どう捉える? 余りに都合の良い展開だけど、まさか新手の美人局とかじゃないよね」
「様子を見ましょう。財布と貴重品は各自でしっかり握って、何かあれば奴を置き去りにしてトンズラする手筈を整えて」
これまでの経験から警戒心を抱くのは悲しい習性だが、そんな形で四人パーティーを久々に組んだデュラン達は予想以上に上手く嵌った。
「タンジェ、こっちの奴は任せてくれ。君はミネアの援護を頼む」
「はい、分かりました!」
彼女の実力は初心者相応だったが、指揮を取るデュランは各人を上手く采配してモンスターを撃破してゆく。
「良いぞ、その若さで見事な腕前だ」
「デュランさんの指示が良いからですよ。それに見事な剣捌きでした!」
元より彼はリーダー気質だったらしく、また道中の困難で多少なりレベルが上がっていた点も幸いし、道沿いの比較的弱い敵相手には殆ど苦戦しなかった。
「何かだ普通に上手く行っているわね。正直言って面白く無いんだけど」
ある意味で期待外れの展開に不満を漏らすミネアだが、青年はタンジェの視線を気にしつつ釘を刺しておく。
「お前ら、くれぐれも余計な事を言わないでくれよ。マジで頼む」
「分かっているわよ。私は誰かさんと違って人様の仲を邪魔する程に野暮じゃないし」
「僕としてもデュランの介護負担が減る訳で、仲間が増えてくれるのは寧ろ歓迎だよ」
かくして探索は順調に進み、タンジェの採集クエストに必要な花摘みも無事に終わった。
「私、初めて中難度以上の依頼をクリア出来ました! これもデュランさん達のお陰です」
「タンジェの努力あってこそさ。微力ながら力添えが出来て良かったよ」
「それじゃあ次は私の番ですね。皆さんを港町にご案内します!」
二人の男女は意気揚々と言葉を交わし、これをまた別の男女が感慨深く眺める。
「……何だろう、この段々と心が洗われていく感覚は」
「こう言うのが普通の冒険なんだろうね。今の僕達にとっては眩し過ぎるけど」
若者がキャッキャウフフしながら旅する光景に涙を浮かべたミネアとロキ。タンジェはまた彼女達にも親しげに接し、出会って間も無いとは思えない程の溶け込み振りを披露した。
「皆さんと居て楽しいです。何だかピクニックに来ているみたい!」
「貴女、そんなに無垢で色々と大丈夫? 悪い人に騙されたりしないかしら」
「え、どういう意味ですか」
「ごめん。気にしないで良いから」
こうして賑やかになったデュラン一行は、やがて少女の案内で当初の目的地に着いた。
3
港町はユグドラルとグランディア、二つの大陸を隔つ中央海を望んでいる。まずタンジェは冒険ギルドに顔を出し、クエスト報酬を受け取ってから外のデュラン達と合流した。
「お待たせしました。それでは船着場まで送ります」
傾斜の多い町並みは潮風の影響による塗装剥げが目立つも、他大陸との交流拠点だけあって活気に満ち溢れている。建物の隙間から窺える大海原は太陽の光で輝きを放ち、視界が開けた海辺まで来ると青年は大はしゃぎした。
「これは凄いな! こんなに間近で海を見たのは何年振りだろう!」
「ふふ。デュランさんも可愛いところがあるんですね」
何処までも好反応を寄せるタンジェだが、大陸間運航船の乗り場まで来ると明るげな表情に影を落とし、徐に立ち止まった彼女は三人と神妙な面持ちで向き合った。
「これでお別れですね。本当にお世話になりました」
「ああ……」
「道中お気を付けて。旅の成功を祈っています」
そう言って頭を下げた少女に、緊張した装いのデュランは言葉を掛けられずにいた。肝心な時にヘタレた男へ二人の仲間が訝しむ中、ようやく意を決した彼は声を震わせて告げる。
「あ、あのさ。良かったらタンジェも一緒に来ないか」
「えっ……?」
「君は俺達の弱点を上手く補ってくれるし、何より一緒にいて楽しい存在なんだ。だから正式なパーティーの一員になって貰えると嬉しい」
この誘いにタンジェは瞳を輝かせ、心を揺れ動かした様に傍目には見えた。少なくとも悪い印象は抱いておらず、後は返答に応じて相応しい言葉を掛けるだけの完璧な流れだ。
「いや、ちょっと無理なお話ですね。ごめんなさい!」
「んん!?」
かと思った直後、意外にも辛辣な口調にデュランは面食らう。
「あれ、ええっと、どうしてかな。何か問題があるなら聞きたいんだが」
「別にそう言う訳じゃないんですが、普通にデュランさんと一緒には行けません」
先程までの和やかさから一転、突き放す様なタンジェの豹変にハッとした青年は隣を見遣り、疑惑を掛けられた二人は慌てて弁解するのだった。
「ち、違うわよ!? 私達は何も」
「だったら何でタンジェがこんな事を!」
「……分かりました。全てお話しします」
納得がいかない男の様子を見て、仕方ないとばかりに息を吐いたタンジェは切り出す。
「もうね、良い子ぶりっ子するのも限界! 折角良い感じで終われるところだったのに!」
そして放たれた第一声は、これまでの印象を大きく覆す告白であった。
「まずデュランさんは距離が近い! 出会って間もないのにデリカシーがありません!」
ズガン。1ヒット!
「それに一々言動が鼻に付くし偉そうなのも嫌です! そもそも呼び捨て早くないですか?」
ズガン。2ヒット!
「あと異性として意識されるのも困る! 助けられたから惚れる、好かれて当然だって考えも無理です! そりゃ感謝はしていますが恋愛感情とは全く別物じゃありません?」
ズガン、ガツン。2コンボ!
「以上を総合的に判断して、デュランさんと一緒に旅するのは私的にブブーです!」
どかーん。クリティカルヒット!
最後にタンジェが両腕で×印を作り、KOへと至ったデュランは膝から崩れ落ちる。そんな一連の虐殺劇を目の当たりにした仲間達は眉間に手を当てて心痛な顔を浮かべた。
「いやまあ、なんて言うか勘違い男あるあるだったわね……」
「現実はそう甘くないって事だ。皆が皆、フロスト君みたいな聖人でもないし」
「そういう意味じゃ彼も罪深いわ。デュランをのさばらせる原因を作ったんだもの」
なんて所見を交す間にタンジェは去り、後には涙目の哀れな男だけが残された。
「……なあ、こう言う断り方って何かの罪に問われないのか?」
「う〜ん。あえて言うなら事実陳列罪かな」
「自分が好きだから相手も好きであるべき。そんな独り善がりな考えは卒業しないとね」
そう言うと青年はガックリ項垂れ、二人は失恋した子供を励ます親の感覚で肩を貸した。
「ほらほら男の子なんだから泣かないの。またきっと良い縁があるわよ」
「次なる機会が巡ってくるまで、暫くは自分磨きに専念しようじゃないか」
「うう、お前らが優しいのも屈辱だ……」
こうしてほろ苦い恋を経た青年は別大陸へと旅立つ。頑張れデュラン、何事も努力なくして成功なしだ――。
「やれやれ。どんな連中かと思って近付いたけど、思ったより真面な奴だったわね」
そんな男達を乗せた船が出航する様を、離れの岸辺から一人の少女が見届けていた。
「……ふん。私が普通の人生を歩もうなんて【今更もう遅い】のよ」
実際のところ彼女はデュランを含め、三人と過ごした僅かな時を憎からず感じていた。それでも最後は自分へ言い聞かせる様に雑念を振り払う。
「私には仕事がある。あんな男に構っていられないわ」
そしてタンジェは踵を返すと一路、彼らの足跡を遡る形で王都に向かうのだった。