第12話 突然の訪問
アデレードは家に戻り、玄関から入ってすぐの談話室の椅子に力なく座る。彼女の家の以前の持ち主の趣味なのか玄関に入った右側に数段階段を上がったところに談話室があった。おそらくここで音楽会でも催していたのだろう。
心配そうに見つめるディマを抱き上げて膝に乗せてその背を撫でると、くーんと鳴いた。
「なーに、ディマ。慰めてくれるの? ありがとう」
子犬を撫でながらアデレードは考え込む。
あぁ、きっともう伯爵は私になんて会いたくないわね。あんなに怒らせてしまったんですもの。私は何回同じ間違いを繰り返せば気が済むのかしら。
「私ってなんて駄目な人間なの……」
アデレードの目に涙が溜まる。伯爵を失望させてしまったことがこんなにも辛い。
それに何でこんなに悲しいのかしら……。
彼女は自分の気持ちに戸惑い、ディマをぎゅっと抱きしめた。
一方、カールは医者のラシッドに不審人物のマックス・ロイドのことは任せ、自身は一旦屋敷に戻った。この不審人物の身元を照会しなければならない。
マックス・ロイドなる男が本当に貴族なのか。そもそもマックス・ロイド本人なのか。本当の彼はどこか別のところにいて、ここに来た男は名を騙った偽者かもしれない。何が目的でここにいるのかはっきりさせなければならない。
カールはロイド家宛に手紙を書き、早馬で届けさせるよう部下に命じた。その仕事をやり終えて、ふとアデレードのことを思い出した。
最後に見た彼女の沈んだ顔。
「っ……」
別に自分は間違ったことは言っていない。言ってはいないが……。
少し言い方がきつかったかもしれない。
カールは書斎の椅子に渋い顔でもたれ掛かる。
なぜ彼女のことがこんなに気になるのか……。
そうだ、彼女はどうも思い込むとすぐ行動に移してしまうのが危ういのだ。
それが心配なだけ、それだけだ。
そう無理くり自分を納得させて、カールは立ち上がった。再び屋敷を出て、アデレードの家へ向かう。
アデレードがぼんやり談話室の暖炉を見つめていると、突然玄関のドアが叩かれた。
「フロイライン・アデレード、いるか?」
突然、カールの声を聞いてアデレードは驚いて固まる。
伯爵がなんで……。私また何かしてしまったのかしら……。
再びカールがドアを叩く。
「フロイライン、いないのか?」
アデレードは膝に抱いていたディマを降ろし、慌てて立ち上がると髪や服を急いで撫でつける。少しでも見栄えがよく見えるようにだ。
そしてゆっくりとドアを開けた。
「伯爵?」
アデレードは戸惑いながら伯爵を見上げる。
「私、また何か不味いことしてしまいましたか……」
「いや……その先程のことだが……良いか?」
「えぇ……どうぞ」
アデレードはカールを中へ入れて、先ほどまでいた談話室へ案内する。
アデレードとカールはその部屋の暖炉の前に置かれた椅子に座る。
「……」
2人の間に何となく気まずいものが流れ、口を開くのを躊躇わせた。
「あの……」
「フロイライン……」
同時に喋りだし、そして再び沈黙が訪れる。
「伯爵から」
「君から」
「「その……」」
どちらともなく苦笑いを浮かべる。
「あの、伯爵。何かお話があってここにいらしたのでしょう?」
「あぁ。先ほどは少し言い方がきつくなってしまった。すまない」
「いえ、そんな……」
カールが真剣な顔つきでアデレードの方を向く。
「だが、分かっていて欲しい。君は若い女性で、何かしらの武術の訓練も受けたことがない」
「はい」
「そんな人間が体格の良い男と渡り合おうというのは非常に無謀な話だ。今回は相手がたまたま暴力的な人物ではなかったから、フライラインは助かったのだ。そのことは心得ておいて欲しい」
「はい……」
こんな私を……伯爵は心配してくださってるんだわ。
そのことがアデレードの悲しみを溶かした。あの山小屋のときと同じように。




