第4話 暖炉の前で
「しかし、いくら何でも自ら死を選ばなくとも、良いのではないか?」
「では、一体私に何が残っているとおっしゃるの? 私が生きていて誰が喜ぶのです? 私は悪いことをしたのです。それなら、その責任を取りますわ」
「フロイライン、やけになることはない。君が亡くなれば家族が悲しむだろう」
「家族! 私を捨てたのに?」
アデレードは嘲る様に笑った。
「いえ、家族だけじゃありませんわ。王子も、友達もっ」
彼女の目から感極まったように一筋涙が流れた。子犬が慰めるようにアデレードの手を舐める。
「せめて、お父様とお母様には愛情を示して欲しかった。ただそれだけなのに……」
それさえあれば、私だってこんな真似はしなかった!
でも、誰からも必要とされていないなら、生きていたってしょうがない。
一度流れた涙は留まることを知らず、堰を切ったように彼女の目から溢れ出る。カールは遠慮がちにアデレードの近くへ座り、同じように暖炉の炎を見つめた。
「私から見れば、君は君がしたことの罰はもう十分受けたように思う。その上で、さらに自らで自らを罰する必要があるとは思われないが」
カールにとって、王子の婚約破棄もそれに伴うアデレードの醜聞も興味のない事柄ではあったが、マイヤール家の令嬢が王子の婚約者として前々から定められていた事くらいは知っている。
彼女にとってはそれが人生そのものだったのだろう。それを奪われることに必死に抵抗しただけ。やり方は非常にまずかったようだが。
だが、それも仕方ない。
「君は幼かっただけだ、フロイライン・マイヤール」
パチパチと炎が音を立てる。
「未熟が故に人は時折突飛な行動を取ることがある。ただ、それだけだ。だから、そんなに自分を責めることはない」
アデレードは膝に顔を埋める。嗚咽が漏れた。カールは表情には出ていないが、内心困惑していた。
慰めるつもりが、逆効果だったかもしれない。赤の他人に知った風な口を利かれて、さらに傷つけてしまったか……。私はどうも、こういうことは苦手だ。
「すまない。どうやら私は君を傷つけてしまったようだ」
アデレードは顔を伏せながら首を振った。違うんです、と言おうと思ったが、嗚咽のせいで上手く声が出ない。
カールは躊躇いながらも、手を伸ばしアデレードの背中を遠慮がちに撫でる。その不器用な撫で方に、言葉に、その温もりにアデレードの凍った心が解きほぐされていく。アデレードは泣き続け、いつの間にか眠っていた。
カールはそっと彼女の体を横たえ、その体に上から毛布をかけてやった。
暴走する婚約者のお陰で、耐え忍ぶ心清い乙女だと、あっさり受け入れられた王子とその恋人。アデレードのしたことは、公爵家は何も関与していないとでも言うように彼女を処分した家族。
「アデレード・フォン・マイヤールという”悪役”を追い出して大団円というわけか。王都の連中は……」
だから、好きになれんのだ。
カールは暖炉の灰をかき混ぜ、火が消えぬように薪を追加した。