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第76話 ブッフバルトという男

 次の日も朝からブッフバルトはシュナイダー相手に嘆いていた。


「いいかい、あれは間違いなく傑作なんだ。野菜の精達の躍動する躍りの何と生き生きしたこと!海老の嘆きの歌なんて、とっても情感あふれていたと思わないかい?ああ、どうして理解されないかなぁ」


 野菜、海老……? 一体どんな歌劇を書いたのかしら?


 とりあえず、トンデモな内容だったのは間違いない。アデレードは給仕のため食堂と厨房の境目辺りに立ちながらブッフバルトの話を聞いていた。


 それにしても、ブッフバルトさんとシュナイダーさんって動と静って感じだけど、気が合うのかしら?


 アデレードは首を捻る。今も黙って彼はブッフバルトの詮無い言葉を聞きながら、朝食を取っている。


「時代が僕に追いついてないんだ。きっとそうだ。君もそう思うだろう? あぁ、何で僕はこんな時代に生まれてしまったんだっ」

「嘆いてもしょうがないだろう。その辺でも散歩してきたらどうだ」


 食事を食べ終えて、シュナイダーが不愛想に言い放つ。


「あぁ、君もそうやって僕を邪険にするんだ。無常だぁ」


 ブッフバルトはめそめそと泣き出す。そんな彼を見てシュナイダーはこれ見よがしにため息を吐いた。


「あぁっ、どうして私はここへ来てしまったんだ!」

「好きで来たんだろ。私は部屋で書き物をする」


 シュナイダーは席を立ち、そのままスタスタと食堂を出ていく。泣きながらそれを目で追っていたブッフバルトは、急にアデレードの方へ視線を向けた。完全にロックオンしている。アデレードは嫌な予感がした。


「え……」


 縋りつかんばかりの勢いで彼女に近づいて来たブッフバルトは芝居がかった仕草で胸を押さえる。


「何と酷い男でしょう。親友を置いていくなんて……そう思うでしょう? フロイライン」


 そう問われてもアデレードは何と答えて良いのか分からない。


「え、えーと……でも、不思議ですね。シュナイダーさんとブッフバルトさん、性格は全然違いますのに」

「えぇ。でも、彼は彼で大変なのですよ。新しい話を書いてくれと方々から圧を掛けられて。人々はとにかく、とやかく言うものですからね。彼なりに負担を感じているのです」

「そうでしたの……」


 つまり、べらべらと喋るブッフバルトの愚痴に中に、シュナイダーにとっても思い当たることがある、ということだろう。シュナイダーにとっては、目の前の彼は自分の意見を代弁してくれる存在なのかもしれない。


「えぇ。フロイライン、芸術家というのはかくも過酷な使命を背負っているのです」

「どうでしょう。シュナイダーさんの言う通り、散歩に出ては?部屋に閉じ籠っていては、体にも心にも毒ですわ。それに、何か良いアイデアが浮かぶかもしれませんでしょう?」

「あぁ、貴女までそんなっ」


 瞳を潤ませてアデレードを見つめる、ブッフバルトに彼女はつい言ってしまった。


「私が村の中でも案内しますから……」

「おぉ! フロイライン・アデレード、貴方は僕の女神だっ」

「……」


 そういう訳で、アデレードは愛犬のディマも一緒に連れて、ブッフバルトと村へ向かう。村では祭りの準備が進んでいた。広場の近くには女性達が集まっており、賑やかに何か話している。その内の一人がアデレード達に気付いて声を掛ける。ディマが嬉しそうに女性達に駆け寄り、撫でてもらう。


「あら、お嬢さん。隣の色男はお客さんかい?」

「はい。ブッフバルトさんとおっしゃる方で……」

「おぉ、麗しいお嬢さん方。僕はアマデウス・ブッフバルト。神に愛されし芸術家です」


 アデレードの言葉を遮るように、きらきらと瞳を輝かせてブッフバルトは女性達の前に立つ。女性達は目を点にして彼を見つめた後、愉快そうに笑い出した。


「あはは……お嬢さんって歳じゃないよ」

「そうそう。そんなお上品なもんかい」

「お客さん、面白い人だねぇ」

「芸術家って絵でも描いてるの?」

「いいえ、僕は音楽家です」


 アデレードはブッフバルトと村の女性達のやり取りを聞きながら、彼の変わり身の早さに唖然としていた。昨日からあれほど落ち込んでいたのに、女性達の前ではすこぶる楽しそうだ。


 こういう人を女好きっていうのかしら……?


「それで、皆さんは集まって何を?」

「今度の祭りの準備の飾り付けとか料理の相談だよ」

「お祭りがあるのですか?」

「あぁ、そうだよ。今建ててる舞台で芝居をしたり、出店が出たり、賑やかなもんさ。それに皆でダンスもしたりね」

「そうだ。お嬢さんも伯爵様と踊ったらどうだい?」

「えっ」


 いきなり話を振られてアデレードは驚く。


「おや、フロイライン・アデレードには恋のお相手がいらっしゃるのですか?」


 ブッフバルトがのりのりで聞いてくる。


「あぁ。ここの伯爵様だよ」

「私ら皆、お嬢さんと伯爵様がくっついたら良いと思ってるんだけどねぇ」

「あんたもそう思うだろう、ディマ」


 質問の内容を理解しているのかどうかは分からないが、ディマは元気よくわん、と鳴いた。


「もう、ディマったら……それに私はもうそんな身分ではありませんわ」


 アデレードは耳まで赤くしながら首を振った。


「ほほう。つまり身分違いの恋……道ならぬ相手……これは良いですよ、フロイライン・アデレード」


 ブッフバルトが興奮気味に頷く。


「別に、良いことはありませんけど……」


 半眼になってアデレードがブッフバルトを睨む。


「いやいや、劇の題材には持ってこいですよ」

「娯楽ではありませんわよっ」

「あはは、本当に面白いお人だね」

「折角だから、アプリコットでも食べていくかい?」

「えぇ、ぜひ」


 女性達の提案に、ブッフバルトは嬉しそうに頷いて一緒になって歩き出した。その様子にアデレードは頭を抱えた。



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