8 地這う暴滅の凶蚓
「緊張してるな?お嬢」
アマディ村を発ち少し経った頃、イロウルがトコトコとついてくるオルマを見ると、いつも以上に杖を持つ手に力が入っていて、少し表情も硬い。
今回は相手が相手だ。無理もないだろう。
「…緊張してないと言えば、嘘になあります。あとお嬢は恥ずかしいですからやめてください…」
「はは、すまねえ。緊張するのも仕方ねえ。まぁ大丈夫だ。確かに身体能力は俺らと比べちゃ駄目だが、オルマには揃えた装備があるし」
竜人と魔物の彼らと比べ、人間の子供であるオルマは仕方がないが、身体能力は低い。
そのため、彼女には中々便利な装備が渡されていた。彼女はそれらを駆使し、カウスとイロウルの支援含め意外と上手く動けてこれた。
「これまでそれ、上手く使ってきたろ?大丈夫、自分を信じて動けばいい。いつもどおりだ」
そう言われオルマは深呼吸をする。少し緊張が解れたのか表情も幾らか緩み、肩の力も抜けたようだ。
「ありがとう、ございます。心が少し楽になりました」
「表情よし、力みも減ったな。良い良い、それでこそ俺らの相棒だ」
そこにカウスが、無言で頭を撫でる。
「気張るなよ」
「はい。ありがとうございます」
そして、ついに一行は泉へと到着した。
まだハミドゥーダは眠ってはいたが、その眠りは明らかに浅く、少しでも刺激すればすぐ様起きるだろう。
カウスは弓を引き絞り、オルマは少し遠くで魔杖を携ええ、イロウルは隠していた群青色の爪を露わにする。
彼らの殺気を感じたのか、ハミドゥーダは少しずつ動き出していた。
「…時間はねえな、行くぞ。戦闘開始だ!!」
イロウルはそう言うと、挨拶代わりに旋回しながら猛烈な勢いでハミドゥーダの長い胴体を切り裂く。
「ギリュシュゥゥゥアアアアァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!!!!」
「目覚めの一撃だ、黙って貰っとけ!」
苦痛と怒りが入り混じった巨大な咆哮を轟かせる。
その振動は凄まじく、地面がビリビリと震え水面は揺らぐ。
それと同時に痛みに悶るように全身をくねらせ、ビタンビタンと尾をやたらめったら打ち付ける。
そのたびに猛攻に晒された木は倒され地面は抉れてゆく。
「ふう!流石危険度が高い魔物だ!いっちょまえの咆哮だねえ!」
軽口を叩きながらもイロウルは的確にハミドゥーダの攻撃を回避し、爪による斬りつけをやめない。
イロウルは魔物であるため、普通の人間であるオルマは当然ながら、竜人であるカウスよりも莫大な魔力を保有する。
さらに体長は70cm前後と小柄ながらも彼の身体能力はずば抜けて高く、パーティ内最大の攻め手だ。
しかしハミドゥーダも、小蝿のように飛び回る忌々しい魔物を生かす気は当然なく、長大な身体と巨大な口を駆使し執拗に攻撃を繰り返す。
特殊なブレスや能力をほとんど有さないハミドゥーダだが、全身筋肉の肉体から放たれる肉弾攻撃の威力は凄まじい。
そんな、ハミドゥーダがイロウルに集中する中、遠くから鋭い矢が凄まじい速さで飛んでくる。
「ガギルゥッ!」
「相手を一人と思うな」
カウスは既につけられた傷をより抉るよう狙いを澄まし、強烈な一矢を次々と放っていく。
「ガギリュリュゥゥウウウゥ……!!」
「舐めるな。…っ」
猛烈な突進をするが、カウスは易易と回避するが危うく追撃をもらいかける。
「チッ。クソが」
「おいおい、油断すんな」
「わかってる。来るぞ」
高い運動能力を活かして木に巻き付くように、よじ登ってまで突っ込んでくる。
行動をするに連れて様子が変化して眠っていた時とは異なる赤紫の靄が漏れ出て、更には身をよじりながら口から液体をボタボタと垂らしている。
「ガギリリリリリィィ」
「マジでしつこい奴だな!…何だ、様子が変わったぞ」
見たことのない様子に警戒を強めた次の瞬間。ハミドゥーダは口から何かをかなりの速度で放ってくる。
「おっとあぶね…っ!ってこれが酸液か!…うげ、絶対当たるわけにゃいかねえな」
カウス達は上手く避けたが、着弾した木がじゅわっと音を立てて溶け始めていた。
ハミドゥーダの行動の中でも極めて危険な行為、竜の甲殻すら溶かしうる〈酸液弾〉だ。
木ですら溶かし倒す威力のこれに当たれば、死は免れない。
「話にゃ聞いてたがやべえ代物だな」
「あの液に警戒しろ」
「わーかってる。集中力上げてくぞ!」
ハミドゥーダは酸液弾を連続で放ちながら、噛みつきや突進、叩きつけを繰り出す。
当然彼らもそれを避けながら、イロウルが身体に傷を負わせカウスがそれを深く抉る。
「中々のタフネスだ。効いてるのかこれ?」
「このままだと纏めて始末だぞ」
「そうなると厄介だな。分かれて攻撃したほうが良さそうだ。カウス、離れつつ頼むぞ」
イロウルは回避と斬りつけを繰り返してハミドゥーダから離れず、対してカウスは矢を構える数を3本に増やしながら、出来るだけ距離を取る。
「ガギリュウゥッ」
とにかく少しでも体力を削る。
彼らはヒットアンドアウェイを繰り返し、何度も繰り出される攻撃を避け続ける。
いくら避けれているとは言えど一撃一撃が重く即死級。一瞬の油断も許されない。
攻めの手を緩める事なく動き続けた為、周囲にはハミドゥーダの全身から流れ出た血で赤く装飾され、泉の水も赤く染まりつつある。
その光景に一瞬、気が緩んだのだろうか。
何度されたかわからない尾の叩きつけをイロウルは回避したが、なんとハミドゥーダの顔が向いていた。
口の様子を見るに、最悪な事に既に酸液の溜めは終わっている。罠にかかってしまった。
「なっ、まずったか!」
イロウルは急いで回避しようとしたが尾に叩きつけられ、胴体に締め付けられ見動きが取れなくなっていた。
こちらに口を向け、身を振るわせながら酸液弾を放とうとしている様子に死を覚悟した刹那、ハミドゥーダが唸り声を上げ酸液弾は見当違いの方向へと大きく起動が逸れる。
「大丈夫でしたか!」
周囲の環境把握と道具回収を終え、木の枝に移動して追跡していたオルマが、傷口に向けて火球弾を放っていた。
熱を遮る甲殻を持たず、炎による攻撃で直に肉を焼かれるハミドゥーダにとって、火球弾は手痛い一撃となる。
「あ、あぶねえ、マジで死ぬかと思った…。オルマもあれには気をつけろ、あいつ相当頭いいぞ」
「大丈夫、全部見てました。」
しかしハミドゥーダの様子は、怒髪天を衝くという言葉が実に正しい。
只でさえ補足しにくい飛び回る羽虫と、何処にいるのかわからない癖に、的確に弱点を矢で射ってくる竜人がいるというのに、更に余計な事をする人間まで来てしまったのだ。
挙げ句ようやく仕留めれると思ったら妨害されたのだ。最早正気でいろという方が酷というものだ。
「ガギリュゥゥゥアアアアァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!!!!」
「随分、怒ってますねっ!」
ハミドゥーダは高速で飛ぶイロウルから最も倒しやすそうなオルマに狙いを変え、明らかに速度を上げた攻撃を執拗に繰り返す。
オルマも軽快に木の枝を移るが、ハミドゥーダの速度の方が速い。
「やっぱり私かぁ…!」
間一髪何とか避けれているが、普通ならば人間の少女が、そんな猛攻を長い間耐え凌げるはずはない。
「あっしまっ…た…!」
足を滑らせたオルマが木の上から落下する様をハミドゥーダが見逃す筈もない。
大口を開け、下から喰らおうと迎え撃つ。
「オルマ!!」
しかし、この時ハミドゥーダは知らなかった。
最も警戒するべきはイロウルでもカウスでもなく、魔法を使う少女、オルマ・イル・アミドルークである事を。
そして、彼女を標的にしたのが全ての間違いであったと。