4 森林の奥に潜む影
アマディ林の更に奥、アマディの森林は、前述のそれと比べ、危険度が大きく跳ね上がる。
林と比べ木々の密度が高くなり、鬱蒼と茂るそれらのせいで常に薄暗いので視認性が低く、行動できる箇所も制限され、当然だが環境に適応した原生生物も数多く生息しており、それらが全て友好的である筈はない。警戒を怠れば死のリスクは格段に増す。
「村からそこそこ歩いたらこの景色か。日が遮られてるせいで遠くまで見れねえな」
「幸い蛇行した痕跡は大きいので、見失う事はないですね」
「まだまだ続いてるな。一体どこまで行ってんだ…?」
しばらく森林を進んでいる一行だが、地を抉るように残された移動痕は、未だ奥へ奥へと伸び続けている。
進んでいる最中、奇妙に光り飛び回る何かを見つける。
「あ?なんだあの黄緑に光ってるやつ」
「あれは…、カゲアカリですね。屍肉を食べ、分解して出た発酵物質と、体内の発光するバクテリアが反応して光る虫です」
カゲアカリという昆虫は、果実の他にも腐葉土や屍肉を食し、生態系の分解者として役立っている。
体内には、食したそれらを分解した際に発生する物質と反応する発光体がある。
光量こそは弱いが、大抵のカゲアカリは50匹以上群がって腐肉を食すため、幻想的な光を齎すのだ。
「ほ〜!知ってはいたが、現物を見たのは初めてだが綺麗だな」
「発酵して発光…」
「つまんな」
「…チッ」
「今のはお前が全面的に悪いだろ…」
…
数時間ほど経過した。
かなりの距離を探索しているが、痕跡自体は続いているものの、未だその主には辿り着けていない。
景色も相変わらずだ。若干荒れた様子なのに変わりはなく、薄暗く視界は悪く、所々抉れているせいで、飛んでいるイロウル以外は慎重に歩いているせいで余計に体力が持っていかれる。
「なーんもねぇ。ほんとになーんも見つからん」
「結構奥まで来たはずなんですけどねぇ…。進展なしという訳ではないですが」
「あぁ。さっきからこの辺に這った痕跡がやたら増えてるな。行動範囲内の可能性は高い」
「大蚓種は名前の通り、ほぼ全ての種が大きいんですよね。とはいえ、森林に生息しているタイラムはもう少し小さいんですよねー」
「目撃報告もこれまで皆無だしな、あれ。そもそもタイラムならあの泥玉の説明がつかん」
「ですよねぇ…あれ。何でしょうあの大きい光」
オルマが指差した先は、先程見つけたカゲアカリの放つ光の群れがあった。
しかしそのサイズは尋常ではなく、大凡見積もっても先程の5倍以上の大群がいる。
「行くぞ、何かしら見つかるかもしれん」
一行は急ぎその地点へ向かう。
そこには無惨にも、腹を食い破られた中型の竜類が横たわっていた。
大群のカゲアカリは、この死体を捕食するべく群がったもので間違いないだろう。
「こりゃ酷い。にしても…うん。腐臭もしない。死んでそう日は経ってないな」
「日が経ってない屍肉は腐食しにくいからな」
「お前マジで黙れよ」
「…それはそれとして。この竜類は…〈走竜トレケトル〉ですか」
走竜トレケトルは脚竜種に分類される中型の竜類で、森林地帯に広く分布している。
強靭な後ろ脚の瞬発力と、比較的小さな体格による機動力により、入り組んだ地形でも俊敏に動く事ができる。
暗緑色の鱗は身を隠すのに適しており、特に視認性の悪い薄暗い森の中強襲する走竜は、危険度が高い。
豊かな生態系が育まれたアマディ森林においては、上位の捕食者に位置している。
しかし、発見された走竜は抵抗する暇も術も無かったのか、打ち身と傷が全身に広がっており、腹部は食い千切られたのか内臓が飛び出した見るも無惨な有様だった。
「そう。俺らもよく見たなトレケトル。…まあ、ここまでされた様を見るのはそう無いが」
「これは…間違いなく、私達の探す生物の仕業と見ていいでしょうか」
「あぁ、間違いない。この森の食物連鎖の頂点の生物はトレケトルだ。それ以上強い奴は、この森には生息していないはずだ」
「そうですよね。…それにしてもこの光景」
「酷い有様だ」
カウス達が周囲をよく見渡すと、激しく争ったのか、周辺の木々はほぼ薙ぎ倒されており、余波で吹き飛ばされたのか、打ち付けられ息絶えた他の生物の死体も見える。
そして、この走竜の死体の有様からして、縄張り争い等ではなく、ほぼ一方的な暴力に近かったのは、目に見えて明らかだろう。
「さて。状況から察するに、近いなぁ。色々と暴れ散らかした奴は近くにいる」
「そうですね。…何がいるのでしょう、この先に」
「それは見てからじゃないと俺もわからんなぁ。わからんが…嫌な予感はしている。なんか嫌な予感が」
「警戒を怠るな。先に行くぞ」
一行はカゲアカリの照らす、惨劇の引き起こされた舞台を後にし、這い進んだ痕跡を急いで追って向かう。
蛇行跡はますます入り組み、複雑さを増しているが、ある一方向を示しているのに変わりはなかった。
蛇行跡の案内により辿り着いたのは、森林の中にある一つの泉だった。
その光景は、正しく絶景、と言うべきものだ。
淡い光を放つ菌類が何種も群生し、それらと共に何種ものカゲアカリの織り成す色鮮やかな光と、それを反射する静やかな水面は、筆舌に尽くし難い神秘さを演出する。状況が状況で無ければ、彼らもリラックスできたであろう。
「ここ知ってるぞ。俺ら、前に来たな」
「あぁ」
カウスとイロウルは、以前この場所が霊泉として紹介された際に訪れていた。何でも昔、この泉の水は美容や健康に良く、飲むだけで美しくなれると言われていた。流石にそのような効果はなかったが。
「きれいですね…」
「ここは色々と噂されてきたとこでな。本当はただの泉なんだが、まぁ奥まったところにあるし、景色がきれいだから呼ばれるのも無理はないな」
「カウスさんもイロウルさんも、覚えていなかったんですか?この道すがらの光景」
「逆側から来たんだっけな…?如何せん、かなり前の記憶だから流石に忘れてんだよなぁ。景色も変わらんし」
懐かしさに触れ、思い出話を少しばかし広げているイロウルとオルマを、カウスが現実へと引き戻す。
「おい」
「あれを見ろ」
カウスの示した先。
幻想的な光景の中横たわり眠るそれ
の姿を見た彼らは、あまりの異質さに絶句する。
「なっ…こ、こいつは…!?何故ここにいるんだ!?」
泉で眠る者。
それは、砂漠に生息する暴君として名高い生物、そして本来であれば、ここで見つかるはずのない。見つかってはいけない生物。
貪酸蚓ハミドゥーダの姿であった。