第9話 花嫁絶賛募集中?
「あはは、それは伯爵様もショックだったろうねぇ」
差し入れを持ってきてくれた村のおばさん達に、アデレードはカールの年齢を30歳くらいと言ってしまったことを説明すると、皆笑い出した。
「笑い事ではありませんわ、皆さま。私、伯爵を傷つけてしまったかしら……」
アデレードは頭を抱える。
これで……伯爵が会いに来てくれなくなったら、どうしよう。
「まぁ、大丈夫さ。伯爵は懐の広い方だからさ」
「でも、本当はいつくですの?」
「確か、24、25歳くらいじゃなかったねぇ」
アデレードが想像していたよりもずっと若い。それならアデレードの言葉に傷ついてもおかしくないかもしれない。
「伯爵は貫禄あるからね」
「風格もあるし」
「落ち着きもあるし」
「顔も強面だしねぇ」
おばさん達が口々に意見を出し始める。アデレードを慰めているのか、伯爵をいじっているのか分からない。
「でも、それでも結婚していてもおかしくない年齢ですわ」
「そうさねぇ」
「恋人や婚約者の方もいらっしゃらないの?」
「さぁ。あたしらにはそういうのは分からんけど、そういう話は聞かないし、そういう人も見たことないね」
「ま、探してないってことはないんじゃないかい」
「そうなんですか……」
アデレードは意外な気がした。
伯爵は貴族で地位もあるし、特別貧乏という訳でもなさそうで、性格だって素晴らしい方ですのに。その気になれば相手なんてすぐに見つかるはず。
見た目の問題なのかしら。背が高くてあまり表情が動かない方ですけど……やっぱり、あの頬の傷が原因……? 確かに、初めて見たら怖いかもしれない。とても優しい心の持ち主ですのに。
でも、あの傷一体どうしてついたのでしょう……。
彼女は王都での”リーフェンシュタール伯爵”についての噂を思い出す。口さがない人々は、あの風貌を見て、やれ山賊だの、犯罪者だの言っていた気がする。
それで女性達に敬遠されているのかしら。それなら何とも勿体ない話ですわ。
「伯爵様は慎重なのさ」
アデレードが考え込んでいると、差し入れを食べに来た職人が言った。
「慎重?」
「そうさ、リーフェンシュタール伯爵領はまぁほぼ山だ。都会の人が楽しめるような芝居も無いし、しかも冬になれば数ヶ月は雪で閉ざされるからどこへも行けんし。この別荘を建てた前の持ち主も結局都会へ帰ってしまったしなぁ」
「そうでしたの?」
アデレードの質問に住民達が思い出したように喋る。
「確か、都会の生活に嫌気が差してここへ来たとか言ってたねぇ」
「そうそう。静かに暮らしたいとか」
「その割には、楽団呼んだりとかお仲間呼んで随分派手な生活してたけど」
「でも、冬が終わったらすぐ出て行って、そのまま戻って来なかったわね」
「寒さに耐えられなかったのかしら」
「まぁ、そんなことが……」
アデレードは口に手を当てる。とはいえ彼女も他人事ではない。
ここで暮らすにはそれなりに覚悟がいるんだわ。それなら、伯爵が慎重なのも頷けます。貴族や富豪の娘なら誰でも良い訳ではないのですね。
「あたしらも伯爵に良い人が見つかると良いと思ってるよ」
「お嬢さんも貴族なんだろう? どうだい、伯爵のお嫁さんなんて」
「えぇっ!? わ、私なんてとてもっ……」
村人の冗談めいた言葉にアデレードは真っ赤になって、ぶんぶんと首を振った。
「リーフェンシュタール伯にはもっと立派な女性が似合うと思いますわ」
「そうかい? それは残念」
そう言って、村人達は笑いだした。
夕方、作業を終えた村人達を見送り、アデレードは家に入ってドアを閉める。広い屋敷には彼女と子犬のディマだけになった。
「伯爵は、24歳か25歳。私とは8、9歳差……そう別におかしい歳の差でもないですわね」
アデレードはポツリと呟く。そしてはっとした。
私ったら何言ってるのかしら。今は貴族ではなくただのアデレードですのに。
それに、それに……こんな悪評の着いた私が相手では伯爵の評価や評判に差し障りますわ。
そう思いながらも顔が赤くなるのは止められない。アデレードは火照った顔を隠すように、ディマを抱き上げてその背に顔を押し付ける。ディマはきょとんとした顔で、されるがままになっていた。