第24話 冬狩り
雪が降っては融け、雪が降っては融けてを幾度か繰り返し、ついに雪は融けずに降り積もるようになった12月のある日の朝。
「お嬢さん、今日は冬狩りの日ですよ」
「冬狩り? ……この前伯爵にお会いしたときもそんな事を言ってらしたわ」
アデレードが子ども達と雪遊びに興じた日の話だ。カールは村の人と冬狩りの相談をしに来たと言っていた。
「ぜひ、見に行きましょう!」
メグに誘われ、訳も分からずアデレードは村へ向かう。村の中の道に人々が集まり出している。2人と愛犬のディマもそこに加わる。
一体、何が始まるのかしら?
アデレードが興味津々で待っていると、北の方から武装した一団がやっくるのが見えた。その一団が近づいてくると、その先頭を歩いているのがカールだと分かる。いつもの黒いフロックコートではなく、灰色の見事な毛皮を纏い、弓具を携え、腰には狩りに使う短剣を帯びていた。
その威風堂々たる姿に、アデレードは圧倒され目が釘付けになる。
リーフェンシュタール伯に続く男達も同じように弓を持ち短剣を身に着けている、その誇らし気な様子。派手さは無いが、その荘厳な姿に見物に来た人々も皆食い入るように見つめている。
「これは……?」
アデレードが思わず呟くと、隣に立っていた男性が答えた。
「これが”冬狩り”だよ」
「ゲンさん」
アデレードがゲンさんと呼んだ男性は、本名をゲアハルトと言ったが、皆は親しみを込めてゲンさんと呼んでいる。30代半ばくらいで、5,6年前にふらりとやってきた移住者だ。猟師としての腕前はピカイチだが、酒好きで酒代を稼ぐ時しか猟をしない変わり者だった。
「冬狩りってのは読んで字の如く、冬場に行う猟のことなんだが」
「冬にも狩りをするのですか?」
「そうだぜ。他の季節と違い、草や葉が繁ってないから見通しが効くからな。勿論もっと雪が深くなったら身動きが取れなくなるが。雪がそれほど積もってない今頃に狩りをするのは理にかなってるんだよ。で、伯爵と共に狩りに出る特別な日を冬狩りと呼ぶんだと」
その話を聞きながら、アデレードは間近に迫ってきたカールを魅了されたように見つめる。毛皮を纏い決然とし表情一つ変えぬ彼を見て、以前社交界で彼が野蛮な山賊と悪し様に噂されていたことを思い出した。
山賊ですって? いいえ、そんな卑俗的な存在じゃないわ……そう、伯爵は威厳に満ちた山の王よ。
伯爵が話してくれた、かつてリーフェンシュタール家の初代は誰も居ないこの地へ、彼を慕う部下を伴ってやってきたと。きっと当時もこのように狩りへ行っていたに違いないわ。
唐突にアデレードの目の前に幻が現れる。厳冬の森の中を冒険心と誇りを持って進む屈強な男達。通り過ぎるカールの横顔にその幻が重なった気がした。確かにその山の王の血が彼にも流れている。
「あぁ、本当に素敵」
メグがうっとりと呟く。そこでアデレードははっとした。その一団をよくよく見れば、見知った村の若者達が混じっている。いつもは気の良い親切な村の住民だが、この姿はかつて騎士だった頃の面影を彷彿とさせた。
「この”冬狩り”が特別なのは伯爵と狩りをするというだけじゃなくて、成人の儀式の意味合いもあるからなんです」
メグがさらに解説を加える。この冬狩りに参加して初めて一人前の猟師、リーフェンシュタール領の男子と認められるのだ。なので領内の村から冬狩りに参加する為に若者が集まっているのである。
「勿論その前から猟の手伝いはしてますけど。正式なメンバーという訳ではなくて、あくまで補助というか見習いなんです」
沿道で見守る少年達の目にはくっきりと憧れが映っている。
こんな風に伯爵も幼い日に憧憬を抱いたに違いないわ。
若者に次いで猟犬を連れた数名のベテランの猟師がついていく。彼らが最後尾だ。
「そう言えば、ゲンさんは参加しなくてよろしいの?」
「オレはこういう格式ばったことは苦手でね。ここの出でもないし。まぁ、昔は伯爵も仲間と日常的に狩りに行ってたんだろうな。今はこう儀礼的になってるが」
「えぇ。何だか分かる気がしますわ」
先ほど見た幻を思い出し、アデレードが同意した。山の森へ入っていく一団を見送ると、住民達が騒ぎ出す。
「さーて、こっちも準備始めないとね」
「準備?」
アデレードが首を傾げた。
他にまだ何かあるのかしら……?




