第52話 新たな仲間
「それじゃ、行ってくるわね」
メグにそう言って、アデレードはディマの朝の散歩に出かける。標高の低いところではすっかり雪も無くなり、新緑が芽生え始めていた。
「なーに、ディマ。今日は山の方へ行きたいの?」
嬉しそうにディマが駆けていく。雪がないので山に行っても大丈夫だろう。山の森を南へ行くと開けた場所に出る。放牧場だ。そこを走り回るのがディマのお気に入りだった。
伯爵は今頃どうしていらっしゃるのかしら……。
ぼんやり考えて歩いていると、ディマがどんどん先へ行ってしまう。
「あぁ、ディマったら待って!」
アデレードが後を追おうとすると、生え始めた草の隙間からよろよろと何かが歩み出てきた。びっくりして、アデレードがそちらを凝視すると、それは痩せて汚れてぼろぼろの狐だった。餌を食べていないのか、狼にでも襲われたのだろうか。
「あら……」
その狐はアデレードに気が付かないのか、ふらふらと近づいて来た。
警戒心を忘れるほど衰弱しているのかしら?
「えーと、食べ物くらいならあるけれど……」
ディマのおやつ用に持ってきていた干し肉を幾つか千切って、その狐の前にそっと撒いた。たぶん、気が付いて食べてくれるだろう。アデレードはその狐を一瞥し、ディマを追いかけた。
「狐におやつあげたって言ったら伯爵はなんて言うかしら……って私ったら何言ってるの。今は王都にいらっしゃるのに」
アデレードは自分の発言に思わず苦笑いしてしまう。そして上を見上げて、少し切ない顔になった。見えるのは木々の合間から顔を覗かせる、雪を被った山だけ。
次帰ってくる時は婚約者と一緒かしら……。
そう思うと胸がきゅっと締め付けられる。
「もしそうなったら喜ばしいことよ。アデレード、しっかりしなさい」
自分に言い聞かせて首をぶんぶんと振り、放牧場に足早に向かう。
ディマを思う存分走らせ、散歩からの帰りに同じところを通ると、干し肉が綺麗に無くなっていた。アデレードは微笑んで家路を進んでいく。
家の見えるところまで戻ってくると、庭にメグと以前助けた青年クリスとその祖父母が立っていた。
「あ、お嬢さん。丁度良かった」
メグは安心したようにアデレードに声を掛ける。
「あら、どうしたの?」
「お嬢さん、俺をここで働かせて下さい!」
小走りで近づいてきたアデレードに、クリスがばっと地面に手を突く。
「ちょ、ちょっと……」
クリスの行動と言動にアデレードは戸惑うが、とりあえず、クリスを立たせて祖父母と共に家に招く。食堂で紅茶を振る舞いながら話を聞く。
「一体なんで急にここで働きたいなんて、村の方で何かありましたの?」
「いや、そうじゃないんです。祖父母も親戚も皆良くしてくれてます。ただ、ずっとお二人に世話になっていたのに、何の恩返しもしていないのが気になっていて……そんなのは任侠に悖りますから」
「にんきょう?」
聞きなれない言葉にアデレードは首を傾げる。
「それで、皆に相談して、お願いしようって決めたんです」
「よろしくお願いします」
クリスの祖父母も神妙な顔で頭を下げる。アデレードとメグは困ったように顔を見合わせた。
「今、ここでやってもらう仕事なんて、薪割りや雑草の刈取りくらいの雑用しかありませんけど、よろしいの?」
「はい! 何でもやりますっ」
真剣な面持ちでクリスは頷く。
「それなら良いわ。よろしくね、クリス」
こうしてクリスは北の村から通いでアデレードの家の手伝いをすることになった。




