第62話 アデレード、怪談話を収集する
今日は生憎の雨だった。マックスはホテルに滞在して数日経つが、毎日あちこち歩いて、登山し易いルートを選定している際中だ。
先日は知り合った猟師達と一緒にフュンフドラーヒェン岳にある熱い水が出るところに連れていってもらっていた。
いやー、大地が白かったり黄色かったり、そこから熱い水や煙がそこら中から噴出してて、何かこの世のものとは思えない光景でしたよ、とはマックスの言である。
さらにその近くで、ゲアハルトが穴を掘って簡易的に作った湯船に浸かってきたらしく、ホテルに帰ってきた時には、何だか顔がツヤツヤしていて、血色も良くなっていた。
「いやー最高でしたよ、温泉は。何といっても大自然の中でお風呂を堪能出来るなんて感動です」
マックスの話を聞きながら、ゲンさんは本当に温泉が好きなのね、とアデレードは思った。
「でもこれでは、今日は行けませんわね」
朝食を出しながらアデレードが、申し訳なさそう言うと、マックスは苦笑いした。
「まぁ、こういう日もありますよ。今日は部屋で筋トレでもします」
「筋トレ?」
「えぇ。山に登るのには、体力も筋力も必要ですからね。常に鍛えてますよ」
彼は爽やかな笑顔で、パンを頬張る。
マックスが部屋に戻った後、アデレードはディマを撫でながら、談話室で窓から雨の降る外を眺める。
「確かに雨が降ると、やることがありませんわね。何か天気の悪い日にも楽しめるものがあると良いのですけれど……」
何も置いていない棚を眺める。
「本でもあれば、少しは楽しめるかしら?」
問題は、その本がここでは手に入らないことだ。
「それにどうせならば、ここでしか読めないような本を揃えたいですわね。リーフェンシュタール領の歴史や民間伝承が読めるような、ここのことを知ってもらえるような本を置きたいわ」
リーフェンシュタール家のお屋敷にそういったものがあるかしら。でも、それを持ってくる訳にもいきませんし……。
うーん、と悩んでいると、アデレードは以前狐に騙されるという不思議な体験をしたことを思い出した。
「あの話を残すのは恥ずかしいけれど、メグはその後言っていたわ。狐に騙される人はたくさんいるって。私が自分でそういう話を収集してみることから始めましょう」
そう思い立ちアデレードは自分の部屋から紙とペンを持ってくる。
「メグ!」
こうして彼女の民話収集が始まった。仕事の合間に村を回っては話を聞いて、記録を取っていく。
雪山で熊よりももっとずっと大きい生き物の足跡を見たとか、大男に遭遇したとか、山の中で知り合いに偶然会って話し込んでいたら、持ってきたパンをいつの間にか盗られていたとか、山で急に道が分からなくなって彷徨っていたら、とんでもなく大きな屋敷に辿り着いたとか、川のヌシを釣った釣り好きな翁の話などである。
基本的に話を聞かせてくれるのは、老人達だ。大人は家事や仕事に、子どもは親の手伝いや遊びで忙しく、自分達の話を聞いてくれない。そんな中でアデレードが話を聞きに来ると嬉々として昔話をしてくれた。
「お嬢ちゃん、何か怪談話集めてるんだって?」
お年寄りから農作業の休憩中に話を聞いていたら、ゲアハルトが猟で獲ってきた野ウサギをぶら下げて、アデレードのところへやってきた。
「怪談話ではありませんわ。民話や言い伝えなどを集めて本にしようと思ってますの」
「なるほどなぁ。じゃ、俺が一発面白い話をしてやるよ」
「……それって、酔っ払いの与太話ではなくて?」
アデレードは胡散臭そうな視線をゲアハルトに向ける。
「なかなか言うようになったな、お嬢ちゃん。身の毛もよだつ人喰い熊の話があるんだよ」
「その話、リーフェンシュタール領で起きたことですの?」
「まぁまぁ、細けぇことは気にすんなよ。あれは、暑苦しい夏のこと……」
そんな感じで集めた話を寝る前に清書する。
「あとは本として、形にするだけなのだけれど……」
ここにそんなことが出来る技術はないので、王都やどこかの都市で製本屋に仕上げてもらうしかない。
「困ったわね」
アデレードが頭を悩ませていると、メグが嬉しい報せを教えてくれた。
「お嬢さん、伯爵様がお戻りになるそうですよ!」




