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「リ……リアム王子……」


 私は振り返って、声の主にびっくりして彼の名前を呟いた。

 少し癖のある黒髪に、深い黒の瞳、彫りが深い目鼻立ちでどこか異国の雰囲気がある彼は、隣国ネピアの王子で、学園に短期の留学で訪れていたリアム様だった。


「ルイーズ様、大丈夫ですか?」


 リアム様は口をぽかんと開けている私の頬に手を置くと、そう言って微笑んだ。


「え……ええ、大丈夫です。ありがとうございます……」


「リアム王子……我々の話に立ち入ってくるとはどういう了見だ。貴方には何の関係もないことだろう」


 ネイサン様が少し焦ったような口調でそうまくし立てた。

 私も思わず頷いてしまう。

 助けてくれたのはとても有難いけれど……、どうしてリアム様は話に割り込んできたのだろう。


 リアム様と私は同い年――同学年にはなるけれど、短期の留学に来ている彼と授業で一緒になることはない。歓迎パーティーなどで挨拶をしたことくらいはあるけれど……、隣国の王子様という地位で、人目を引く容姿のリアム様の周りはご令嬢たちで囲まれていて、一言二言言葉を交わしただけだ。


 あまりに接点のない相手の突然の登場に頭がついていかない。


「目の前で女性が怪我をしそうになっていれば助けるのは当然でしょう――しかも、意中の女性であれば」


 リアム様は肩をすくめる。

 ああ……怪我をしそうだったから…意中の女性で……、って、え?


「い、意中?」


 声が裏返ってしまった。


 意中。

 心の中で思っていること、心の中。

 意中の人。

 心の中でひそかに思いさだめている人。特に、結婚相手として恋しく思っている異性。


 思わず言葉の意味を頭の中に並べてしまう。


「そうです。俺はずっとあなたを慕っていました。ルイーズ様」


 私にそう言って微笑んで、周囲に騒めきが広がる中、リアム様はネイサン様とモニカを見据えた。


「モニカ嬢の言っていることですが、ルイーズ様は『やっていない』と言っていますが、本当に彼女がやったのですか?」


 この言葉にモニカが泣きだした。


「ほ、本当に決まってるじゃないですか……、目撃者もいるんですよ……っ」


「見ました」「ルイーズでした」


 目撃者の生徒たちがモニカを応援するように口々に言う。

 リアム様は彼らを見据えて、低い声で聞き返した。


「本当に?」


 ……?


 一瞬の静寂がその場に訪れた。


 リアム様はもう一度はっきりとした低い口調で重ねて彼らに問いかける。


「本当に?」


 目撃者たちがはっとしたようにお互い顔を見合わせ、首を傾げた。


「……確かに、栗色の長い髪の……、赤いリボンの制服の……」

「ルイーズ様だと……」


 ちょっと、さっきまでの『確かに私だ』って言い切りっぷりはどうしたの?

 ざわざわとホール一帯が混乱した空気に包まれた。

  

「ちょ、ちょっと、どうしたの……っ? あなたたちが見たのはこの女でしょっ……?」


 モニカがあたふたしながら、潤ませた目頭を指で拭う。

 

「……『この女』ですか……、ルイーズ様にあんまりな言い方ではないですか?」


 リアム様がため息交じりに呟いて、ネイサン様を指差した。


「栗色の長い髪の赤いリボンの制服の女性となど、ルイーズ様の他にいくらでもいるではありませんか。ネイサン王子、貴方も王子なのですから、人の言葉を鵜呑みにせずに、きちんと客観的な事実を確認するべきです。片方がやったと言い、片方はやっていないと言っている。その口の上手い商人の娘が嘘を言っている可能性は?」


 「……嘘?」「嘘をついているのはモニカ?」

 

 野次馬の生徒たちは口々にそう呟き出した。


「……っ、確かに、皆ルイーズだったと証言して……」


 苦し気な顔のネイサン様はちっと舌打ちをすると、私を睨んだ。


「僕は、モニカが嘘を言っているとは思えない……。この件については、追って確認して、お前に責任をとってもらうからな」


 そう言ってネイサン様は半泣きのモニカの肩を抱いて、階段を昇って行ってしまった。


「……ネイサン、様……」


 婚約者……いいえ、破棄されてしまったから、元婚約者かしら……のあまりの態度に私は呆然と手を伸ばした。……ネイサン様の背中は私の手からどんどんと遠くなって行く。


「ルイーズ様」


 私の伸ばした手をリアム様の手が下げさせる。

 彼は私を自分の方へ向かせて、言った。


「ちょっと落ち着きましょう。俺と一緒にお茶でもいかがですか」



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