33.
あれから――、モニカに指輪を渡したのがリアムだということがわかってから、しばらくが過ぎた。
国王様が調べた結果、やっぱりあの赤い石がついた指輪には、人の気持ちを操作するような不思議な力があったらしい。
そんなおとぎ話に出てくるようなものが本当にあるなんて、にわかに信じられることではなかったし、そんなものが隣の国にあるなんて大変なことだから、連絡はすぐにリアムのお父様――、隣国のアスティアの国王様にも伝わった。
すぐにリアムのお父様はこちらに来て、国王様との間で話し合いが行われた。
リアムのお父様のお話では、その指輪はリアムのお母様の形見で――、そんな力があったことは知らなかった、ということだった。
リアムのお母様は放浪民だったから、それは彼らにだけ伝わるものだろう、という結論になった指輪の赤い石は――私たちの見ている前で、叩かれて粉々に砕かれた。
指輪のことは、公にされなかった。
そんなものを使ってリアムがネイサン様を害そうとしたなんていうことが広まってしまえば、アスティアとの国の問題にもなってしまう。
今回の件は、リアムが私とネイサン様を引き離したかったという、個人的な動機でやったことだから、公に大きな問題にはしない、ということになった。
ただ、今後の関係を考えて、リアムの王位継承権を破棄され、アスティアに帰国し、遠方の開拓に加わることが決まった。
指輪の件を公にしないことで、ネイサン様がモニカの話を信じて私にホールで婚約破棄を告げた事件は、そのまま、ネイサン様が起こしたことになっている。
だから――、すっかり進んでいた婚約破棄の話を取り止めるとお父様に話した時には、お父様は目を丸くして絶句していた。
「本当に、婚約を復活させるのか?」
「止めておいた方が良い」となかなか首を縦に振ってくれなかったお父様だけど、ネイサン様と国王様が並んで会いに来たことで、ようやく頷いてくれた。
「――本当に申し訳ありませんでした」
頭を下げるネイサン様に「お父様には、本当の事を伝えた方が良いのではないかしら」と言うと、彼は「いや」と首を振った。
「僕がしてしまった事は取り消せないし、騒ぎにしたくはないから」
それから、私の手を取って言う。
「ルイーズがまた僕の隣に立ってくれているだけで、他に何もいらないから」
***
「ルイーズ、本当にネイサン様との婚約を復活させるの?」
事情を知らないローラも眉間に皺を寄せながら言った。
「リアム、急遽、帰国してしまうんですってね。国で何かあったのかしら? せっかく仲良くなったのに」
ローラは残念そうに呟く。
「――そうね。よくは知らないけれど、私はお見送りに行くわ」
私はそれだけ答えて、席を立った。
話し合いを終え、リアムはお父様と共に、アスティアに戻ることになった。
戻ってしまえば、開拓でずっと遠くに行ってしまう。今後、私たちと関わらないという誓約をしたので、もう会う事はなくなってしまうだろう。
もう会うことはない、それは当然なのだけれど。
最後に一言、何かを言ってやりたい気持ちだった。
***
「――迷惑をかけて、本当に申し訳なかった」
荷物をまとめたリアムは私とネイサン様に深く深く頭を下げた。
「本当に」
私はそう答えて、しばらく黙ってからまた口を開いた。
「本当に、迷惑だったわ」
大きく息を吐いて振り返ったリアムは私を見つめて、呟いた。
「ルイーズ、俺は、昔、君に会って話した事で、救われて、それから、君がずっと好きだった。――こんなことをせずに、きちんと伝えていればよかった。……本当にごめん」
馬車の扉が閉まって、リアムの姿は遠くに消えて行く。
――もし、リアムが正面から気持ちを伝えてくれていたら、私はどうしていたかしら。
そんなことを考えて、私は黙った。
リアムを見送った帰り際、城下町を通ったところで、ネイサン様が馬車の中から「あ」と声を上げた。窓の外、視線の先に、白い嫁入りの馬車が走って行った。
馬車の家紋はアシュタロト家。
退学の噂が広まり、城下町での生活が難しくなったモニカは、遠方の年配の商人の後妻として嫁ぐことになったという話を学園内で聞いていた。
私も窓を覗き込む。
白い馬車に乗っていたのは、確かにモニカだった。
彼女は私たちの視線に気づいたのか、一瞬向こうの窓からこちらを見た。――口元が「さようなら」と言っていた気がした。
「ルイーズ」
ネイサン様が私の手に自分の手を重ねていた。
「これからは何があっても、君に、正直に自分の気持ちを伝えるよ。もう一度チャンスをくれてありがとう。君が好きだよ」
私もその手を握り返して言った。
「私もです」




