第21話 アデレードの欲しいもの
医師のラシッドと別れ、アデレードはカールを連れて紙とインクを買い足した。
「他に何か買う物はあるか?」
そう問われたアデレードは思案を巡らせる。
防寒具は一揃い買って頂いたし、ディマの首輪も買ったし、紙とインクも。あとは……。
「あっ」
「何かあるのか?」
「あ、いえ……別に」
「何だ?」
「その、どうしても必要というわけではないのですけれど……」
躊躇いがちにアデレードが口を開く。心なしか気恥ずかしそうである。
「私いつも家から持ってきたというか、トランクに入れられていたという方が正しいのですけれど、そのドレスを着ているでしょう。でも、ここの人達が着ているものと同じ物が欲しいなって」
「同じ物?」
「はい」
この土地で暮らす女性達は刺繍やレースの施された白いブラウスの上に同じく刺繍の施された胴着を着て、膝か膝下丈の色とりどりのスカートを佩き、白い靴下に黒い靴を身に着けている。ディレンドルとも呼ばれるその格好をアデレードも着てみたいと思っていたのだ。
「ドレスは動き辛くて散歩には不向きですし、それに見た目もとても愛らしいと思いますわ」
普通の娘ならドレスを着たいと思うものだが……。ディレンドルはあくまで普段着、労働のための服だ。相変わらず、フロイラインは変わってるな。
「だがまぁ、良いのではないか」
2人で色々と出店を物色し、アデレードの気に入った物を一揃い購入した。
「すみません、伯爵。すっかり付き合わせてしまって……」
「……気にするな。これも貴重な体験をしたと思うことにしよう」
女性の買い物に付いていったことの無かったカールにとっても珍しい経験となった。
だが、それなりに忍耐が必要だな。
多くの女性と同じく、アデレードも品物を選ぶのにあーでもないこーでもないと延々見比べていた。
「何の役にも立たない経験だと思いますけど」
アデレードが申し訳なさそうな顔をする。結局、カールにも荷物を持ってもらい彼女は家に帰ってきた。家の扉を開けると、ディマが跳び出てきて尻尾をはちきれんばかりに揺らし、アデレードの足元にじゃれつく。寂しい思いをさせてしまったようだ。抱えていた荷物をとりあえず床に置き、愛犬を撫でる。
「ディマ、ごめんね。でも、あなたにもお土産があるから。きっと気に入ると思うわ」
「体は大きくなったようだが、甘えん坊だな」
カールも微笑んで、その背を撫でてやった。ディマは順調に大きくなっており、今はアデレードのふくらはぎ辺りまで背が高くなっていた。
「あぁ、お嬢さん、帰って来られたんですね。それに伯爵様もっ! すみません、すぐお茶お出ししますから」
丁度メグも市から戻ってきたようだ。両手いっぱいに小麦粉の入った袋を抱えている。
「私のことは構わなくて良い、もう帰るところだから。仕事を続けてくれたまえ。ではな、フロイライン」
「は、はい。ありがとうございました」
アデレードは去っていくカールに慌てて頭を下げた。彼が帰ったのと入れ替わるように、メグの家族が荷物を持って入って来た。
「あら、お嬢さん。市で買ってきた物持ってきましたよ」
どうやらメグが家族に協力を頼んだらしい。
「何だか、申し訳ありませんわ」
「いや、気にしないでくだせぇ」
「そうですよお、メグのこと雇ってもらえてこっちこそ有難いんですから」
「うわー姉ちゃん、良いところに住んでるね」
「でもちょっと殺風景じゃない?」
「さっきの人伯爵様じゃななかった?」
「私の家じゃないんだから、失礼なこと言わないのっ」
やいやい騒ぎながらメグと彼女の家族は荷物を運んでくれた。きっと家でも賑やかで楽しいやり取りをしているんだろうな、とアデレードは微笑ましくも羨ましくも思った。自分の家族とは全然違う、温かい家庭だという気がした。
別に家族が嫌いというわけではないですけれど……。温かみのある家族だったかと問われれば、違うと言わざるを得ないですわね。
「あ、お嬢さん。毛糸と刺繍糸も買っておきましたから冬の間練習しましょう」
食料保存庫をいっぱいにして満足したメグがアデレードに笑いかける。
「えーじゃぁ、私も一緒にやりたいー」
メグの妹の一人がすかさず話し出す。
「もーあんた達はお母さんに教えてもらいなさい」
「まぁ、それも楽しそうだわ。一緒にやりましょうね」
「お、お嬢さんてば……」
困ったようなメグの声に、優しい笑い声がアデレードの家に満ちる。メグの家族はアデレードが謝礼を渡そうとしたのを固辞した上、自家製の蜂蜜まで分けてくれた。
私、本当にもらってばっかりだわ。何かお返し出来ることがあるかしら……。




