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【あらすじ、濡れ衣をかけられて→濡れ衣を着せられて】「ルイーズ、君との婚約を破棄する」
15歳から18歳までの貴族が通い、学びながら交流関係を築くネピア王国の王立貴族学園のホール。赤い絨毯が敷かれた中央階段の上からホールに立ち尽くす私を見下ろすように、婚約者の王太子ネイサン様はそう告げた。
「ネイサン様? ……何故、急に……」
自分の声が震えているのがわかった。私はネイサン様の横に寄り添うように立つ、金髪の儚げな少女を見つめた。二人の手はしっかりと指と指をそれぞれ絡ませて繋がれていた。
彼女の名前はモニカ=アシュタロト。
貴族ではない、城下町を取り仕切る富豪商人の娘だ。
貴族のための学園……ではあるけれど、この学園には貴族と関係を作りたい力のある商人の子女もいる。彼女もそんな一人だ。
最近、モニカという平民の少女とネイサン様が一緒にいる姿をよく見かけていた。
親し気に話し込んでいる様子は、他の人が話しかけるのをためらうほど親密な様子だった。
けれど……、前からネイサン様は「商人たちとの関係がこれからは重要だと思う」と言っていたし、彼らのことを知りたいということで一緒にいるのかもしれない……と考えていた。私は首を振る。いいえ、そう思いたかっただけ……。
二人の様子を遠くから見つめる私に気づいて、ネイサン様は冷たい視線を向けて立ち去ってしまった。
『ネイサン様は婚約者のことはどうでもよくなったようだ』
という噂が陰で流れているのを知っていても、彼に直接聞くことが怖くて、ただ話さない日が続いていた。
――婚約者だというのに、ここ数月の間ネイサン様から音沙汰がなかった。それまでは毎週末の休日はどこかに出かけたり一緒に過ごしていたというのに。
だから、久しぶりに送られた手紙で日付と時間指定で「学園のホールへ来るように」と書かれていたのを読んだときは……、ただ嬉しかった。久しぶりにネイサン様と二人で話せるわ。きっと……、最近は忙しくて時間がとれなくてごめんだとか、そんなことを言ってくれるはず……。
よく考えれば、日付と指示しか書いていないその果し合い状のような手紙で、そんなことがあるはずないのはわかっていたのに……。
「僕はモニカの事が好きだからだ」
はっきりと、愛情たっぷりというような視線でモニカを見つめながらネイサン様はそう言った。胸がずきりと痛んだ。それは私に今まで向けていたどの視線よりも熱い視線だったから。
「……ネイサン様、彼女は、平民なんですよ」
呼吸を整えながらそう言った。
私はこの学園の中で成績が優秀だったからネイサン様の婚約者候補に選ばれて――そして何回もの親を含めた顔合わせを経て彼の婚約者になった。
それは――好きになったからというだけで簡単にひっくり返せるものではないことは、ネイサン様自身よくわかっていると思うのに。
「『平民だから』……、か。ルイーズ、お前のその人を見下す性格の悪いところも嫌になったんだ。お前は『平民のくせに調子に乗るな』とモニカを虐め、『平民のくせに、そんなドレスを着る資格はない』と僕がモニカに贈ったドレスを破ったそうじゃないか」
「……は?」
思わず声が裏返ってしまう。
私がモニカを虐めた? ドレスを破った?
ほとんど話したこともないというのに。
「ネイサン様、私はそんなことは……」
「言い訳をするな、見苦しい!」
ネイサン様は私の前に胸元が大きく敗れた赤いドレスを投げつけた。
「目撃者もいる」
――目撃者?
眉をひそめるその間に、貴族の生徒が4人、ネイサン様とモニカの後ろから現れた。
彼・彼女は口々に言った。
「確かに見ました。中庭です」
「モニカ様はルイーズに呼び出されていました」
「確かにルイーズでした」
「モニカ様が泣いていたので、僕がネイサン様をお呼びしました」
何よ、この劇の台本の台詞を呼んでいるような言い方は……。
それに、何でモニカにだけ様付け……?
「まぁ、本当なの」「大人しそうに見えて、ルイーズ様って陰ではそんな風なのね」
周囲から囁き声が聞こえて来た。
周りを見渡せば……、いつの間にかギャラリーができていた。
私は自分で言うのも何だけれど、社交的ではない。
人と話すのは苦手だし、友人は少ない方だ。
対してネイサン様はとても明るくて社交的で目立つ方だから、成績が良いというだけで婚約者候補になって、選ばれた私に疑問を持つ人が多いようなことは感じていた。
だからといって……、何で皆、モニカの言う事を信じる気になるの?
「ネイサン様から頂いたドレス……平民の私には不釣り合いな物だって言って、ルイーズ様は胸元を引っ張って破ったんです」
モニカは震える手で目元を拭った。涙が指にはめている指輪の宝石に濡れて、輝いた。
周囲にどよめきが広がり、ネイサン様は彼女の肩を抱き寄せて金色の髪の毛を愛し気に撫でる。
「かわいそうなモニカ……、ルイーズ、お前はなんてひどいんだ!」
「ひどい」「平民と言っても同じ学校で学んでいるのに」
いつの間にか増えた野次馬の声が大きくなっていく。
ちょっと、ちょっとちょっと……、
「いえ、私、そんなこと身の覚えがないですから……」
階段を昇り、二人に近づき声を大きくしたところで、視界がぐらりと揺れた。
「見苦しい!」
そう憎々し気に叫んだネイサン様の顔がぐるりと上を向く。
肩を押されて、階段から足を踏み外したことに気づいた時には身体が宙を浮いていた。
ちょ……落ちる……!
でも、私の身体は落ちなかった。とん、と誰かの手が私の背中を支えていた。
「――暴力行為の方が見苦しいと思いますが」
その男子生徒は静かな落ち着いた声でそう言った。




