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第56話 王子と伯爵 上

 サウザー公爵との一件からしばらく経った後、カールの姿は王都のとある屋敷にあった。


「謁見をお許し頂きありがとうございます、殿下」


 カールが居るのは、エーリッヒ王子の私的な別邸で、ここに彼の恋人、イザベルを住まわせていた。

 応接室に通され、そこで待っていた王子にカールは恭しく頭を垂れる。


「どうぞ、頭を上げて下さい。リーフェンシュタール伯爵」


 王子はやや戸惑ったように声を掛ける。今まで個人的には何の付き合いも無かったカールにいきなり面会を申し入れられ、驚いている。

 カールはゆっくりと頭を上げ、王子を見る。濃い金髪に明るい青い瞳、涼やかな顔立ち、すらりとした体形、優し気な雰囲気、まさしく女性の憧れる王子様そのものだ。


 フロイライン・アデレードが夢中になるのも、無理はないな。


「どうぞお座り下さい」


 王子がソファに座るように促す。カールと王子は向かい合う。


「それで、私的な用件ということですが、私にどのような御用が?」


 カールは王子の問い掛けに覚悟を決めたように、口を開く。


「殿下は、フロイライン・アデレード・フォン・マイヤールが今どうしているかご存じですか?」


 その名を聞いて、王子は少なからず動揺した。カールはその様子を冷静に見極める。アデレードから託された手紙を渡しても良いかどうかを。


「リーフェンシュタール伯爵家がなぜ彼女のことを?」


 王子が困惑した表情でカールを見る。その表情には、極端な怒りも憎しみも悲しみもない。ただ意外な人物から意外なことを聞かれ、意図を測りかねている感じだ。


「私は彼女と少し交流がありましてね」

「そうでしたか。それは知らなかったな。それで彼女は?」

「まぁ、元気でやっている、と思いますよ」

「それなら良いです」


 王子は関心が無さそうに言う。カールはその言い草に思わず、眉間を寄せる。


「殿下、それは余りに無責任な言い方ではありませんか?」

「伯爵……」

「元は貴方がしでかしたことですよ。フロイライン・アデレードが被った汚名は、本来なら貴方が被らなくてはならなかったもののはず」

「しかし、イザベル、私の恋人を公衆の面前で罵ったり、舞踏会で暴れたりしたのは彼女ですよ」

「そうなる前に、殿下は諫めることが出来るお立場だったでしょう。なぜ、そうなさらなかったのですか?」


 カールのやや怒りの籠った声に王子も熱くなる。


「フロイライン・アデレードの方も、私を裏切っていたのですよっ」


 王子は立ち上がり、暖炉の上のマントルピースに手を掛ける。


「どういうことです?」

「彼女は、ウルリッヒと人目を忍んで逢引きを繰り返していたのです」

「ウルリッヒ……サウザー公爵のことですか? フロイライン・アデレードと?」 


 カールは険のある表情で王子を見る。


 ”私はあの方、大嫌い”、フロイライン・アデレードは確かにそう言っていた。そんな2人が親密だったとはとても考えられん。それにもし、密会が事実だったとしたら、王子に婚約破棄されて自殺まで考えるだろうか……。私はフロイラインの言葉を信じる。


「……まさか、本気でそれを信じたわけではありますまい。私よりも2人と付き合いが長い貴方なら、そんなことは有り得ないと分かっていたはずだ」

「しかし、ウルリッヒがそう……」

「彼がどんな人物かは、よくご存じでしょう?」

「幼い頃から彼のことはよく知っています! 昔はウルリッヒもあんな風では無かった……」


 王子は苦悩に満ちた表情で、マントルピースを叩く。


「貴方は、彼の言葉を都合良く信じた……そうなんですね? フロイライン・アデレードを捨てる口実に。だから、彼女がどんな問題を起こそうとも止めなかった。批判の矢面に立たなければいけないのは貴方だったのに。いや、むしろサウザー公爵と組んで、彼女がそういう行動を取るように追いやったのではありませんか?」

「決してそんなことはっ……」


 顔を赤くして否定した後、王子は頭を軽く振った。


「……分かって下さいとは言いませんが、私はイザベルを守りたかったのです」


 それでは余りにも、フロイライン・アデレードが哀れではないか。彼女を犠牲にして、非難の目を恋人から逸らそうとしたのか? あんなにフロイラインは王子を慕っていたのに。意気地のないこの王子の為に、彼女があんなに傷つく必要など無かったはずだ。


 カールは内側から湧き上がる怒りを抑えながら、立ち上がった。



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