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第78話 祭り、そしてその後

 そして祭りの日、露店が並び人々が賑やかに行きかう。広場には設置された舞台の上で、領民達がめいめいに練習してきた楽器や歌、芝居を披露し、それを見物人が楽しそうに見ている。勿論、彼らの側にはビールやワイン、それに酒の肴が置いてあった。

 ブッフバルトは半ば強引にシュナイダーを連れて祭りへ繰り出す。アデレード達も仕事の合間に出店を覗いたり、舞台を見たりと、祭りを謳歌していた。

 そして陽が暮れ始めると、篝火かがりびが広場の方々で焚かれ、幻想的な趣になる。楽隊が楽器を鳴らし、陽気な音楽が流れ始めた。

 すると、村人達は好き勝手に踊り始める。手を取って夫婦で踊り出す者も居れば、一人で体を揺らす者も居る。ブッフバルトなど女性達に囲まれながらくるくると舞っていた。ディマも楽しそうに人々の周りを飛び跳ねる。それを微笑みながら座って見ていたアデレードを、メグが腕を引っ張って立ち上がらせる。


「お嬢さん、さぁ」

「えぇ、ちょっと……」


 アデレードは背中を押されて歩み出すと、目の前にカールが現れた。


「「あっ」」


 これはどう考えても、一緒に踊れということだろう。アデレードは動揺しながら言った。


「えっと……私こういう曲調のダンスは踊ったことがありませんの……」

「気にする事はないさ」


 カールはアデレードの右手を取り、そしてもう片方の手を彼女の腰に回す。アデレードの鼓動が早くなる。


「は、伯爵」

「細かいことは気にせず、楽しめば良い」


 カールは笑って、ステップを踏み出した。アデレードは彼の動きに合わせるように、慌てて足を運ぶ。


「伯爵、酔ってらっしゃいます?」


 彼らしからぬ行動の裏には酒が絡んでいると、アデレードは冬狩りの時に学んでいた。


「いや。少し飲んではいるが。それがどうかしたのか?」


 それでは、私はまた狐に騙されてるの?


 春先に、狐に騙されてカールとダンスする幻を見たことを思い出した。


「フロイライン?」

「いえ、ちょっと驚いただけですわ」


 アデレードは首を振った。

 たぶんこれは幻じゃない、けれど……。


「そうですわね。お祭りですもの、楽しまなきゃ!」


 アデレードはニコッと笑って、カールの手を握り返し、彼の肩に手を置く。そして、今度はアデレードが旋律に乗って、思い切り体を動かす。

 カールは一瞬驚きつつも彼女の動きに合わせる。夜遅くまで、2人は時にカールがリードし、時にアデレードがリードしながら、愉快に踊り続けた。




 次の日、まるで夢見心地でアデレードは目を覚ます。


 一生の思い出だわ。伯爵とあんな風に踊れるなんて。起きた今でも胸がどきどきしているわ。


 ふわふわした気持ちで、ディマの散歩に行き、そして朝食を給仕していると、ブッフバルトに何か含みのあるような笑みを向けられた。


「フロイライン、昨日はとても幸せそうでしたね~」


 その言葉に、シュナイダーも無言で頷く。アデレードは顔を赤くした。


「我々も、貴女に何だが活力を貰った気がします。そこでお願いなのですが」

「何でしょうか?」

「少し書きたい劇が出来ました。そこでしばらく、部屋に籠りたいのです。終わるまで、我々のことは構わないで下さい」

「でも、お食事は……」

「気が向いたら適当にやりますから、食堂にパンやハムでも置いておいて下さい」

「……分かりましたわ」


 アデレードは神妙に頷くと2人はそれぞれ部屋に戻っていった。


「ディマ、貴方も静かにしてなきゃダメよ」


 アデレードの言葉が分かったのか、愛犬は頭を上下に動かす。

 そして、一週間後の昼下がり、おもむろに部屋からブッフバルトが出てきた。


「貴女のお陰で、素晴らしい脚本が出来上がりましたよ、フロイライン!」


 そう言って、嬉しそうに出来上がった原稿をアデレードに渡す。中を開いて読むと、一人の猟師が恐ろしい人を喰う山の化け物と対決する話だった。


 ……あれ、この話、似たようなことを誰かから聞いた気がするわ。でも、それは化け物ではなくて、熊だったような……。


「って、これゲンさんのっ!」


 アデレードは思わず叫んでいた。

 私の話は?あれだけ、興味津々で聞いていたのに?


「えぇ。彼の語り口は素晴らしいですね。熊との緊迫のやり取り、彼の波乱万丈の半生、いやー一大スペクタクルですよ。あ、元々の話は熊でしたけど、そこは化け物に変えさせてもらいました」


 ……私、酔っ払いの与太話に負けたの?


 にこやかに話すブッフバルトに何故か謎の敗北感を覚えるアデレード。わなわな震えていると、丁度シュナイダーも部屋から出てきた。


「おー我が友!君も小説を書き上げたのかい?」


 ブッフバルトの問い掛けにシュナイダーは頷く。


「粗削りだがな。フロイラインも良かったら読んでみてくれ」


 アデレードはシュナイダーの原稿を受け取り、読み始める。


「……って、私死んでるっ!?」


 再びアデレードが叫んだ。

 シュナイダーの書いた話は、山奥の高級ホテルで、訳アリの客達と女主人と使用人達が繰り広げるミステリーであった。その冒頭、女主人が毒殺されるところから始まる。明かされる客達の秘密、鍵を握るメイド、そして犯人は山の崖に追い詰められ、自らが犯した罪を告白するのだった……。


「うむ、良い作品が書けた。礼を言うフロイライン」

「それは、どうも……」

「出来上がったら、ここへ贈ろう。そこへ本棚へ置いてくれ」

「あ、ありがとうございます」


 アデレードは何か釈然としないものを感じたが、素直に受け取ることにした。

 それから、彼らは2日ほど作品を書き上げた解放感を味わい、楽しみ、そしてリーフェンシュタール領から王都へ帰って行った。


「……何だかどっと疲れたわね。そうでしょ、ディマ」


 アデレードは迎えに来た馬車を見送りながら、呆然と呟いた。

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