第42話 行き倒れた男
春が来た3月のある日の、闇が一番深い夜明け前のことだった。
ディマが唐突に目を覚ました。伏せていた顔を上げ、耳をすまし、くんくんと匂いを嗅ぐ。丸めていた体を起こし、アデレードの顔を鼻で揺らした。
「うん……もう、朝?」
アデレードが眠そうに眉根を寄せながら、目を薄っすらと開けるが、未だに真っ暗だ。
「ディマ?」
ディマはアデレードを起こそうとするのを止めない。しょうがなく、アデレードは寒い中ベッドから起き上がった。ディマはベッドから降りて、部屋の入口に向かいドアを開けて欲しそうに引っ掻く。
アデレードがランタンに火を灯しドアを開けるとディマは一目散に廊下を通り階段を下りていく。アデレードが後を追うと、玄関のドアをまた引っ掻いた。
「外に出たいの?」
アデレードがドアを開けると、ディマが飛び出す。
「どうしたの、ディマ?」
いつもと違う愛犬の様子にアデレードは戸惑う。ディマは玄関の少し先で立ち止まっていた。アデレードがランタンを掲げて近づくと、地面に黒い塊が見えた。
「きゃっ」
アデレードが思わず小さく叫ぶ。その塊は人だった。恐る恐るアデレードが近づく。その人は男性のようでうつ伏せに倒れ、ぴくりとも動かない。それにずいぶん汚れ、服もあちこち破れていた。
生きている、かしら……?
「あの……」
勇気を出して声をかけ、肩を揺らすとぴくっとその人の体が動いた気がした。
「メグ、呼ばなきゃ……メグ!」
アデレードは急いで家に入り、3階へ駆けあがりメグを起こした。主人のただならぬ様子にメグは驚きつつ一緒に外に出る。そして倒れている男性を一緒に運ぶことにしたのだが、女性2人で成人男性を運ぶのには難儀した。
「ディマが人間だったら良かったのだけど……」
「ホントですね……」
2人は苦労して男性を談話室の暖炉の前に横たえた。2人は肩で息をする。空が白み始めていた。
「ラシッド先生を呼んできた方が良いわよね?」
「そうですね。私達だけではどうにも出来ませんし」
アデレードが外に出ようとしてメグに止められる。
「お嬢さん、着替えないと」
「あっ!」
2人とも夜着のままだ。急いで着替えて、アデレードはディマと共に走ってラシッドの家へ向かう。ドアを叩くと眠そうなラシッドが迎えてくれたが、事情を聞くと身支度を整え、アデレード達と共に家に入る。
部屋の中ではメグは暖炉に火を入れ、布や包帯、桶に入った水など治療に使えそうな物を用意してくれていた。ラシッドは男性の服を脱がし外傷が無いか確認する。
「見たところは、命に関わる酷い怪我をしている様子はありません。ただ深いもの浅いものも含めてかすり傷や切り傷が多い上に、ずいぶん衰弱しているようです。山や森の中を駆けてきたような感じですね」
「山や森の中を? 熊や狼にでも追われていたのかしら……」
「うーん、もしそうなら密猟者かもしれません、お嬢さん」
「目を覚まさないことには何とも分かりませんが、とりあえず包帯巻くの手伝ってもらえますか?」
ラシッドの指示で2人は怪我の治療の手伝いを始めた。しばらくすると乱暴に玄関のドアを叩く音が部屋に響き渡る。
「誰かしら……あ、2人はこの人の治療続けて。私が出ますわ」
そう言ってアデレードが立ち上がる。ドアを叩く音は止まない。その様子にアデレードは、ドアを叩いている人物が村の住人ではないような気がしてきた。
……村の人ならこんな乱暴にドアを叩き続けたりしないわ。
ディマがアデレードと一緒に玄関へ向かう。何だかぞわぞわと嫌な予感が彼女の心にせり上がってきていた。




