第47話 猟師と医者の謀りごと 下
「……まさか、本当に逃げ出すとはな」
カールが呆れたように呟く。アデレードの家に再び集まったアデレード、メグ、カール、ラシッド、ゲアハルトとメグの父親が食堂で紅茶を飲んでいる。メグの父親は、案内をかって出た猟師だった。
「俺はとりあえず、動物に襲われたように見せかけるだけのつもりだったんだけどな。先生がそれだけじゃ不十分だって言うから」
ゲアハルトは苦笑いした。昨日、カールが屋敷に男達を足止めしている間に、猟師達でクリスが襲われたように偽装工作していたのだ。当の本人はこの家の客室で保護されている。
「彼らは体中から麻薬の匂いを漂わせるほど常用している人達ですから、きっと今日もやってるだろうと思いまして。麻薬というのは、幻覚作用の他に気持ちを増幅させる効果もあります。ですから、不安を煽ってみれば、勝手に見えないものを見てくれると思ったわけです」
実のところ彼らが見た蛇はただの地面に落ちていた木の枝だったし、不気味な声と思われたものも鹿や野鳥の鳴き声だ。山では別段珍しくない。黒い塊に至ってはただ薄暗い森の影だった。
「正直、こんなに上手くいくとは思いませんでしたが。これもメグさんのお父上の名演技のお陰ですね」
「えっ、そんなことないですよ。先生の言われた通りに言っただけで」
メグの父親は恥ずかしそう首を振った。ゲアハルトは男の一人に顔を知られているので、代わりに案内役を頼んだのだ。
「これで一件落着ですの?」
「まぁ、連中が戻ってくることはあるまい……が、またリーフェンシュタール領について変な噂を流されるな」
アデレードの質問にカールは渋い顔になった。
紅茶を飲み終え、カールが家を辞するとき不安げなアデレードに呼び止められた。
「あの、伯爵」
「どうした、フロイライン?」
「麻薬は確かに醜聞ですけど、それだけでこんなに執拗に追うものでしょうか……」
遊び半分で麻薬に手を出す貴族というのは昔から存在している。個人的に楽しむだけなら、お目こぼししてもらっている状態だ。しかも、現在のサウザー公爵は評判が悪い。
「今更、麻薬の問題が浮上したからといって、公然の秘密として処理されるだけだと思うのです」
「それは私も気になっていた。だが、それはサウザー家の問題だ。我々が口を出せる問題ではない。それにラシッド先生が言っていたが、麻薬依存は治らない病のようなものだと。それなら、彼自身が破綻するのも、そう遠くはあるまい」
「それは、そうかもしれませんけど。あんな人が国の中央で大きな顔してると思うと……」
「王子が心配か?」
「えっ?」
カールの意外な問い掛けに、アデレードは咄嗟に言葉が出なかった。
「……いや、何でもない。私も近々王都へ行く。社交シーズンが始まるからな。少し気にしておこう」
「伯爵、私はっ」
「また何か有ったら報せてくれ」
カールは強引に会話を切り、アデレードの家を後にした。
フロイライン・アデレードが王子の事を案ずるのは別に不思議なことではない。婚約者だったわけだし、もともと仲が悪かったわけでない。
それなのに…。
なぜ、こんなにもやもした気持ちになるのだろう。




