第77話 芸術家の性
村の女性達に構ってもらって気が良くなったのか、ブッフバルトは次の日も朝食を取ってすぐ足取り軽く出かけて行った。
「フロイライン・アデレード」
食事を終えたシュナイダーがアデレードに声を掛ける。
「シュナイダーさん、どうされました?」
「談話室に置いてある本は、貴女が書いたものか?」
「民話集の方はそうです。山の方はマックス・ロイドさんという大学生がリーフェンシュタール伯と山に登ったときの紀行文ですわ」
「そうなのか」
「はい。それがどうかしました?」
「昨日、書き物の息抜きに読んだが、なかなか興味深かった。私も山に行ってみたい。案内出来るか?」
「……まさか、山頂まで行かれるおつもりですか?」
アデレードが困惑した顔で尋ねる。
「いや。日帰りで行ける範囲で良い」
「畏まりました。ですが私では不案内ですから、詳しい人に頼んでみます。猟師の方なら私よりずっと適任ですわ」
シュナイダーは頷いて出掛ける準備の為に部屋に戻っていった。アデレードはメグに頼んで手の空いている猟師を呼んできてもらう。その間に昼食用のパンやチーズを用意して、シュナイダーは出かけて行った。
アデレード達は掃除や洗濯、料理の仕込みなどホテルの仕事をこなして昼を過ぎた頃、ブッフバルトの方が戻ってきた。何故か手には山葡萄を盛った編み籠を持っている。
「ご婦人方からのご厚意です」
ニコニコと笑うブッフバルトに、アデレードは、紅茶を淹れるので、それを菓子代わりに屋外のテーブルで食べてはどうかと提案した。
「おー良いですね、それ。風も気持ち良いですし。フロイラインもどうです?一緒に」
「はぁ、では……」
正直、気はあまり進まなかったが、無下に断ることも出来ないので、ご相伴に預かることにした。ディマがアデレードの足元に来て寝だした。
「聞きましたよ、フロイライン。大変な目に遭ったそうで。ご家族から廃墟同然だったこの家に置き去りにされたとか」
ブッフバルトが山葡萄を房から一粒千切って口に入れる。まるで世間話でもする軽さだ。どうやら彼は村の女性達から、アデレードの身の上を聞きだしたようだ。
「えぇ、まぁ……でも、今は却ってこれで良かったと思っておりますの。例えばこれがマイヤール家の所領の邸宅にでも閉じ込められていたなら、今頃不満が溜まって、癇癪起こして爆発してたかもしれませんわ」
アデレードは苦笑いする。
「華やかな生活が恋しくはないのですか?貴女をここへ追いやった人々のことを恨まないのですか?」
「昔の生活を懐かしまない、と言ったら嘘になりますが、別に戻りたいとか誰かを恨んだりとかはありませんわ」
それは何故か。
「一度、死んだような身だからでしょうか。ここで新しく生まれ変わったというか……」
「ほほう。それはどういう?」
「私もそれなりには落ち込みましたの。それを伯爵と、ここの皆さんが救ってくれました。ですから、私はここで生きていくことを決めたのです」
「その辺り詳しく知りたいですね」
「そんなことを知ってどうしたいのです?まさか、劇にでもなさるの?」
好奇心に目を輝かせるブッフバルトを、アデレードは胡散臭そうな視線で睨む。
「はは、芸術家の悪い癖ですね。ついつい、ネタを探してしまう。でも、絶不調の天才を助けると思って教えて下さい」
お願い、とでも言うように上目遣いに言われて、アデレードはため息を吐いた。
この愛嬌と口の上手さが狡いわ、この人。きっとパトロン達もどこかの裕福な貴族や豪商の夫人ばかりなんじゃないかしら。
「ね、フロイライン?」
ブッフバルトがウィンクする。色男の、自分の強みを良くわかっている仕草だ。アデレードは断り切れなくて、今まで起きた事を話し始めた。
それが一段落した頃、アデレードの足元でゴロゴロしていたディマがおもむろに起き上がる。シュナイダーとその案内役の猟師が帰ってきた。
「おー、我が友よ。どこへ行っていたんだい?とても面白い話が聞けたのに」
ブッフバルトが立ち上がり、大袈裟に両手を広げた。
「そうか。こちらも色々収穫があった。世話になったな、猟師よ」
それだけ言って、シュナイダーはホテルの中へと入っていく。
「あぁ待ってくれよっ」
ブッフバルトも後を追っていってしまった。
「人の話を面白いってどういうつもりっ」
アデレードがぷりぷり怒っていると、シュナイダーを案内した猟師も困った顔をした。
「いやー、何か変わった人だったよ。毒のある植物やキノコを知りたがったり、やたら険しい崖を見たがったり」
「まぁ……」
そんなことを知ってどうするのかしら?不可解な人だわ、シュナイダーさん。芸術家って皆どこか変わっているみたいね。
「お嬢さんも大変だね」
「ホテルですもの、変なお客様も来ますわ。でも絶対乗り切ってみせます!」
そう決意を表明して、アデレードは勇ましく拳を握った。




