第69話 災い転じて……
カールは、子ども達からディマを預かり、ホテルまで連れて歩いていく。道中ディマはアデレードのことが気になるのか何度もチラチラと振り返った。
「伯爵っ!」
メグがドアを開け、カールが立っているのを見て驚いた。
「それに、ディマ?あの、お嬢さんは?」
そう問われて、カールはアデレードがラシッド医師の家で休んでいる経緯を話す。ディマその間に、するりと2人の間をすり抜け談話室に行き、窓の前に座って外をじっと見つめた。アデレードが帰ってくるまでそこにいるつもりだろう。
「そう言えば、昨日の夜、お酒のこと随分気にしてました、お嬢さん」
「今、フラウ・シュミットが滞在していると聞いたが、中へ入っても良いかね?」
「えっと、確認してみますね。お待ち下さい」
そう言ってメグが急いで食堂へ向かう。今、シュミット夫人は朝食を取り始めたところだ。戻ってきたメグが、どうぞ、と中へカールを招く。
「フラウ・シュミット」
食堂へ入りカールが声を掛けると、シュミット夫人も立ち上がって彼を迎えた。
「リーフェンシュタール伯、お久しぶりですわね。あの劇場でお会いして以来かしら?」
「そうですね。食事中にお邪魔して申し訳ない」
「いいえ。どうぞ伯爵、お座りになって」
カールとシュミット夫人は向かい合って座った。メグはカールに紅茶を振る舞う。
「驚きました。貴女がこんな辺境にいらっしゃるなんて」
「一度くらいは来てみたいと思っておりましたの。取引させて頂いてますし。ですから、仕事の骨休みついでに、ね」
「それで、いつまでこちらに?」
「そうですわね、あと数日は居るつもりですわ。そう言えば、フロイライン・マイヤールはどちらかしら?犬の散歩に行ってらっしゃると聞きましたけど」
「昨夜、貴女に言われたことを気にして、二日酔いで休んでますよ」
「え?」
「ホテルにある酒を全種類味見したそうで」
「まぁ!そうなの、ふふっ」
カールの話を聞いて、可笑しかったのか驚いた後、笑い出すシュミット夫人。
「笑いごとではありませんよ。あまり彼女を煽らないで下さい。こうと思ったら直ぐにやらずにはおれない性格なので」
「心配してらっしゃるのね、伯爵」
「別に心配というわけでは……」
シュミット夫人が面白いものを見たような、含みを持った笑みを見せるのとは対照的に、カールは苦虫を噛み潰したような表情になった。
「別に煽っているつもりは無かったのですけれど、気を付けますわね。フロイライン・マイヤールは伯爵の大事な人みたいですし」
「だから、別にそういうことではありませんよ……」
散々シュミット夫人に揶揄われて、疲労を感じながらカールはホテルから帰っていった。屋敷に着くと、カールは早速執事に、ある頼み事を言付けた。
数時間後、気分のだいぶ良くなったアデレードは、ラシッド医師に礼を言い、ホテルに戻ろうとしたとき、カールが再び医者の家にやってきた。
「伯爵」
アデレードとラシッドが目を丸くする。
「フロイライン、もう体調は良いのか?」
「はい。伯爵にもすっかりご迷惑をお掛けしてしまって……何か村に御用があったのでは?」
「いや、ただ様子を見に来ただけだから気にすることはない。それで、フロイライン。これを」
カールはそう言って、封筒を懐から取り出し、アデレードに渡す。
「これは?」
「中を見てくれ」
彼に促されて、アデレードが封筒の中に入っていた折られた紙を出し、開いた。
「それは、この前選んだ酒の味や風味、それに合う料理を簡単に書いたものだ。ホテルに置いてある多くの銘柄は、我が屋敷にも置いてあるからな。料理人や酒に詳しい者に聞いて纏めたものだ。何かの役には立つだろう」
やや気恥ずかしそうにカールは紙に書かれた事柄を説明する。
「伯爵っ……」
何故この方はこんなに、私が必要としていることをさらっとやってしまわれるのかしら。
アデレードは、カールの心遣いが嬉しくて、瞳を潤ませてカールを見つめる。
「フロイライン?」
「今すごく、伯爵に抱きつきたい気分ですわ」
感極まっておかしな発言をしたアデレードに、カールは怪訝な顔をして答える。
「……君はまだ酔いが抜けきっていないようだな」




