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第36話 カール、過去への旅

 長い沈黙の後、カールは口を開いた。


「……別に、そんな深刻な話ではないんだ。もともと母の生家は財政的に厳しくてね、それでリーフェンシュタール家が支援する代わりに母が嫁いできた。だが、都市暮らしを懐かしんでここから出て行ったというだけだ」

「だけって……伯爵は置いて行かれたのでしょう?」


 アデレードの心配そうな顔に、カールは苦笑いする。


「まぁ、跡取りだからな。それに私はここから離れたくなかったし、母も私を連れて行こうとは思わなかったさ。それに別に離縁したわけじゃない。母は王都のリーフェンシュタール家の屋敷に住んでいたんだ。社交シーズンになれば、会いに行っていたし、父も母に会えば別に仲良くやっていたように思う」


 息子の前だからかもしれないが。どうあれ、2人の間に何があったのかはもう知るすべはない。両親が離縁しなかったのは、単に出来なかっただけかもしれない。結婚した事情が事情だけに。


「一度だけ、母に聞いたことがある、領地に戻らないのかと」

「それでお母様は……?」

「母は、父が望まないなら帰っても迷惑なだけと。だから、父にも尋ねてみれば、母が戻りたいと思っていないのに、そんなことを言っても困らせるだけだろうと」


 2人の寂しそうな顔を今でも覚えている。お互いに嫌い合っているようには見えなかったが、妙に遠慮し合っていた。


「どちらかが何か行動を起こしていたら、何かが違っていたかもしれない……いや、私も結局、母に戻ってきて欲しいとは言えなかった」

「伯爵……」


 カールは窓を見つめる。遠い昔を思い出しているようだ。


「今思えば怖かったのだ、断られるのが」


 一度置いて行かれ、またも捨てられることに。山で死にかけても、山で猟をすることを恐れたりはしなかったのに。


「そして父も母も……野蛮なリーフェンシュタール家とは思えないだろう?」

「またそんな……」


 カールの自嘲的な呟き。


「でも、少し分かるような気がするのです。本当のことを確かめたくない気持ちは」

「フロイライン?」

「私も王子に始めから直接聞けば良かったし、王子も言ってくれれば良かった」


 私も王子も気まずく面倒な展開になることが分かっていたから、向き合えなかった。始めから向き合えていたなら、破談は避けられないにしても、その後の展開はまた違ったものになっていたかもしれない。


「……皆少しずつ臆病なのかもしれませんね」

「そうかもしれないな、ほんの少し勇気があれば……」

 ディマが窓から離れて、カールの傍に来て、膝に顎を乗せる。撫でて欲しそうだ。彼が頭や体を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めた。その温もりに僅かに慰められた気がした。


「結局は生前2度と一緒に暮らすことはなかった両親だが、先に父が亡くなったのだが、母は最期に父の隣に埋葬して欲しいと言った。今はこの地で並んで眠っているよ、皮肉な話だが」

「そんなことありませんわ。きっと、お母様はお父様に戻ってきて欲しいと一言言って欲しかっただけだと思います。素直になれなかっただけ、きっとそれだけですわ」

「フロイライン・アデレード……」

「今はきっと仲睦まじく過ごされてますよ」


 アデレードは優しい瞳で微笑んだ。



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