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第85話 先生の秘密

 真っ暗な森の中に1人立つアデレード。彼女は不安に苛まれながら、周囲を見回す。誰も居ない。しかしどこからか、白く光る刃がぬっと暗闇から現れて、彼女を斬ろうと刃を振り上げる。アデレードは悲鳴を上げようとした……。


「きゃっ」


 アデレードは目を覚まし、思わず起き上がる。


「夢……?」


 アデレードは激しい動悸を治めるように、深呼吸を繰り返す。そんな彼女の手を暖かい舌がぺろりと舐めた。


「ディマ」


 ベッドの際に前足を乗せて心配そうに主人を見上げる。アデレードは愛犬をぎゅっと抱きしめ、背中を撫でる。その温もりが彼女を安心させる。


「ここは……」


 アデレードは少し落ち着いて、部屋の中を見る。明らかに自分の部屋でないことは分かった。


 あの時、確か伯爵達が助けてくれたのですわ。


「ということは、ここはリーフェンシュタール家の邸宅」


 アデレードはベッドから降りて、部屋のドアをそっと開ける。長い廊下には誰もいない。


 勝手に出歩いても大丈夫かしら……。


 アデレードは躊躇ためらいつつ、ディマと一緒に部屋を出る。とはいえ、右へ行って良いやら、左へ行って良いやら分からない。アデレードが迷っているとディマが急に走り出した。


「あ、ちょっと、ディマ!」


 アデレードは慌てて愛犬の後を追う。彼はある部屋の前で止まり、ドアを前足でカリカリと引っ掻く。


「ディマ、ダメよ。ドアが傷ついてしまうでしょ」


 ワンとディマが吠えて、その場にお座りする。すると、ドアが開き、中からカールが顔を出した。


「フロイライン、起きたのだな。大丈夫か?」

「はい。伯爵」


 心配そうな表情のカールにアデレードは小さく頷いた。その横をディマがするりと通り抜け、部屋の中へ入って行ってしまう。


「ディマ!」


 アデレードが慌てて止めたが、間に合わなかった。


「すみません、伯爵」

「いや、良いさ。丁度良い、君も中へ入ってくれ」

「はい」


 カールに招かれ、アデレードは中へ入る。いつもの応接室よりも広く、それでいて木のぬくもりの感じられる調度類や暖炉の前のソファ、壁に掛けられたタペストリーを見るに、応接室よりももっと伯爵家の個人的な場所のように思われた。

 その部屋の中にはゲアハルトとラシッドがいて、近づいてきたディマを撫でている。


「お、お嬢ちゃん、起きたのか」

「すみませんでした、お嬢さん。危険な目に合わせてしまって」


 ゲアハルトは笑い、ラシッドは心底心苦しそうにアデレードを見る。


「どうしてラシッド先生が謝るのです?あの男達と先生に何の関係が……」


 アデレードは目を瞬かせる。


「今からそれをお話ししようと思っていたところです」

「フロイラインも座ってくれ」

「はい」


 ソファに座り、ラシッドが手を揉む。何から話そうかと思案しているのだ。


「遠い南の土地の話ですが……まず、私の母は王宮で侍女として働いておりましたが、ある日、大きなお腹を抱えて生家に戻って来ました。そして生まれたのが私です。母は私に事ある毎に、お前の父親は王様なんだよ、と言っていました」

「待って。それが本当なら普通は王宮かそれに近い邸宅で暮らすものではありませんの?いくら王妃の生んだ子では無いとしても」


 国王が王妃の他に愛妾を持つことは、どこの国でも別に珍しい話ではない。アデレードのもっともな疑問にラシッドも頷く。


「えぇ。ですから私も家族も、それは母が妊娠させた相手のことを隠すための方便だと思っていたのです。それで、私が7、8歳になる頃でしょうか、母にある貴族から結婚の申し出がありました。有難い話だということで、相手方に迷惑を掛ける訳にもいきませんから、私は家に残ることになりました」

「そんなっ……」


 アデレードは悲しそうな顔をし、カールも顔をしかめる。同じく親に捨てられた身としては思うところがあった。


「あぁ、いえ。そんな悲劇的な話ではないんですよ。私の方から残りたいと言ったんですから」


 ラシッドが慌てて手を振る。


「私には医者をしている伯父が居まして、結婚はしていたのですが子供はなく、伯父夫婦には小さい頃から実の子のように可愛がってもらっていました。それでしょっちゅう、伯父の診療所や研究室に遊びに行くようになっていたんです。ですから、貴族の家で優雅に暮らすよりも、医者になりたいと思ったんです」

「それで先生はお医者になったワケだな」

「はい。成人してからは医者として伯父の診療所を手伝っていました。そんなある日、国王が崩御なされたのです。それで、ここからが問題なのです」


 ラシッドは苦笑いを浮かべる。


「国王は有能な方だったそうですが、非常に、その、ある種の健啖家でして子供が50人以上いるというのです」

「ごじゅっ……えぇっ!」


 アデレードは思わず叫んでしまった。愛妾との間に子供がいることは珍しくないとはいえ、流石に多過ぎではないだろうか。


「それだけいれば、王位継承は揉めるだろうな。兄弟が2人いるだけでも、遺産で揉めることがあるのだから」


 カールは呆れたような顔になった。


「はい。それでも王妃との間に生まれた最初の子が優秀なら、多少の混乱はあっても、すぐに収まったでしょうが。その王子は国王の悪い所を煮詰めたような尊大で享楽的な人だったらしいのです。王子は自分が王位を確実にする為に、評判の良かった同腹の弟とその彼を押す家臣達を殺しました」

「……」


 ゲアハルトが思わず無言で天を仰いだ。


「えぇ、そうです。そこから泥沼の騒乱が始まりました。とはいえ、私にとっては権力争いなど遠い話で、関係ないものと思っておりました。ですが、ある時から診療所の近くを嗅ぎ回ったり、まるで監視するように見ている者達が現れて、ついに私に王位に興味はないかと聞いてきたのです」

「……母上の話は本当だったというわけだな」

「そうなります。話によると私は30から40番目の間くらいらしいですよ。ま、それは良いとして、私を担ぎ上げようとする者がいるなら、私を排除したい者もいるということです」

「あぶねぇな」

「えぇ。私以外にも伯父夫婦や診療所に来る街の人々にも害が及ぶ可能性がありました。そこで、私は都を脱出することに決めました。伯父や街の人の助けで、何とか殺される前に都を脱することが出来ました……で、流れ流れてここまで来たというわけです」

「先生、アンタもなかなかの苦労人だな」


 しみじみとゲアハルトが呟く。


「いえいえ、お恥ずかしい。しかし、見つかるとは思わなかったな……」


 ラシッドは困った表情になる。逃げるにしても、これより先には森の続く山脈しかない。


「山の中で熊相手に医者でもしますかね」

「先生ったら、そんな。ところで、シャリーマさんは先生の妹さんということですけれど、50人の子の1人ということですの?」

「いいえ。シャリーマは母と結婚相手との子です。時折、母は彼女を連れて遊びに来ていましたから、よく知っているのです。おそらく、彼女の父親が属する一派が私を担ぎ上げるのを諦めていないのでしょうね」


 ラシッドがため息を吐く。


「じゃ、あの黒ずくめの連中は、先生を消したい連中ってことだな」

「おそらく。シャリーマの後を着けてきたのでしょう。まぁ、どちらにしても全く無意味なことなんですけどね。私は会ったこともない父親の後を継ぐつもりもないし、騒乱の当事者になるなんて死にに行くような真似は御免です。混乱が長引くだけですから」

「先生……では、どうやって諦めさせるか、だな」


 カールがそう呟くと、きゅーっという音がどこからか聞こえてきた。アデレードが恥ずかしそうにお腹を押さえている。彼女の腹が鳴ったのだった。


 何でこんな時に鳴るの……私のバカ。


 それは朝、散歩に出て以来何も食べていないからだった。カール達が気の抜けたように微笑む。


「何か食べるものを用意しよう。お前も何か食べたいだろう?」


 カールは優しい眼差しでディマを見ると、彼はわんと元気良く鳴いた。


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