第63話 おかえりなさい
「伯爵がお帰りに?」
アデレードはその報せを聞いて、思わず顔が綻ぶ。
「良かったですね。お嬢さん」
「えっ、えぇ、そうね」
メグが主人の気持ちを察して、微笑む。
「もうすぐ馬車が到着するそうですから、見に行かれては?」
「でも、仕事が……」
「掃除も洗濯も私とクリスでやっておきますから、大丈夫です」
「そうかしら……」
メグの言葉に背中を押されて、アデレードはディマを連れて外に出る。村の道まで出ていくと、人々が集まり始めていた。
アデレードも一緒になって待っていると、来た来たと誰かが言い始めた。その直ぐ後に、蹄の音と車輪の回る音が聞こえてきた。アデレードは緊張と同時に胸が高鳴るのを感じる。それは音が近づいて来るにつれ、どんどん大きくなる。やがて、馬車の姿が見えてきた。
走る馬車に、集まった人々が口々に、伯爵お帰りなさい、と声を掛ける。通り過ぎる馬車の中に座るカールの横顔を見つめながら、アデレードもそっと、お帰りなさいと呟く。
彼の姿を見て、何だかとても安心するのを感じた。
「いやー、これで僕もようやく山頂まで登れますよ」
いつの間にか隣に来ていたマックスが嬉しそうに話し掛けてきた。その様子にアデレードが苦笑いする。
「まぁ、マックスさんったら気が早いですわね」
「フロイラインも伯爵に会いに行かれるのでしょう?」
「そうですわね。手紙のお礼を言いに行かねばいけませんもの」
とはいえ、帰って早々、会いに行っては却って迷惑になる。そう考えたアデレードは一週間ほどしたら、伺おうと決めた。
一方、カールは数ヶ月ぶりに所領の屋敷に帰ってきて、生き返る心地がした。王都の窮屈さに辟易していただけに、こののどかな光景は彼の心を解きほぐした。2日ほどゆっくり休んだ後、領主としての仕事を再開した。
執事から不在中に起きた事柄を聞く。
「あぁ、そういえば”あの”お嬢さんが、ついにホテルを始めたそうですよ」
執事がにこやかに告げる。
「フロイライン・アデレードが?」
「はい。それに何でも怪談話を集めている、とか」
「……何故?」
執事の意外な報告に、カールの頭には疑問符が浮かぶ。
「さぁ、それは分かりませんが。そうそう、ホテルには今ロイド家のお坊ちゃんが泊っているそうですよ」
「そうか」
「そのロイドさんから、面会の申し出が来ております。登山の計画を立てたいそうで」
「そのことか……」
カールはため息を吐いた。
「良いではありませんか。一緒に登って差し上げれば。その為に早めに戻られたのでしょう?」
「……」
カールは無言で額を押さえた。
そして一週間後、今度はアデレードがカールの元を訪れた。
「伯爵、お時間頂いてありがとう存じます」
応接室で待っていたアデレードが、部屋に入って来たカールを認め優雅に一礼する。
「フロイライン……」
顔を上げた彼女を見て、カールは思わず二の句を継ぐのを忘れた。銀髪を綺麗に結い上げ、華麗な刺繍の施されたブラウスに胴着とスカートを身に着けた彼女は、以前よりもずっと輝いて美しく見えた。目が離せないほどに。
「伯爵?」
アデレードは黙ってしまったカールに怪訝な顔をする。
「あ、いや……息災だったか?」
「はい。毎日忙しくしております」
「そうか」
カールは相好を崩す。
「それで、今日は何か気になることでもあったのか?」
「いえ。手紙のお礼を、と思いましたの。王子に渡して下さって、ありがとうございました」
「そのことか。気にすることはないさ。私は渡しただけだ。読んだかどうかは分からない」
「そんな……お届け頂いただけで充分です」
アデレードは小さく首を振った。
「そうだ。ついにホテルを開業したそうだな。マックスは迷惑を掛けていないか?」
「大丈夫です。マックスさんは良いお客様ですわ」
カールの言い草に彼女は思わず笑った。
「それに怪談話を集めているとも聞いたが」
「もう、どうしてそういう話になるのかしら……」
不満気にアデレードは口を尖らせる。
「私はここに伝わる民話や言い伝えを収集しているだけです。結果として、怖い話が多くなってしまっただけで」
「何故そんなことを?」
「ホテルの人に読んでもらおうと思いましたの。雨の日に山や川に行くわけにはいきませんでしょう?」
「確かにそうだな」
「伯爵にも、その内協力して頂きますからね」
そう言ってアデレードは悪戯っぽく微笑んだ。




