12.
「おはよう、ルイーズ」
翌日、登校した私が馬車を降りると、バラの花束を持ったリアムが立っていた。
「……おはようございます」
周囲で他の生徒が輪をつくるようにこちらに注目していることがわかって、赤面しながらその花を受け取る。
「ネイサン王子とモニカは休みとのことだよ」
リアムは微笑むとそう言った。
思わず聞き返してしまう。
「え? 休み?」
「体調不良、だそうだ。――都合が悪くなって、隠れたかな」
「……」
思わず黙り込んでしまう。
私に大勢の生徒の前であれだけのことをしておいて、当の二人が休むなんてどういうことなの?
「君が堂々と登校しているのを見れば、他の生徒もどちらが正しいかに気がつくさ」
リアムはそう言って微笑んだ。
「そうだと、良いです」
私もつられて微笑み返す。
朝、着替えて登校の馬車に乗るのに足が震えたけれど……、きちんと学園へ来て良かった。
これも、リアムが「明日、学校で」と言ってくれたからだわ。
私はもらった花束を大事に抱えた。
***
「朝からお熱いわね」
教室に入ると、私に駆け寄って来たローラが悪戯っぽい顔で私を小突いた。
「もう……、そう言い方はよしてよ」
そう言い返すと、顔を覗き込まれた。
「顔が赤いわよ、ルイーズ」
私は両手で頬を押さえた。本当に熱くなっている。
ローラは「ふふふ」と笑うと、「あら」と呟いた。
「噂をすれば……」
指さす方では、リアムが手を振って笑っていた。
「ルイーズ、昼を一緒に食べないか」
私は一瞬躊躇した。
……二人きり、かしら。
お昼を異性と二人っきりで食べるというのは、学園内では交際している、と周囲に示すような行為だ。
「――あなたは、ローラ=シュバイン嬢……ですよね」
私の逡巡を感じ取ったように、リアムはローラに声をかけた。
「ええ……」
「一緒にお昼をどうかな。ルイーズと俺と3人で。俺の事は気軽にリアムと呼んでください」
「喜んで」とローラは笑った。
「じゃあ、ルイーズ、ローラ、庭園の温室で待っている」
そう言ってリアムは去って行った。
***
昼食はサンドウィッチだとかサラダだとか、屋敷から使用人が持ってきてくれたものを食べる。私とローラが庭園に行くと、そこにはもうテーブルがセットされていた。
「やぁ」
そう言って手を挙げるリアムの元へ行き、腰掛ける。
食事を始めると、早速ローラがリアムに問いかけた。
「リアム……、ルイーズに婚約の話をしたっていうのは本当なんですか?」
「ああ。本当だ。この国に来てから……いや、来る前から俺はずっとルイーズのことを慕っていた」
大きくはっきりした口調でリアムがそう答えるものだから、ローラは「まぁ」と口を覆い、赤面した私は顔を背け、周囲では騒めきが起こった。
周囲で騒めき……、見回してみれば、教室の窓やら中庭の隅やらから私たちを遠巻きに見ている生徒がたくさんいた。
「……すっかり、皆の注目の的ね」
ローラは茶化すように言ってから、耳元で囁いた。
「彼があなたを本当に好きなのは確かなようね。目を見ればわかるもの」
それから、リアムに向かって大げさなため息をついた。
「ルイーズが隣国に行ってしまったら寂しいわ。ああ、でも遊びに行かせてもらえるかしら」
「……気が早いのよ、ローラは……」
私は友達を肘で小突いた。
まだ婚約のお話を受けるという返事もしていないのに……。
私は周囲を見回した。
生徒たちの間にリアムが私に婚約の話をしたことは、あっという間に広まるでしょうね。
……ネイサン様はどう思うかしら。
そう考えて首を振った。
……どうも思わないでしょう。婚約破棄を告げたのは向こうなんだもの……。




