第15話 思いがけない提案 中
「ここにホテルが出来たら毎日登りたい放題だなぁ」
「……それは、あなたが山を登る拠点が欲しいだけではないかしら?」
アデレードは半眼になって呑気な言葉を繰り返すマックスを睨む。
「いやぁ、そんなことは……あはは。でも、これから山は”きます”よ。窮屈な都市の暮らしに辟易した人々がこの雄大な自然に癒しを求めて、ね」
彼のその言葉に、アデレードは一ヶ月程前の自分を思い出す。
確かに、伯爵と一緒に見た山々を照らす朝焼けの情景はアデレードの心を癒した。
「それは……まぁ、そうかもしれませんわね」
「でしょう? これはリーフェンシュタール領にとっても悪い話ではないはず」
「ほぉ、それは興味深い話だな」
アデレードとマックスが声がした方に驚いて振り向くと、そこにカールが立っていた。
「「伯爵!」」
2人が同時に声をかけた。
遡ること数時間前、カールはロイド卿からの手紙を受け取っていた。
そこには、間違いなくリーフェンシュタール領にいるマックスが自分の次男坊で、折角入れた大学をほっぽりだし山ばかり行く酔狂な人物であると認めていた。終始申し訳無さにあふれた手紙で、最後にはもし息子が何か法に触れることをしたなら、遠慮なく罰して欲しいと書いてあった。
なるほど。彼は不良、いやお気楽な道楽息子というわけか。
次男は長男がいる限り爵位もそれに付随する諸々の権利も継げない。代わりに学者にして身を立てられるように、とした親心がマックスには伝わっていないようだ。
まったく、どうしてこう困った連中が集まるんだ領内に。引き寄せる何かがあるのか?
いや、そんなわけはない。偶然だ、偶然。
カールは嫌な予感を振り払うように軽く頭を振った
「君がマックス・ロイド本人なのは確認出来た。怪我が治ったのなら早々に大学へ戻りたまえ。お父上が嘆いておられるぞ」
「いや、僕はこの山々に登るまでは諦めませんよ」
カールは眉間に皺を寄せた。
「今はやめておけ。標高の高いところは既に雪と氷の世界だ。ここの山々に不慣れな人間の行くところではない」
「伯爵は山に登りたいという気持ちはないんですかっ!」
マックスは嘆かわしいと言わんばかりの表情でカールに訴えかけてくる。
「……気持ちがどうのという問題ではない。命に関わる話だ」
よく分からない彼の熱意に押されつつもカールは冷静に答えた。
「伯爵はここの魅力を分かっておられないっ。東西を山脈が走り、それぞれの山塊から幾筋もの尾根が山麓へ向かって伸び、その尾根と尾根の合間に沢がありそこから銀色の流れが美しく山野を下っていく……こんな素晴らしい場所なのに。伯爵はここに対する愛情はないんですか!」
……この男、ここをどこだと思っているのか。
カールの眉根がぴくぴくと動く。
「ここは私の生まれ育った場所だ。君に言われなくても自分の領地のことはよく分かっている」
「じゃぁ、登りたい僕の気持ちも分かってくれますよね?」
すがりつく勢いでマックスはカールに迫り、ついには根負けしたカールがため息を吐いた。
「分かった。だが、今の時期の登頂は危険だ。雪の最も少ない夏場なら許可しよう」
マックスの顔に満面の笑みが広がる。
「ありがとうございます!そのときは伯爵も一緒に登りましょうっ」
「……はぁ?」
「フロイラインも夏までにホテル開業しちゃいましょう!」
「えぇっ」
カールとアデレードは一様に唖然とした表情になった。
何を言っているんだ、この男は。
何を言っているのかしら、この人……。
山は良いよねぇ。




