5.
「婚約……、私とリアム様が?」
ああ、本当に今日は色んな事が一度に起こって、考えが追い付かないわ。
「もちろん、すぐに答えを、とは言わない。まずは、友人としてからでも構わない――もしあなたが良いと言ってくれるのであれば、お父上に話をさせていただきたいと思う」
「私――、あなたと昔会ったことがあるということさえよく覚えていないのに……」
確かに異国の楽器を弾く少年に隣国の街中で会った記憶はあるけれど……、どんな会話をしたかさえ、覚えていなかった。まして、目の前の隣国の王子様とあの街中の少年が重ならない。それなのに、こんな風に想ってもらっていいのかしら。
「これで……思い出してもらえるかな」
リアム様は後ろを振り返った。使用人が弦の張られたヴァイオリンのような形の楽器を持って来た。ただそれは、ヴァイオリンよりも一回り大きくて、弓はなかった。――楽士や大道芸などを各地で行う放浪民の人たちが使っているような楽器だった。
それを手にしたリアム様は手で弦を弾きだした。
緩やかな、どこか懐かしいような、民謡みたいな音の響きが庭園に響く。
「――あ……」
私の頭の中に、昔お父様と行った隣国の記憶が蘇ってきた。
お父様の仕事の都合でお母様とずっと宿泊先からどこにも連れて行ってもらえなかった。異国の土地を勝手に散策するわけにもいかず、滞在先の屋敷に缶詰になった私は、1人で屋敷の中を散策し尽くして、飽きて、通りに面した裏口に接して行き交う人たちを見ていた。
分厚い本でも持ってくれば良かったわ……なんてことを思いながら。
そうしたら、この弦楽器を持った町芸人のような恰好の男の子が通りかかって、私に曲を演奏してくれたんだった。……暗くなるまでずっと。色々な曲を。――その時に彼はこの曲を弾いてくれた。
「……思い出してくれたかな?」
リアム様は演奏を止めると、私を見つめた。
また手をとって、言う。
「またあなたに再会できたのは運命だと思う。まずは友人から、一緒に時間を過ごさせて欲しい。それから返事を聞かせて欲しい」
私は「――はい」と頷いた。
***
お茶をした後、庭園をぐるりと見て回ってから、リアム様に自分の屋敷へと送ってもらった。綺麗な薔薇の花に囲まれてリアム様と話をしている間はネイサン様が私に向けた冷たい表情も言葉も思い出さずに楽しい時間が過ごせた。
「――それでは、ルイーズ。今日は俺に付き合ってくれてありがとう」
「いいえ、リアム様。私こそ――ありがとうございます」
リアム様は私の唇に指を当てると微笑んだ。
「友人なのだから、もっと気軽に話して欲しい。俺のことは『リアム』と」
「……リアム、ありがとう」
満足そうに笑った彼は「また明日、学園で」と手を振って去って行った。
その笑顔を頭に浮かべつつ屋敷に入ると……、
「ちょっとっ、ルイーズっ、どういうことよっ?」
赤毛の髪を揺らして、友達のローラが飛び出してきた。