第6話 そして始まる物語
「さぁ、戻ろう。皆が心配しているだろうからな」
「はい」
アデレードとカールが猟師小屋まで戻ってくると、そこに猟師が2人来ていた。1人は昨日カールと共に行動していた者だ。
「あぁ、伯爵。それにお嬢ちゃん。無事で何より」
「どうした? わざわざ迎えに来てくれたのか?」
「ま、それもありますがね。2人とも何も食べていないんじゃないかと思いまして」
「あっ」
「確かにな」
「ちょっと待ってて下さいよ。来るついでに茸や山菜を採ってきたんで」
そう言うと、猟師2人は焚火を起こし、小屋にあった鍋に汲んであった水を入れて火に掛ける。そこへ採ってきたばかりの茸や山菜、塩付けにした干し肉を入れて最後に乾燥させた香草を振りかけて煮立たせる。食欲を刺激する良い匂いがしてきた。
それを椀によそい、丸太にちょこんと座って待っているアデレードに渡す。
「熱いから気を付けてな」
アデレードは椀と匙を受け取り、そっと口に茸を入れる。口の中に干し肉から浸み出た旨味や弾力のある茸の風味豊かな味わいが広がる。
「美味しい」
アデレードは思わず感想を漏らしていた。こんなに食べ物を温かく、そして美味しく感じたことが今まであっただろうか。
私、生きてる。ううん、生かされてる。周りの人に、自然に。今までずっとそうだった。それに感謝したこともなかったし、気が付きもしなかったなんて……伯爵のおっしゃる通り、私は未熟な子どもだったんだわ。
「ありがとう、とっても美味しいですわ」
アデレードはそう言って、匙を口へ運ぶ。彼女のそばにいた子犬がワンと吠える。
「何だ、ワン公。腹減ってるのか。お前さんにはこれだ」
猟師の1人が干し肉を子犬の前にぽいっと投げた。尻尾を振り、子犬は喜んでその干し肉を嚙み始める。その様子が可笑しくて、アデレードはふふ、と笑った。
「フロイライン・マイヤール。少し元気になったようだな」
「あの、伯爵。そのフロイライン・マイヤール。というのは止めて下さい」
「?」
「私はもうマイヤール家の令嬢ではありませんわ。ただのアデレードです」
「フロイライン……」
そしてアデレードは恥ずかしそうに椀を差し出す。
「あの、もう一杯頂けません?」
麓に戻ると、心配していた村の住民達が山道の前に集まってきていた。その人々にアデレードは丁寧に頭を下げる。元々は躾に厳しい公爵家の令嬢なので、迷惑を掛けたこと、今まで色々と世話をしてもらったことを礼儀正しく感謝の意を述べた。
そんなアデレードの様子に住民は驚いたり、恥ずかしがったりしたが概ね喜んでくれた。伯爵と別れ、別荘に戻ったアデレードはふと自分の出で立ちが気になり、埃まみれの鏡を拭いて自分の姿を見た。
「まぁ、こんな酷い格好で伯爵にお会いしていたなんて……」
恥ずかしい。
何せ、髪はぼさぼさ、肌はぼろぼろ、服は夜着のままで山に登った所為で、裾は茶色く汚れていた。
「貴族としてより、人としてどうなのって姿ですわね。それにこの上着も返しにいかないといけませんし」
ちゃんとしなくては、とアデレードは気持ちを新たにした。
伯爵は私がもう十分罰を受けたとおっしゃってくれたけれど、ここで一生を静かに暮らすことが私に課せられた罰であり、せめてもの償いというもの。
「それにしたって、こっちもきちんと修繕しないといけませんわね」
何年も使われていない家の中は埃だらけだし、床や壁は剥がれたり腐っていたりで木材が欠けていたり脆くなっているところが何ヶ所もある。屋根や天井の傷みが激しい。
「私と同様にぼろぼろですわね。ねぇ、そう思うでしょ」
と、隣で鏡を不思議そうに見つめている子犬を抱き上げる。
「あなたの名前も考えなきゃ……そうね、ディマはどう? 私の好きなお芝居の主人公の名前よ」
わふ、とディマと名付けられた子犬が嬉しそうに鳴いた。
とりあえず第1章終わりました~。
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