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第51話 しばしのお別れ

「フロイライン・アデレードが訪ねてきた?」


 執務室にいたカールは部下の報告に、思わず怪訝な顔になる。


「はい。応接室にお通ししております」

「分かった。会おう」


 カールは立ち上がり部屋を出て、我知らず早足で応接室へ向かう。ドアをノックして中へ入ると、高齢の執事が彼女に紅茶を出しているところだった。アデレードはカールが入って来るのを見て、立ち上がろうとしたが、彼が手で制し、対面に座った。


「ごゆっくり」


 カールにも紅茶を淹れ、執事は意味ありげな視線を主人に送り微笑んで出て行った。カールはそれを一睨みして見送る。


「伯爵、突然訪ねて来てしまって申し訳ございません」

「いや、しかし何かまた面倒事でも起きたのか?」

「それでは、私がいつも何か問題起こしているみたいではありませんか」


 アデレードが不満顔になる。


「まぁ、そう捉えることも出来るな」

「まぁっ」

「いえ、何があったという訳ではないのですけれど……」


 戸惑いを見せるアデレードにカールは話すまで待つことにした。その間にディマが尻尾を振ってカールの膝に頭を乗せて、上目遣いにカールを見つめる。カールは笑ってその頭を撫でてやる。


「その、伯爵に頼みというか、お願いがありますの」

「お願い?」

「はい。その手紙を届けて頂きたいのです。でも、やはり伯爵にこのような頼み事、おかしいですわね」


 アデレードは視線を外し、辛そうに遠くを見る。


「いや、そんなことはないが、だが誰に?」

「……エーリッヒ王子とその恋人にです」

「!」


 カールの顔に驚きと衝撃が広がり、ディマを撫でていた手が止まった。


「なぜ急に……」


 やはり王子が恋しくなったか、それとも帰りたくなったか……。


 カールの中に不安が渦巻き、アデレードは困ったように笑う。


「急、というわけではないのですが、出す勇気が無かったのです。単なる謝罪の手紙なのですけれど」

「謝罪の?」

「はい。私がしでかしたことへの謝罪の手紙です。ですが、両親に送るものとは訳が違いますもの、なかなか出せなかったのです」

「それは、そうだな」


 カールは手紙の内容を聞いて安堵した。そしてそのことに多少なりとも困惑を覚える。


「それで私に手紙を?」

「はい。伯爵にこんなお願いはご迷惑とは存じておりますが……もし、王子に会う機会があって、私の名を聞いても気分が悪くなったり、著しく嫌な顔をなさらなかったなら、この手紙をお渡しして頂けませんか?」


 そう言ってアデレードは机に手紙を置く。


「フロイライン……」

「もし、伯爵から見て渡すのを躊躇ためらうほど私のことを嫌がっていらっしゃるようなら、この手紙は破るなり燃やすなりして捨てて下さい。謝って楽になりたいのは、私の気持ちであって、王子が許さないと考えておられるなら、それは当然のことですもの」

「……分かった。預かっておこう」

「ありがとうございます、伯爵」


 アデレードはほっとしたように微笑む。


「感謝するのはまだ早いぞ。渡せるかどうかは分からないのだから」

「いえ、そんな。これは私の我儘ですもの……伯爵に本当に何かお返しが出来れば良いのですけれど」

「気にすることはないと言っているだろう。それで、改装の方は進んでいるのか?」


 カールは話題を転じ、再びディマを撫で始める。


「はい! そうですわ、絵を飾ろうと思ってテッドに依頼をしたのですわ。それに……」


 先ほどの痛切な感じから打って変わって、アデレードは楽しそうに話し始める。カールはそれを優しい眼差しで聞く。


 フロイライン・アデレードは生き生きしている今の方がずっと魅力的だ。切ない表情など似合わない。





 その数日後、ついにカールが王都に向けて旅立つときが来た。村人達が伯爵の乗る馬車を見送っている。アデレードもその中に混じっていた。馬車の中にカールの姿が見える。彼の方もアデレードの姿に気付き、小さく頷いた。村の住民達がその様子を見て口々に小声で話し合う。


「伯爵様は、社交界で結婚相手をお探しになるんだろう?」

「探さなくても近くに居るのにねぇ」

「お嬢さんと伯爵様お似合いなのに……」


 そんな風に噂されているとも知らず、カールを乗せた馬車は粛々と王都へ向けて進んでいった。






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