第01話:離別編
1
腕に覚えのある冒険者が数多集いし王国ユグドラル。中でも特に顕著な功績を挙げた名高いパーティーで今、一人の少年がメンバーを追放されようとしていた。
「今、何て仰いました……?」
小柄で中性的な顔立ちの男子は突然の戦力外通告に唖然とする。そんな彼を悠然と見下ろす面々の内、リーダーを務める青年の剣士が嘲笑う様に告げた。
「お前はもう要らないんだよ。元から真の仲間だと思っていない、このパーティーに相応しい有望株が現れるまでの使い捨てだった」
「そ、そんな。僕、今まで通り雑用も荷物持ちも全部やりますから!」
それでも相手に縋り付く少年だが、彼の華奢な身体は容易く相手に振り落とされる。
「ええい、鬱陶しい奴だ!」
「あうっ!」
少年はそのまま水溜りに倒れて泥に塗れた。そんな彼をゴミを見る目で一瞥した後、剣士は何の未練も無いとばかりに踵を返して立ち去った。
「今までの御勤め、ご苦労様♡」
この様子を見守っていた元仲間の一人、神官の若い女も冷ややかな言葉を残して青年に続く。哀れな男子は林道の片隅に取り残され、やがて降り出した雨と絶望に打ち拉がれた。
「うっ、うう……」
「どうしたんだい。君、大丈夫?」
そんな彼は此処から這い上がる事となる。内に秘められた才能を正しく見出し、何より互いに信頼し合える新たな仲間との出会いを契機に――。
「さあ新メンバーの魔法使いさんよ。これから宜しく頼むぜ」
「ええ、あんな子供とは比較にならない貢献をしてみせますよ」
が、本作は未来の英雄を描く物語ではない。その英雄を追放した間抜けの話だ。
「パーティー唯一の弱点を補強し、もはや俺達に死角はない!」
少年に代わり手練れの冒険者を引き入れた剣士率いる四人パーティーは、満を辞した装いで強敵モンスターが潜む大森林の地下遺跡に挑む。
「あの足手纏いが居なくなった今、こんなダンジョンは朝飯前だ!」
後日、王国ギルド最強のパーティーとして有名だった一行が、このダンジョン内で呆気なく全滅したとの噂が国中に轟く。
「うおお、行くぜぇ!」
この話は此奴ら↑が引き起こす、自業自得で因果応報な物語である。
2
「一体全体、どういう事だ」
三日後。大森林の遺跡から程近い湖の畔にて、四人の男女が重苦しい雰囲気で焚火を囲っていた。言うまでもなく先の少年を追放したパーティーだ。
「どうして攻略出来ない。何度挑んでもボスフロアにすら辿り着けないじゃないか」
剣士を筆頭にメンバーの表情が暗いのは、単純に成果が上がらない事だけでなく未知の壁に打ち当たっている点が大きい。今までの彼らはパーティー結成時から連戦連勝を飾り、敗北を知らない勝ち組街道を邁進していたのだ。
「恐らくは彼のせいね。貴方が数日前に追放したフロスト君よ」
そうした中でメンバーの紅一点、艶やかな黒い長髪に神官帽を被らせたミネアが口を開くと、隣にいたリーダー格の剣士デュランが透かさず反応する。
「何だあの野郎。もしかして変な呪いでも残していきやがったのか!?」
だが憤怒と共に立ち上がった彼を見て、座った侭のミネアは大きな溜息を吐く。
「理由を聞く前にそんな発想に至る時点で、貴方の人間性はもう色々と手遅れね」
「僕もそう思う。自分に非があるかもって考えに微塵も至らないのが凄いよ」
辛辣なミネアの言葉に同意したのは片眼鏡を掛けたドワーフ族のロキだ。小柄で丸々とした樽体型は種族的な特徴、と言うだけでなく彼自身の不摂生も影響している。
「話を戻すけど原因は呪いどころか全く逆よ。フロスト君がパーティーにいたからこそ私達は強かった訳で、今は弱体化って言うか実力相応になっただけって話」
「何を言っているんだ。奴の代わりに有能な魔法使いを入れたじゃないか」
そう話しながら新メンバーを見たデュランは、相手と目を合わせてハッとした表情をする。
「まさかお前、実は大した事ない奴だったとか!?」
「ひっ!?」
「貴方って本っ当に失礼な人ね!」
これには堪らずミネアが声を荒げ、彼女の整った顔立ちが般若みたく変容するとデュランは押し黙った。そうして場が静まり返った後、一度咳払いをした神官は改めて話を続ける。
「フロスト君は戦闘中にバフ魔法を掛けていたの。味方全員のステータスをアップさせるやつ」
「いやでも、此奴だって似た様な魔法は使えるだろ」
「それがどうも彼の魔法性能は一般的なそれと桁が違うみたい。パーティー結成当初から役割を一任していたから、私自身も他の使い手との差に気付かなかったけど」
「違うって具体的にどのくらいだ?」
デュランの投げ掛けた質問に対し、ミネアが出した推測は驚くべきものだった。
「普通の魔法が10%アップなら、彼の魔法は100%アップってところかしら」
「ひゃ、ひゃ、100%ぉ!?」
リアクション芸人宛らの反応を見せた青年は、しかし思い返すとミネアの話に信憑性がある数々の事象を経験していた。
「通りで戦闘中はやたら強くなっている感じがした訳だ。ゾーンか何かだと思っていたが」
「いや誰か気付こうよ。全員が全員、自分の実力も測れずに調子乗っていたって事じゃん」
「恥ずかし過ぎるわね。フロスト君はどんな心境で私達の背中を見ていたのかしら」
己らの過去の振る舞いを黒歴史化させる一同。それでも素直に事実を認められないデュランに代わり、メンバーの参謀役であるロキの口から非情な結論が導き出される。
「詰まる所、僕達はフロスト君への寄生プレイで実績を上げていたに過ぎないんだね」
「ぐはっ!」
思わずデュランは吐血に至り、パーティーには居た堪れない空気が流れ始めた。そんな折りに今まで沈黙を貫いてきた男、新加入の魔法使いが神妙な面持ちで申し出る。
「……すみません。やっぱり自分が不甲斐無いせいですよね」
「え、だから別に貴方に非は」
直ぐにミネアがフォローを入れようとするが、その人物は間髪入れず一方的に告げる。
「大した魔法も使えないのに失礼致しました。自分、一から出直して参ります!」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!?」
立ち上がった魔法使いは一目散に駆け出してパーティーを離脱した。余りにも一瞬の出来事に唖然とする三人だが、やがて真意を察したミネアとロキは納得の表情を見せた。
「逃げたわね。悔しいけど賢明だわ」
「判断が早いのは良い事だ。僕も見習いたいくらい」
「いやいや、どうするんだ。こうなると力量云々以前の問題だぞ」
既に悟りの境地に達している二人だが、一方でデュランはまだ現実が見えていない。
「流石に魔法使いが居ないと冒険は儘ならないぞ。早いところ再募集を掛けないと」
「あのねぇ。そもそも今の人だって王国有数の使い手だった事を忘れたのかしら」
「要するに僕達が栄光を取り戻す手段は一つだけなんだよ」
言葉にせずとも二人が頷き合って同意する傍ら、リーダーでありながら取り残されている男は訝しんだ様子で尋ねる。
「な、何だよ、栄光を取り戻す方法って」
その問いにミネアはまた肩を落として息を吐き、わざわざ言葉にしないと伝わらない愚かな青年に告げるのだった。
「頭を下げてフロスト君に戻ってきて貰うのよ。他に選択肢は無いわ」
「なん……だと……?」
3
「確か『真の仲間だと思っていない、有望株が現れるまでの使い捨て』とか言っていたよね」
「改めて聞くと陳腐で酷い台詞ね。別れ際くらい悪態を抑えられないのかしら」
「俺の口真似をして遊ぶなよ。大体お前だって悪役令嬢宜しく『今までの御勤め、ご苦労様♡』とか嫌味に言ったじゃないか」
「私は別に、ただ労いの言葉を掛けただけで」
「口では何とでも言えるよね」
三人組は冒険の拠点である王都へ戻ってきたが、その間も魔法使いを失ったパーティー内では見苦しい責任転嫁が繰り広げられていた。
「まあ良い。頭を下げるまでもなく、きっと向こうから再加入を頼んでくるに決まっている」
「そうかなぁ。僕があの子の立場なら二度と顔も見たくないと思うけど」
「いやいや、最後に奴が縋り付いて懇願してきたのを忘れたのか?」
「それを誰かさんが無下に突き飛ばし、泥まみれした事も思い出してね」
なんて罵り合いを続けつつ一行は少年を探す為に冒険者ギルドを訪れた。此処はクエストの受注や野良パーティーの編成が行え、彼ら冒険者にとっては活動の要となる場所だ。
「彼処に居るの、そうじゃない?」
「やっぱりな。誰にも相手にされず一人でいやがる」
酒場も兼ねたギルドの建物に入るや否や、三人はクエスト依頼書が貼られた掲示板を眺める少年を発見した。デュランは偉そうに靴の音を鳴らしながら彼に近付く。
「ようよう。久し振りだなフロスト」
「えっ、デュランさん?」
声を掛けられた少年はビクッと身体を震わせ、この反応に後ろの二人は強い懸念を抱く。
「やっぱり私達、警戒されているわよね」
「不味い展開だね。一番の元凶がまるで気付いていない事も含めて」
この時点で早くも不安になったミネアとロキだが、そんな二人の心配など露知らずの青年は馴れ馴れしく少年の肩を叩いた。
「相変わらず仲間が集まらなくてボッチか。ま、お前みたいな根暗小僧をパーティーに入れる物好きなんて俺達以外に居ないよなぁ」
「どんだけ上から目線の態度なの」
「たぶん舐められたら負け、みたいに子供染みた意地が働いているんだよ」
失望を重ねた二人からはリーダーへの悪口が止めどなく溢れるが、それでもデュランは此処に来た目的だけは辛うじて失念しなかった。
「だけどお前がどうしてもって言うなら、もう一度チャンスを与えても良いぜ?」
「まるで自分から振った女と寄りを戻そうとするクズ男ね」
そう辛辣に指摘するミネアだが、しかし少なくともフロスト自身はデュランに嫌悪を抱いてはいなかった。
「ええっと、それは嬉しいお話なんですが、実は……」
それでも彼は別の理由から困惑を見せ、この仕草にミネアやロキが訝しんでいると、
「フロストきゅん、おっまたせぇ!」
彼らの前にモフモフの猫耳と尻尾を携えた軽装の美少女が現れるや、その人物はデュランを押し除けて少年をぎゅっと抱き締めるのだった。
「ノ、ノエルさん!?」
「んにゃ、誰だいこのお兄さん達は」
赤面したフロストに頬擦りする猫耳少女は、ここで唖然としたデュラン達の存在に気付くと少年に尋ねた。
「ええっと。僕が前にお世話になっていたパーティーの人達で」
「あんな待遇でもお世話になったって言ってくれるのね」
フロストの性格を改めてミネアが感心する一方、何故かわなわなと腕を震わせたデュランは少女を指差しながら問い掛ける。
「そ、そう言うお前は誰なんだよ。ま、まさかとは思うが……」
「ああ、ウチはノエルって言うの。フロストきゅんのフィアンセだよ!」
仲睦まじげな少女の言葉に一行は稲妻を走らせた。これで大いなる混乱に苛まれた三人だが、収拾が付かなくなる前にまた別の人物が声を掛ける。
「何がフィアンセだ、まだ私達は彼と出会ったばかりの間柄だろうに」
そう落ち着いた物腰で現れたのは金髪碧眼の女騎士で、元気溌剌としたノエルとは対照的に凛とした振る舞いの美女だった。
「いやね、この人達がフロストきゅんの元お仲間だって言うから対抗しようと」
「ほう?」
ノエルの言葉を聞いた女騎士は鋭い目をデュラン達に向けた。彼女は三人に対して明らかに敵愾心を抱いたが、その件には表向き触れずに淡々とした口調で尋ねる。
「それで君達は彼に何の用かな。これから私達は一緒にクエストへ出向く予定だから、話なら手早く済ませて欲しいのだが」
「いやその、ええっと、そのだな」
フロスト一人が相手の時とは打って変わって尻込みするデュラン。そんな頼りない男の背中をミネアが叩き、半ば強制的に話を進めさせる。
「いやな。ちょっとパーティーから外す時に言い過ぎたと思って、その事を詫びに」
「お詫びだなんて、デュランさん……!」
「いやフロスト君、この程度で目を潤ませるとかチョロ過ぎるでしょ」
少年の無垢な反応をロキが心配する傍ら、ここで相手の思惑を察したノエルはデュランの顔を覗き込みながら言う。
「はっはーん。さては君達、フロストきゅんの有能さに今更ながら気付いて、どうにか寄りを戻そうとしているんだにゃ?」
「なっ!?」
「やっぱり見抜かれたわね」
悪い予感を的中させたミネアが頭を抱える中、図星のデュランは反射的に言い訳する。
「お、俺はそんな、こんな奴なんて別にどうでも!」
「だ〜け〜ど〜、残念だったね」
しかし些細な反論さえ許されなかった。デュランの慌て振りを捉えたノエルは満面の笑みを浮かべ、再びフロストを抱擁しながら一同に宣言する。
「だってフロストきゅん、既にウチのパーティーに正式加入しちゃったからね」
「「「えっ」」」
この発言にはデュランだけでなく後ろの二人も目を見開く。結局のところパーティー再結成に楽観的だったのはリーダーだけでは無かった。
「いやでも、まだ私達と別れてから碌に日も経っていないのに」
「ウチらが会ったのは三日前かな? 丁度二人でダンジョンに向かう途中でね」
「同行の経緯は偶然だが、彼みたく安心して背中を預けられる者は初めてだった。そこで私とノエルはフロスト君に直談判し、了承を取り付けてギルド申請を済ませたのが昨日の事だ」
「第一こんな可愛い子、能力云々とか関係なく手放す理由が無いよねぇ」
「ノ、ノエルさん……!」
美女二人に囲われて困惑するも幸せそうなフロスト。これを間近で見せ付けられたデュランは「ぐぬぬ」と呻き、先程から見せている動揺の理由を口漏らすのだった。
「な、なんて羨ましいんだ! こんな可愛い女の子達にチヤホヤされるなんて!」
「おいこら」
いつの間にか趣旨が変わった男の尻を後ろから蹴るミネアだが、彼女を含めた三人に対してノエルは勝ち誇った顔で告げる。
「だから悪いけど、フロストきゅんに戻って来いと言っても【今更もう遅い】のさ!」
「お前がその台詞を言うのかよ」
「私もノエルに同意だ。大切な仲間をおいそれと他所へ渡す訳にいかない」
フロストを守る様に立ち塞がった二人に対し、その実は弱っちいデュラン達は成す術もなく撤退に追い込まれる。こうしてパーティー再建の目論みは御破産となるのだった。