第38話 2人の朝
夕食を片付け、カールを客室へ案内する。ベッド以外は何も置いていない部屋はがらんどうとしている。
「本当に何もない部屋ですけど……」
「寝られれば構わん」
「ありがとうございます。伯爵、お休みなさい」
「あぁ、おやすみフロイライン」
カールと別れアデレードもディマと共に自室へ戻る。髪を整え、夜着に着替えベッドへ入る。
もしも、もしもよ、ここに伯爵が入ってきたら……。
アデレードは顔だけでなく体全体が熱くなって、バタバタとベッドの中で暴れる。足元で丸まっていたディマが驚いて顔を上げる。
な、なに考えてるの、私ったら、はしたない! でも、この前の野蛮で野性的な伯爵だったなら……って、本当に何考えてるの、私の馬鹿っ。
アデレードは何回もベッドで寝返りを打つ。カールが同じ家にいるという事実とおかしなことを考える自分への羞恥心に悶えていた。
この前だって山小屋に一緒に過ごしたのに……。きっと、幻の話なんてした所為ですわ、きっとそう……。
次の日の朝、アデレードはいつもと同じくディマに起こされる。
「うーん、もうちょっと……」
ディマが何かを訴えるようにわふっと耳元で吠えた。それでアデレードははっと起き上がった。
「伯爵が泊まっていらしたんですわっ。朝食作らないと」
昨日なかなか寝付けなかった所為で起きるのが遅くなってしまった。慌ててベッドから降りて、部屋から出ていこうとすると、裾に噛みついて止められた。
「どうしたのディマ……あっ」
夜着のままだ。いくら焦っているとはいえ、身だしなみを整えないまま部屋を出るわけにはいかない。アデレードは急いで身支度すると、ディマに話し掛ける。
「これで大丈夫かしら?」
アデレードが問いかけると、わんとディマが答えた。
「あなた、人間だったら素晴らしい執事になれるわね」
足早に階段を降りると、ベーコンを焼く香ばしい匂いがしてきた。
「メグが戻ってきたのかしら?」
不思議に思って台所へやってくると、料理していたのはカールだった。
「は、はくしゃくっ!?」
「あぁ、おはようフロイライン。調理場を借りているぞ」
驚いて固まるアデレードにカールは事も無げに挨拶する。
「もうすぐ出来る、待っていてくれ」
「お客様にそんな……」
「気にすることはないさ」
「ですが……それにしても、伯爵、料理がお出来になるのですか?」
「まぁ、簡単なものなら。猟に出るとき泊まりになることもある、それで父に仕込まれたものだ」
「まぁ、そうでしたの」
つくづく変わった伯爵だわ。普通、伯爵のような位の高い、というか貴族が自ら料理するなんて考えられないもの。
けれど決して不快ではない。それどころかアデレードにはとても好ましく映る。
「さて、出来たぞ。向こうまで持っていくか?」
「私達はいつも大体ここで食事してますの。でも、お客様がいるのですもの、食堂か談話室まで持って行きましょうか?」
「いや、それならここで良い」
スライスして温めたパンに焼いたベーコンをのせ、その上から溶かしたチーズをかける。それにタマネギを炒めて作ったスープを添える。
「まぁ、雑な猟師の料理だが」
「とっても美味しそう。頂きます……うん、暖まりますわ」
「そうか」
美味しそうに食べるアデレードにカールはほんの少し照れたように笑った。ディマもベーコンをもらい嬉しそうに食べ始める。
穏やかな朝、こんな日を毎日伯爵と迎えられたら……って私ったら昨日から何考えてるのかしら。しっかりしなさい!
アデレードは食べることに集中しようと試みるが、これを食べ終わったらカールが帰ってしまうのではと思った。
ちょっとゆっくり食べようかしら……。
「今日は綺麗に晴れたな」
「そう、ですね……」
台所の小窓から外を見れば、雲一つない青空が広がり、木の枝に着いた雪が陽の光にきらきらと輝いている。
帰らないといけないはずなのだが……。
カールは何故かそれを口にしたくなかった。彼女の喜ぶ顔を見ていると、自分の心もどこか暖かくなる。それが心地良いような、もどかしいような、くすぐったい気持ちになるのだった。
甘い雰囲気出すって難しいですね……。
皆さま、いつもお付き合いいただいてありがとうございます。
ちょっとでも甘い世界を醸し出せるよう頑張ります。




