第30話 アデレード、過去への旅
「そんな嫌われ者が、ホテルなんてやっても大丈夫かしらって思いもあるの」
「お嬢さん……私はやってみるべきだと思います」
「そう?」
「もしホテルが軌道に乗ったら、この村にも活気が出来て、家族と離れて外に働きに出る必要もなくなりますし。そしたら皆喜びます」
「ここの皆の為になる?ホテルをやることが?」
「はい!」
メグは思い切りの良い笑顔を見せる。
それは……ここの人達に対する恩返しにもなる……?
「お世話になってきた分を、私にも返せるものが出来るということね。そうね、それなら挑戦してみましょう。一応、夏には1件予約が入っていますし」
この前来たマックスさんのことだけど。
アデレードは決意を込めて頷く。
「これから何が必要になるか考えていきましょう」
夜、アデレードはベッドに座りながら、昼間メグに言われた、婚約者を愛していたんですね、という言葉のことを考えていた。
勿論、アデレードは王子のことは嫌いではなかった。会えば、美しく優しい王子にぽーっとなったものだ。そしてそんな人の婚約者である自分が誇らしかった。
でも、その優しさは、今思えば別に私を好いていたからではなく、本人の気質というか性格と公爵家の令嬢という立場に則った礼儀の範疇だっただけ。
そう思うと胸が痛まないではなかった。
私が、私だけが一方的に熱を上げてただけだっということ……そういうことよね。
アデレードは髪を撫でつけながらぼんやり思い出してみる。まだ半年も経っていないのに随分昔な気がした。
では、王子に好きな人が出来て婚約破棄されそうになったとき、私はどう思ったのだったかしら?
一番最初に来たのは怒りだった。そう、蔑ろにされた怒りだった。自分という者がありながら、裏切られたことへの。そして、それを分かってくれない王子や周りの人々への。
……これは、子どもの癇癪と一緒だわ。
自分の思い通りにならないから、怒りに任せた行動を取ってしまった。
つまり、王子への思いは子どもっぽい執着心だったということで。自分の物だと思っていた物が奪われることへの抵抗であって、愛ではなかったのかもしれない。
……私以外の人は皆気が付いていたわね、きっと。だから、居たたまれない顔で私を見ていたのだわ。
思わず、アデレードは失笑してしまう。
伯爵がかつておっしゃっていた通り、私は未熟で幼かった。
「あの時よりは、マシな人間に成れていると良いですけど……王子は今頃どうしていらっしゃるかしら……」
きっと恋人と結婚されてるかしら、いえ、まだ婚約されただけかもしれませんわね。私と破談になって、まだ間がありませんもの。でも、いずれにせよお幸せに過ごしてらっしゃると良いわ。
彼女は切にそう思った。
王都や社交界の話はここではまったく入って来ないから、想像するするしかないけれど。
ベッドの上で丸くなっているディマを一撫でして、アデレードも布団へ潜り込む。ディマはぐんぐん大きくなっており、子犬の時のように抱きしめて寝るというのが出来なくなっていた。それで最近はベッドのアデレードの足元辺りに丸くなって寝るようになっていた。
これがもし、伯爵に愛する人が出来たらどうかしら……。
……とても、悲しいわ。想像しただけで胸が張り裂けそうなくらい。
でも、どうしてかしら?この気持ちの違いは何?
アデレードはもやもやした気持ちを掻き消そうとして、何度も寝返りを打った。




