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23.(リアム視点)

「兄上! 見て! うまく乗れるようになったでしょ!」


 俺の滞在先の離宮で馬を借りた弟のジュードは、得意げにそう言いながら馬の腹を蹴って広場をぐるぐると回った。


「ああ、上手だ」


「あなたに見せたいって頑張って練習していたのよ」


 義母はははそう言うと、ジュードに「もう行くわよ」と声をかけた。

 今日はルイーズと一緒に二人に街を案内することになっていた。


 義母はは――エリアナは父親の後妻で、俺の母親ではない。


 俺の母親は「放浪の民」と呼ばれてる、特定の居住地を持たず、大陸中を旅して音楽や踊りや、はたまた怪しい魔術や占いで生計を立てる集団の一員だった。母も踊りや楽器に長けていて……美人なことに加え、何か人を惹きつけるような魔術的な才能があったらしく、母のいた一団は行く先々で有名になり、王族の宴に呼ばれるほどだったそうだ。


 宮殿を訪れたそんな母を目に留めたのが、父上――アスティア現国王だった。どこの馬の骨ともわからない流浪民との結婚は大反対されたが、父上はその反対を押し切って母と結婚、俺が生まれた。


 そんな母は俺が物心つく頃に病気で亡くなってしまった。父上はその後、現在の王妃と結婚。腹違いの弟ジュードが生まれた。


『お母様と弟さんととても仲が良いのね』


 ルイーズの言葉を思い出し、苦笑する。

 義母とは最初から良好な関係では決してなかった。


 父上の跡を継ぐのは長子である俺――になるのだが、当初義母を筆頭に周辺の奴らは大反対。「国王をたぶらかした魔女の息子」を王太子にするわけにはいかない――と、俺のことを「魔女の息子」に仕立てる作戦に出た。


 そんな時――俺は病気でせった母親が残した赤い石のついた指輪を思い出した。


 ぼんやりと覚えている母の言葉――「どうしても辛いことがあったら、この宝石に涙を落としなさい。そうすれば――周りの人はあなたの味方になってくれるわ」


 「魔女の息子」と陰で揶揄されることに耐えられなくなった俺は、その言葉を思い出して、その指輪を取り出して赤い石に涙をかけた。――そうしたら――、あんなに俺を嫌っていた義母が俺に好意的に接してくるようになった。……気持ち悪いくらいに。


 これは、指輪の魔力だと実感した。

 人を魅了して、自分の思うように行動させる、そんな魔法の力がこの指輪にはあるんだ。


 義母の態度の変化に伴い、王宮はとても居心地は良くなった。

 誰も俺を「魔女の息子」と呼ぶやつはいなくなった。


 ……だけど、同時に。ある考えが俺の頭に浮かんで、離れなくなった。


 ――母さんは本当に「魔女」だったんじゃないか。

 そうじゃなきゃ、放浪民が王妃になるなんてあり得るか?

 指輪の魔法で父上の心を手に入れたんじゃ……。


 父上は俺のことをとても大事にしてくれていたけど――そう考えだすと、それも母さんが魔法でそうさせたんじゃないかとさえ、思ってきた。


 ……それから、自分が王宮にいてはいけない気がしてきて……、俺は城下町に出るようになった。母さんの遺した放浪民が演奏で使う楽器を持って。


 街中には同じ楽器を持って演奏したり踊ったりしている人たちがいて、そんな人たちを見ていると、俺は王宮にいていい人間じゃなくて――こっちにいるべきじゃないかと思うようにもなっていた。


 勉強もサボって街に出る俺を父上は当然よく思わなくなって、折り合いが悪くなっていて――、でもどうせこれも、泣いて指輪に祈れば、父上もころりと態度を変えるんだろうなと思ったら、虚しくなってしまった。


 ――そんな時だった。ルイーズと城下町で会ったのは。


 俺は街の裏路地で一人で楽器を弾いていた。

 母さんが昔弾いてくれてた曲を耳で覚えていたのをそのまま弾いていた。


 そしたら……、


「素敵な曲ね」


 同い年くらいの女の子が路地に面した高級旅館の裏口から顔を出してじっと俺を見ていた。良いドレスを着ていたから、どこかの貴族の子だと思った。

 

「ありがとう。……君は一人なの?」


「うん。一人よ。――お父様の仕事が全然終わらなくて、外に出れなくて暇だったの。せっかく外国に来たのに」


「――どこから来たの?」


「隣のネピアから」


 裏口を開けて、俺の隣に腰を下ろした彼女は言った。

 

「一人で外に出れないし……本当に退屈なの。もし、もっと、素敵な曲を弾いてくれたら嬉しいんだけど」


 俺は頷いた。断る理由もなかったし……何より、素敵な曲と褒められたことが嬉しかった。

 王宮で楽器を弾いたことはなかった。

 この楽器は、母さんが流浪の民出身であることを象徴するようなものだったから、義母ができて、『魔女の息子』と言われるようになってから、演奏することがはばかられたから……。


 俺は次から次に母さんが昔演奏してくれた曲を覚えているままに弾いた。

 その度にその子は「綺麗な曲」と言って、笑って喜んでくれた。


「楽譜も見ずに、すごいのね」


「耳で覚えてる。母さんが弾いてくれた曲なんだ」


「……あなたのお母様はきっと、あなたのことをとっても大切に思っていたのね。だってどの曲も、とっても胸にじーんって響くもの」


 ――その子が言ってくれたその言葉が、とても胸に染みた。

 母さんがもし本当に、父上の気持ちを操って結婚したのだとしても……、母さんが俺に向けてくれていた愛情には嘘がなかったと、そう思えたから。


 それから俺は日が暮れるまで、彼女に曲を演奏した。

 別れ際、彼女は「素敵な曲をありがとう」と笑った。その笑顔がずっと忘れられなかった。


 別れ際に名前を問うと、彼女は「ルイーズ=アルフォンソ」と名乗った。

 その名前をずっとおぼえていた。



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