21.(ネイサン視点)
ルイーズに学園で公に謝罪をして、謹慎の身分になってからもう2週間になろうとしていた。謹慎中の身の上であるから、僕は宮廷の部屋から出ずに、室内で本を読んだり勉強をして過ごしていた。
――一人でゆっくりと考える時間ができると、なおさらルイーズのことが頭に浮かんだ。
どうして僕は。
そんな問いかけは無意味とわかっていても、何度も自分に問いかけた。
「ルイーズは……、どうしてるか何か聞いているか?」
朝、身支度に部屋を訪れた侍従にそう聞くと、彼は「いえ、特には」と首を振った。
「本当に、何も聞いていない?」
しつこくしてしまっていると思いながらも、重ねて聞いた。
侍従は言いにくそうに口をつぐんで、回答しなかった。
「何か聞いていたら、教えて欲しい」
主人から3回も聞かれれば、答えざるをえないのがわかっていて、そう聞いてしまった。
「ルイーズ様に……リアム王子が婚約の申し出をしているとか……、一緒にいらっしゃる姿をよくお見かけすると聞いています」
彼は僕の服にブラシをかけながら、重たい口を開いた。
リアム王子……、僕がルイーズを学園のホールで問い詰めた時に、間に入って彼女を助けたのは彼だったな……。
未だにあの時のことをはっきり思い出そうとすると頭痛がする。
僕は頭を押さえて俯いた。
「ネイサン様、大丈夫ですか!?」
侍従が慌てたように背中を支えた。
「ああ、……問題ない。教えてくれて、ありがとう」
そう答えて、彼を下がらせると、一人椅子に座って頭を抱えた。
僕とルイーズの婚約は、ルイーズの父親からの強い申し出もあり、正式に白紙に戻された。だから、彼女に誰が婚約の話をしようが自由で、元婚約者の僕が立ち入れる話ではない。
「仕方ない……、自分のせいだ……」
僕は頭を抱えたままソファに寄り掛かった。
モニカが僕の心を操っていたという……魔法の指輪……、それを彼女に渡したという占い師というのを父上に捜してもらっているが、未だに手がかり一つない。モニカは友人から良く当たる占い師がいると言われて城下町へ行ったと言っていた。今のところ、その占い師に占ってもらったというのは、その友人とモニカ、それから平民クラスに通うモニカの別の友人の数人だった。
……つまり、学園の生徒に集中して声をかけている……?
「学園の関係者……なのか?」
僕は立ち上がって部屋を歩いて回った。
何のためにモニカにその指輪を渡したんだ……。
僕とルイーズの婚約破棄を狙っていた?
それで誰か得をする人間はいるか?
そのままモニカと僕が結婚などすることになっていれば、例えば商会の人間などは得をするかもしれないが……。
部屋を何度かぐるぐると回った後、机に座ると置きっぱなしの本を開いた。
書庫から持って来た『宝飾品図鑑』という本だ。
モニカが指にしていた指輪……、宝石ではない鈍い光の赤い石がはめ込まれた独特なデザインの物だった。あの指輪がどういったところで作られたものなのかがもしわかれば、何かの参考になるかもしれない。そう考えて、部屋にいる時間を使って僕も調べるようにしている。
ページをめくり、じっくりと描かれた絵と記憶の中の指輪のデザインを重ね合わせる。
これも違うな、これも……。
そうやってページをめくっていくうち、僕は1つのデザイン図に目を止めた。
この……植物の蔓が絡んだようなデザイン……似ていないか?
説明を読むと、『植物を模したデザインの装飾具が放浪民の間でよく見られる』と書いてあった。
はぁ、とため息を吐く。
だから……何だ。そのそも占い師というのは、放浪民がやっていることがほとんどだ。
だから、彼らが持っている指輪のデザインが放浪民の間でよく見られると言っても……。
そこで僕はふと、考え込んだ。
放浪民……、確かリアム王子の母親は……貴族などではなく、放浪民出身だったと聞くが……。
そもそもルイーズとリアム王子はもともと接点がなかったはずなのに、いきなり婚約話を持ち掛けるというのは急すぎるし……。ルイーズとの婚約を破棄させるために、モニカにその指輪を渡した……なんてことは。
僕はその考えを振り払うように頭を振った。
いや、それだけで、留学に来ている隣国の王子を疑うことは、行きすぎだ。
それに、もしリアム王子がそんな指輪を持っていたのだとすれば、自分でその指輪の力をルイーズに使った方が早いじゃないか。
そう考えながらも、頭によぎったその考えを払拭できないでいた。




