第60話 カールからの手紙
アデレードはマックスから差し出された手紙を受け取る。今すぐにでも開けて読みたい衝動に駆られるが、仕事中なので必死に抑える。
「あ、フラウ・シュミットはとても綺麗な人で、あ、だからって伯爵は別に何もないですからね。仲は良さそうでしたけど」
「そう、ですの……」
「本当ですよっ」
何故か言い訳のようにシュミット夫人のことを説明するのを、アデレードは曖昧に相槌を打って答える。シュミット夫人がどうのこうのよりも、カールから手紙を貰ったという事実の方が遥かに嬉しい。
「あー君も大きくなったね、えーと……」
「ディマですわ」
マックスがアデレードの隣に立っている愛犬に視線を向ける。
「そうそう。前に会ったときはまだこんな子犬だったけど、ずいぶん大きくなったなぁ」
「私も驚いておりますの」
ディマはどうやら大型犬の子犬だったらしい。体高は50cmくらいになっているが、まだ大きくなりそうだ。
ただ性格は穏やかで甘えん坊なところもある。アデレードに危害を加えそうな者には襲い掛かる勇敢さと賢さも持ち合わせていた。
「立派な看板犬ですね。じゃ、僕は少し休ませてもらいますよ。長旅で疲れちゃって」
手紙を早く読みたいアデレードの気持ちを知ってか知らずか、マックスがのん気に伸びをする。
「えぇ、もちろん。ごゆっくり。夕食の頃に呼びに来ますわ」
アデレードは微笑んで一礼し、部屋を後にする。カウンターにいたメグに、部屋に居るから何かあったら呼んで欲しい、と言伝て階段を上がり、自室の机に座った。そして慎重に封筒を開ける。緊張した面持ちで手紙を読み始める。
拝啓、フロイライン・アデレード
この手紙は少々心許ないがマックスに託す。恐らく、フラウ・シュミットについてあれこれ言うだろうが、彼女はただの商人でリーフェンシュタール家と取引があるだけだ。勿論、その手腕と性格は尊敬出来る方だと思うが。それだけだから気にしないでくれ。
「まぁ、伯爵ったら。マックスさんにちょっと引き摺られてますわね」
と、本題から離れてしまった。フロイラインや領内の皆も元気で恙なく過ごしているだろうか。君から頼まれていた手紙は確かに渡した。
君が気になるかどうか分からないが、もし読みたくなければこの部分は飛ばしてくれ。エーリッヒ王子と恋人のフロイライン・イザベルのことだが、2人の状況は芳しくない。彼女は王や王妃から宮殿への出入りを認められていない上に、王子からもこれと言って何か宣言を出されているわけでもない。どうも、2人の間には何かあるのかもしれない。
「まぁ、そうなの……」
それと、どうも君と王子の婚約破棄の件に、サウザー公爵が一枚噛んでいたいたようだ。君の良からぬ噂を流して、王子に婚約破棄を促した張本人らしい。大方、マイヤール家の影響力を削ぎたかったのだろうが、本当にどうしようもない男だ。君には不快な話だったな。
フロイラインには、気にせず自分の望む道を進んで欲しい。私も近々、そちらに戻る。もし、それまでにマックスがおかしなことをしでかしたなら、言って欲しい。戻り次第、何とかしよう。
体に気をつけて、では。
敬具
「何とかしようって……」
カールの呆れ顔を思い出し、アデレードは苦笑する。王子のことも気にはかかるが、最早運命は分かれてしまった。彼女にはどうすることも出来ない、王子とイザベルの問題は、その2人の問題なのだ。それよりも。
「もうすぐお戻りになるのね、伯爵」
アデレードが手紙をそっと胸元に抱きしめる。心がぽっと暖かくなり、頬に赤みが差す。カールのことを想うだけで、こんなにも胸が高鳴る。
あぁ、早くお会いしたい。それまでにもっと成長した姿を見せられたら良いけれど。
「ねぇ、そう思うわよね。ディマ」
彼女と一緒に部屋に戻ってきて、隣で大人しく座っている愛犬に話し掛ける。わふ、とディマが返事をすると、アデレードは嬉しそうにぎゅっと彼の体を抱きしめた。




