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第34話 アップルパイの甘い時間

 紅茶を淹れに行こうとしたアデレードをカールが呼び止めた。


「そう言えば、メグはどうした? そういうことはメイドの仕事ではないのか?」

「あら、伯爵ご存じありませんの? メグのお母様のアルマさんが転んだ際に手を突いてしまって、腕を痛めてしまいましたの。メグには家の方を手伝ってあげて、と言ってありますから、今は居ませんわ」

「それで姿が見えなかったのか」

「はい。またお見舞いに寄ってあげて下さいまし」

「そうするとしよう」

「えぇ、ぜひ。ではお茶を淹れてきますわ」

「あっ……」


 アデレードはパタパタと軽い足取りで台所へ行ってしまった。カールは小さく溜め息をつく。ディマと残されてしまった。


 すぐに帰るつもりだったんだが……。


「まぁ、一緒にアップルパイを食べるくらいは良いさ。どうやら村の人間と祝っている様子もないし」


 カールはディマを見る。


「ディマ、お前少し見ない間にまた大きくなったか?」


 ディマはキョトンとした表情で見返している。


「フロイライン・アデレードが一人で食べるのも味気ないからな……友人として、そう、友人として付き合うのは当然だ。何も別に心配などしているわけではないぞ」


 などど、カールは何故か犬に言い訳がましく話し続ける。ディマは分かっているのかいないのか、首を傾げた。外には雪が舞い始めている。


「お待たせしましたわ」


 アデレードが紅茶や皿などを載せた盆を運んで戻ってきた。アップルパイの4分の1を切り、さらにそれを2つに切り分けて、それぞれの皿へ載せる。ディマには干し肉をおやつにあげた。


「いただきます」


 アデレードはアップルパイを一口頬張る。


「んー、甘くて美味しい」

「そうか」

「生地もさくっとしてて」


 カールは嬉しそうなアデレードの様子に自然と口元が綻ぶ。


「あんまりじろじろ見ないで下さい……」


 アデレードがカールにの視線に気が付き、顔を赤くする。見つめられると落ち着かない。あの宴の夜を思い出してしまうからだ。


「……すまない」


 彼女に指摘されて初めて気が付いたように気まずそうに視線を外した。


「ただ、可愛いなと思ってな」

「もうすぐそうやって。子どもっぽいと思ってらっしゃるんでしょう?」

「そんなことはないさ」


 カールは苦笑いし、アップルパイを口に入れる。その様子を見ながらアデレードは思い出したことがあった。


 そう言えば、婚約者だった王子は、勿論アップルパイよりずっと値を張る贈り物を下さったけど、一度も誕生日を祝いに来たことはありませんでしたわ。

 ……やっぱり、私愛されてなかったのね。


 アデレードは小さく首を振った。


「フロイライン?」

「何でもありませんわ。伯爵、ありがとうございます。お忙しいのに来てくださって」

「まぁ、旨いアップルパイを食べる時間ぐらいはある。気にすることはないさ」


 その僅かな時間すら、王子は私には使って下さらなかった。それなのに伯爵は……。私自身ですら忘れかけていた誕生日を祝いに来てくれた。


 その事実が、アデレードの心をくすぐり浮き立たせ、体を熱くさせる。


「いえ、本当に嬉しいんです」

「なら寒い中を歩いてきた甲斐があったな」

「作って下さった方にもお礼を伝え願えますか? とっても美味しかったと」

「伝えておこう」


 どちらともなく微笑み合い、暖かい空気が2人を包む。それとは対照的に外は吹雪の様相を呈し始めていた。それをディマだけが窓から見ている。

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