2 林の先へ
アマディ林の気候は過ごしやすい温暖で、安全な生物や有益な植物が多く生息している。
傷の治りによく効く薬効草や、成分の効果を高める作用のある草、美味なキノコも生えており、特にこの地域のみに自生する〈ミワクタケ〉はその美しさと味の良さ、芳しい香りから、高級食材として扱われている。
勿論食用に向かない毒キノコも生えているが、こちらはこちらで冒険者が戦闘に扱う事が多い。
麗らかな気候の中、二人と一匹は昼食を取り終えると、林の奥へと進む。
「この辺にも死体を置いておくか」
「かなり広い範囲に置いてますけど、撒き餌ですか?」
「流石に餌として役には立たんな。ま、村に被害が行かない為の撒き餌って意味なら合ってはいるな」
野生生物の中には、一度仕留めても捕食しきれず、そのまま残す場合もある。
これは縄張りの主張という場合もあるが、特に残った餌の匂いを頼りに、再びそこで狩りを行う、狩り場の把握の意味合いが大きい。
要は、死体丸ごとを持ち帰ってしまうと、匂いを辿り町や村に襲撃に来る可能性が出るので、冒険者間では残された死体は丸ごと持ち帰らず、素材を少しいただく程度にするのが暗黙の了解である。
「ま、冒険者じゃなきゃ生態なんて知らなくても仕方ないからな」
「持って帰っちゃいますもんね。変なのあると」
雑談を挟みつつも、痕跡を探って林の中を巡る。
しかし今日という日は大変に天気も良く、涼しい北風も吹き過ごしやすい天候であった。
「これ危ないなぁ。まーじでこれ気抜けるぞ」
「俺眠いんだが」
「わかる。俺もそこそこ眠い」
「だめですよーのんびりしてたら…ってうわぁ!?」
突然、オルマが地面の溝に引っかかり転倒する。
幸いすぐに受け身を取ったので怪我はなかった。
「オルマ、お前一番気抜けてない?大丈夫?」
「だ、大丈夫…じゃないかもです…。えへへ…」
「まぁ気持ちはわかるが…ん?」
「…?どうしましたか?」
「いや、この溝やたらとデカイなと思って。それに、やたらめったらぐねぐねしてる」
オルマが転んだ溝は人一人が入れるほどに広く、そして何かに悶え苦しむかのように、酷く蛇行している。
林の奥へとそれは続いており、木々が薙ぎ倒されている光景も目に映る。
「この溝、蛇竜種か?それとも大蛇種?どちらにしても大型だな」
「でも、それだと死体は残らないはずです。蛇竜種も大蛇種も、どちらも獲物は丸呑みするはずです」
「あぁそうか。となると…ってカウス?あいつ先に行きすぎだろ」
カウスは二人を置いて、倒木を既に調べ始めていた。
それは他の倒木にと比べ、大きく円柱型に削られた、不自然な形をしている。
「置いてくなよお前。何かわかったか?」
「わかった。が、これ見て考えろ自分で」
「んな事してる場合じゃねえのわかんねえのか…!!」
「考えないと馬鹿になるぞ?いいのか?」
「だーっ!!もうめんどくせぇな!!さっさと教えろや!!!!鬱陶しい!!!!」
「あの、ちょっといいですか…?」
オルマが相変わらず口喧嘩をする二人を静止して口を開いた。
「どちらの種も基本は肉食…。倒木を食べる種は確認されてないはずです。それに」
続けて、倒木をナイフで軽く削って示す。
「蛇種はこんなきれいに円柱型にくり抜ける顎の構造はしてませんし、仮に出来たとしてもこうなるはずです。あと、そこまで強い顎の力は無いかなーって」
言い終えるや否や、カウスは無言でオルマのもとへ行く。
「流石オルマ。あのちんちくりんとは違う」
オルマを優しく撫で回す。彼女も嫌がらずにえへへと笑顔になる。
「だーれがちんちくりんじゃ…!?適当なこと言ってんじゃねえよボケナスがぁ…!!?オルマも…!…まぁ、賢いからいいか…うん…」
「あんまキレると体に悪いぞ」
「てめえのせいだわ!!!!」
「お、落ち着いて…。一応ここ、奥地ですから…」
「ん?…うわ、ほんとだ」
気が付けば一行は、すでに林の奥深くまで来ていた。
その光景はもはや林よりも森に近く、鬱蒼と茂る木々には、昼頃感じられた陽気さは微塵にもない。
時刻はすでに夕方。太陽も傾きかけており、それがより、森を不気味に演出している。
「時間も時間だしな。一旦戻るか」
そうイロウルが提案する。さすがに見知っている土地とはいえ、何らかの異変が起こっている地での長居は相応にリスクが伴う。
一行が来た道を戻ろうとした時、ふとオルマがあるものに気が付く。
「これは…?」
明らかにこの近辺の土とは違う、粘液性の何かによって摘まめるほどの大きさに固められた泥玉だった。
サイズこそ小さいが、通常サイズのミミズが生み出すものにしては大きすぎる。
「オルマー?ついて来いよちゃんと」
「あ、はい!今行きます!」
さっとそれを拾い上げ、ポーチ内にしまい込んで二人の後を追う。
「なんかあったか?」
「えぇっと…。晩御飯食べた後に、伝えますね」
「?まあいいが…」
結局寄り道もしつつ痕跡を探したが、残念ながら村の付近にそれらしい痕跡は見つからず、ひとまず一行は帰路についた。
宿は役場庁舎のすぐ近く、小さめの宿ではあるが別段不便ではない。
夕飯を終え、イロウルとオルマは向かい合うようにして座っている。
カウスはすでに床に就いているが、なぜか二人の方をずっと見ている。
「布団からこっち見るのやめない?怖いよ?それ普通なら」
「気にすんな」
「気になるんだよな…。まあいい。で、オルマ。話ってなんだ?」
「これのことです。帰り際に拾ったものです」
オルマは先ほど拾った泥玉を取り出し、机の上に置く。
「なんだこれ。泥?」
「これなんですけど…」
オルマが口を開くと同時に、カウスも床から這い出る。
そして、こう言った。
「本来ならここで見つかってはいけないような、物なんじゃないかなって」