1 禍乱の痕跡
よく晴れた一日。
二人と一匹の冒険者は、小さな村「アマディ」に滞在していた。
理由は簡単。疲れたから休憩するため。
この村は林の近くにあり、特に危険な生物のいないこの地は心地の良い木漏れ日と木々の音による森林浴が癒やされると、一部の冒険者間では密かに話題になっている。
彼らもそれ狙いだったのだが、困った事にその林にある問題が発生したらしい。
「異常な発見、報告が多いと?」
「はい。ご存知の通りこの辺りには、それほど危険な生物は住んでいないはずなんです。」
「たしかにリフレッシュスポットとしてちょっとした人気場所だからなぁここ。なのに…これか。」
ギルドが併設されている役場の奥に、証拠として並べられた脚や頭を欠損した数々の無惨な亡骸。
危険な生物が生息していない地域からは、このような死体が出来る事は、まずない。
「普通ありえないなこれ。狼だってそう食い荒らさんぞ?」
「生息域から外れた生物の仕業、ですかね」
「こちらでも、おおかたそう推測しています。危険な生物が潜んでいる可能性もあり、皆様のような腕の立つ冒険者の方が手伝っていただければ、幸いなのですが…」
「俺は構わないが。カウスにオルマ、この後予定あったっけ?」
「ない」
「私は、困ってる人達を放っておけないです!」
「との事だ。断る理由もないし受けるよ」
「ありがとうございます!宿等はこちらでご用意しますので、皆様はどうか、よろしくおねがいしますね」
「はいよ!イロウル様一行に任せておけば、どんな依頼だって百人力っても「ところでその遺体だが、よく見せてもらえるか」
「被せんなよお前さぁ!!今決めゼリフ言ってんだろ!!」
「長えんだよ」
「我慢しろよそんぐらいさぁ!!」
「あの、ここ役場だから…」
イロウルとカウスの二人は、町役場であるという事すら忘れて口喧嘩をし始める。
とはいえ、彼らはいつもこんなだ。
余計な事ばかり言うのがカウス・イルジェーシオ。竜人族の男性で、弓を得物とし、言動とはかけ離れた実力を有し、頭はキレるが態度も口も悪い。
隣でキレているのが、魔物のイロウル。スライム状の身体と、竜の翼と黒い角、群青色の爪、比較的長い尾を有する。実力は本物だが悲しいかな、お調子者。
そんな彼らに振り回される少女が、オルマ・イル・アミドルーク。2年前に冒険者となったばかりなので経験は少ないが、才能を見込まれ強引にカウスと共に旅をすることになった。
さて、そんな下らない口喧嘩を、人の集まる役場でしているので、他の用事で来ていた村民から、とても冷ややかな目つきで見られてしまった。
「あ…。すみませんね」
「ベラベラ喋るからそうな
「カウスさんも!ですよ!!」
「…」
「あ、あの…痕跡の確認とおっしゃってましたが…?」
「え?あ、あぁごめんなさい!すぐ行きます!!行きますよカウスさん!イロウルさん!!」
「「…へい」」
年下の少女に説教され、虫の居所が悪いながらも二人と一匹は、役場ギルドに集められた亡骸の痕跡を見る。
「こちらです。お二人は慣れてらっしゃるとお思いですがオルマさんは…」
「大丈夫です。…慣れてはいませんけども」
ギルド職員が気を使うほどに、その亡骸は凄惨極まる形相のものしかない。どれも死に際は、悲惨なものだったと想像に難くない。
頭が食い千切られたもの。
逆に頭だけが、無惨にも残されたもの。
胴体が半分近く食い千切られ、臓器の一部が露出してしまっているもの。
おおよそ、元の形状を保ってると言えるものはこの中に存在しなかった。
「…ひどい、ですね。改めて近くで見ると」
「あぁ。これは中々に…」
「少し近くで見る」
カウスは、遺体の千切られた肉片を手でそっと撫でる。
指先には血液が付着し、それをサッと腰につけた試験管の中に入れる。
「血がつく、という事はまだ日が経ってないな。」
「放っておけば腐るからな。死体は」
「そういうことじゃねえよバカ。
なぁ、職員。この死体は今日運ばれたものか?」
「ええ。本日の早朝に"また"見つかりまして…」
"また"。職員はそう、確実に言った。つまり。
「"また"?俺らが来る前にも何回もあったのか?」
「…3日連続です。今日で。」
3日。二人と一匹は顔を合わせる。
すでに謎の生物出現という異変が発生してから3日間もの間、この村は奇跡的にもその生物の歯牙から免れてきた。
しかしその奇跡が、いつまで続くかわかったものではないし、何よりその未確認の生物が、人だけは襲わない。そんな都合の良いことは到底考えられない。
「幸いまだ人の負傷者は出ていませんが…」
「時間の問題だな」
とも決まればやる事は一つ。この痕跡を頼りに生物を探し出し、場合によっては仕留める。
「オルマ、歯型から生物の特定は出来るか?」
「難しいですね…。私の知識不足もありますが、遺体が原型をあまり留めてないから、歯型も見つからなくて」
「んー、やっぱ最短ルートはいつでも難しいか。仕方ない、地道にやるしかねえな!」
イロウルは準備運動の如くその場でくるりと一回転し、声高らかに言う。
「俺ら3人は今から林に向かう。職員、しばらく林への立ち入りを禁止して、厳戒態勢を敷いてくれ!出来れば近くの冒険者を集めるために、発煙筒も頼む!」
「死体はこちらで預かりますね。匂いを辿ってここに来る危険もありますので」
「腐るしな」
「もういいから!腐るの好きなのかよ!」
「臭いから嫌いだが」
「…あぁそうかよ。腹立つなぁ!!戦う前から疲れるわ!!畜生!!」
「…もう。それじゃあ職員さん、お願いしますね」
「お任せください。皆様もどうかお気をつけて」
「ありがとうございます!行ってきます…ってカウスさん!イロウルさん!口喧嘩するのはいいですけど置いてかないで〜!!!」
「に、賑やかですねえ…」
向かうは林地帯、怪しく蠢き、そこで待ち受けるものは何か。
「あっ!昼めし食ってねえじゃん!!」
「お腹すきました~」
先行きが不安である。
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