30.(リアム視点)
「モニカ=アシュタロト……何の用だ」
目立たない地味な格好でこちらに歩み寄ってくる彼女を見て、眉をひそめる。
――本当に何の用だ。
「リアム様、あなたに聞きたいことがあって来たんです」
彼女は少し微笑むと、俺を見つめた。
「単刀直入にお聞きします。私にあの指輪を渡したのは、あなたですか」
どくんと心臓が音を立てた。
何でこの女がいまさらそんなことを言って俺の前に現れる。
「指輪? 何のことだ?」
眉根を寄せてそれだけ言うと、彼女に背を向け、屋敷に向かう。
「待って」
モニカは声を大きくした。
「私はもう一度、彼の心が欲しいの!」
従者が首を傾げ、困ったように俺を見る。
騒がれるとややこしいな。
俺は髪を掻くと、振り返ってモニカに近づいた。
「何をわけがわからないことをわめいている。これ以上騒ぐようなら、取り押さえるぞ」
「――――もう一度、指輪をくれれば、ネイサン様をまた私に向かせるわ」
彼女は声を落として俺を睨むように見た。
「今度はルイーズを巻き込まない。それでいいでしょう。あなたは、そもそもネイサン様とルイーズを引き離したくて、あんな遠回りなことをしたのね」
「……何を……」
彼女は微笑んで俺に顔を近づけた。
「ネイサン様があなたが関係あるかもしれないって言った時は……そんなことって思ったけれど、今あなたを見たら、そうだって私、はっきりわかったわ。だって……、あなたの今の表情、ネイサン様とルイーズを見ていた時の私と一緒なんだもの」
俺は思わず彼女の肩を押した。
――この女と俺が一緒だって?
「わけのわからないことを喚くな! さっさと去れ!!」
そう言って手を追い払うように振ると、彼女は一歩下がって、笑った。
「とりあえず、去ります。でも、私の言葉を覚えていて。気持ちが変わったら連絡してください」
モニカはそう言い残して、背を向けて去って行った。
***
それからしばらく日が経った。
ルイーズは俺と昼食や放課後の時間を二人きりで過ごすことはなくなった。
彼女が学園が終わると、謹慎中のネイサンのところへ行っているのはわかっていた。
――王宮へ向かう彼女の後ろをつけて行ったから。
王宮の、ネイサン王子の部屋に面した内庭で二人は何かを語り合っていた。
手を取って、互いに目を見つめて。
どくっと胸が大きく打った。
内ポケットに無意識に手を伸ばしていた。
いっそ、指輪でルイーズの心を俺に向かわせて……、いや、
『もう一度、指輪をくれれば、ネイサン様をまた私に向かせるわ』
モニカの言葉が頭に浮かぶ。
ネイサンがいなければ、あのままいけば、ルイーズはきっと俺の婚約の申し出を受けてくれていたはずだ。指輪の力などなくても、自然に、俺は彼女の気持ちを手に入れることができたはずだ。
モニカは、指輪で手に入れたネイサンの気持ちに満足していた。
俺は彼女とは違う。魔法に頼らずに、ルイーズに思われることができる。
こんな魔法の指輪は、モニカのような魔法で手に入れた心で満足できる人間に渡してしまえばいい。
指輪さえ渡してしまえば、モニカは俺との繋がりを話すことないだろう。
それを言って、彼女は得をすることなどないのだから。
ルイーズだって、ネイサンが二度目の裏切りをすれば目が覚めるだろう。
俺は彼女をアスティアに連れて帰れば、それで良い。
ペンと紙を手に取ると、モニカに当てて手紙を書いた。
――夜市に来い、と。
***
「お手紙をいただいて、ありがとうございます」
占い師の扮装をして夜市に立っている俺に、モニカが声をかけた。
俺は、彼女を裏道に誘った。
ポケットから無言で赤い石のはまった指輪を出し、彼女に差し出す。
モニカは微笑んでそれを受け取ると、振り返った。
「ネイサン様、ルイーズ」
――今、何て言った?
ネイサン? ルイーズ?
硬直する俺の前に、二人の人影が現れた。
「リアム王子」
厳しい声色の、一人はネイサンが俺の被った仮面をはぎ取る。そして――、
唇が震えた。もう一人は、
「リアム……?」
信じられないという風に震えた声の持ち主はルイーズだった。




