20.
「ルイーズ?」
授業が終わったところで、ローラに声をかけられて私ははっと顔をあげる。
「ルイーズってば、心ここにあらずって感じね。週末のリアムとの予定でも考えていた?」
友達はからかうような口調で私の頬をつまんだ。
私は「もう」と笑いながらその手を払った。
だけど……、
『僕が好きなのは君だ、ルイーズ』
頭の中を回っていたのは、あの時のネイサン様の言葉だった。
ネイサン様が私に謝罪をした時から、もう2週間経っていた。モニカは学園を去って、ネイサン様は謹慎で登校してきていない。
あの謝罪のおかげで……、学園の皆の私に対する反応は同情に一本化されたようだった。
会う人会う人に、「災難だったわね」と言われる。
「全く、ネイサン様はあんな女の言う事をそのまま信じて」
「王太子様がそんなんじゃ呆れてしまうわ」
「婚約破棄と言われて逆に良かったのよ」
会う人、会う人がネイサン様についてそんなことを言った。
お父様はネイサン様との婚約破棄を正式に進め、私とネイサン様は婚約者同士ではなくなった。
けれど……、モニカが言っていたように、本当に人の心を操るような魔法があって、それでネイサン様があんな風になっていたのだとしたら。――ネイサン様は悪くないじゃない。
そうだとしたら……、私はネイサン様と前と同じように過ごすこも……できる、かしら。
モニカの横で私を冷たい目で見つめるネイサン様を思い出して、私は肩を抱いた。
――同じようには、できないと思う。
あんな目で見つめられた後では。
「ルイーズ、今週末はリアムとどこに行くの?」
そう……、それに、今の私には『婚約を考えて欲しい』と言ってくれたリアムがいる。
彼と過ごす時間は楽しくて、充実している。
「今週末はアスティアからお母様と弟さんが来るんだって。ご案内を一緒にする予定よ」
そう答えると、ローラはまたからかうように言った。
「まぁ、あちらのご家族と一緒に週末を過ごすの? それって、もう公認ってことじゃない?」
私は苦笑して、「……そうね」と呟いた。
そして答えてからはっとする。
――どうして、心からの笑顔で「そうなの」と答えられないのかしら。
振り払おうとしても、頭の隅にはネイサン様の姿があった。
***
その週の週末の夜、私は王宮で開かれた歓迎の夜会でリアムのお母様と弟に会った。
「エリアナ様、ジュード様、初めまして。ルイーズと申します」
そう挨拶すると、彼のお母様のエリアナ様は優雅に笑った。
「まぁ、あなたがルイーズね。リアムの初恋の……」
「母上!」
焦ったように口を挟んだリアムにエリアナ様はローラが私をからかうときのような笑顔になった。
「まぁ、いいじゃないの。探していた彼女がいたってあんなに嬉しそうな手紙をよこしたくせに」
そんな母親を押しのけて、小さい男の子がリアムの足にしがみついた。
――弟のジュードね。
「兄上! 僕、兄上がこちらに行っている間に、馬に上手に乗れるようになったんですよ! 明日見てください!!」
「ああ、見る。見る。ルイーズ、悪いけど明日、朝、ジュードの乗馬に付き合ってもらってもいいかな」
「もちろん」
私が頷くと、ジュードはリアムの陰に隠れるようにじーっと私を見た。
「兄上、この人、誰?」
「俺が婚約を申し込んでいる人だ」
事も無げにリアムがそう言うので私は赤面してしまった。
「あなたがこっちへ留学してしまってから、ジュードが寂しがって、勉強のやる気もなくなってしまって……、でも、会いに連れて行ってあげるから、兄上に報告できるように頑張りなさいと言ったらやる気を出してくれたわ」
エリアナ様は兄弟を見ながら微笑ましそうな笑顔で言った。
リアムのお母様と言われると、とても若い人だ。お姉さんと言ってもいいくらいかもしれない。お母様もジュードもとても綺麗な金髪をしている。
……くるっとした黒髪のリアムとは似ていない。
放浪民から国王と結婚したリアムのお母様は確か彼が小さい頃に病気で亡くなっているはずだから……、エリアナ様はその後にできた義理のお母様、ジュードは腹違いの弟ということになると思うけれど。
「お母様と弟さんととても仲が良いのね」
二人から離れて、私とリアムで踊ることになった時にそう言うと、彼は微妙な表情で微笑んだ。
「ああ……そうなんだ」
私は少し首を傾げた。それは、「そうなんだ!」という肯定の笑顔じゃなく、苦笑の混ざった複雑な笑顔だったから。




