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おまけ3 クラウス殿下の話

 アデレードとカールの仲睦まじい様子に舞踏会に集った人々も、余り者同士の結婚などど陰口を叩けなくなる。

 屈託なくカールに笑いかけるアデレードの笑顔は魅力的だったし、カールの方も彼女の曲がってしまった髪飾りを直してあげたりと、強面の顔とは対照的に優しいその仕草に人々は彼の包容力を見た。

 カールを怖くて避けてきた女性達も、アデレードに対する気遣いを見て彼の魅力に改めて気付かされたようで、そうなると顔の傷もワイルドな魅力を醸し出す、彼の魅力となったのだった。

 いち早く、そんな女性達の視線に気が付いたアデレードは、ぎゅっと彼の腕に抱きつく。


「どうした? アデレード」


 妻の不可解な行動にカールは戸惑う。


「皆、貴方を見ていますわっ」


 アデレードは周囲を威嚇するように睨む。


「傷が目立つからか?」

「もうっ、貴方が魅力的だからですわ! 狙われているんですっ」

「君が居るのに? よく分からないな」


 カールは理解しがたいとでも言うように首を捻る。アデレードはそんな鈍いカールの腕を引っ張り大広間の隅へ移動した。女性達の視線から隠す為である。


 今更カールの魅力に気付いたって、もう遅いですわ。カールは前からずーっと前から素敵だったんですもの。


 すると、そこへクラウスが近づいて来た。


「クラウス殿下」


 彼に気が付いた2人は慌てて姿勢を正し、頭を下げる。


「ご結婚おめでとうございます」


 クラウスは穏やかに微笑む。


「祝いのお言葉ありがとうございます。王太子殿下もご健勝そうで何よりでございます」


 カールとアデレードが王都から去った冬の間に、一連の事件を受けて大きな動きがあった。

 サウザー公爵だったウルリッヒは爵位と公職を剥奪され、領地は王家の直轄地となった。エーリッヒも正式に王太子の位を返上したと発表があった。現国王にはエーリッヒ以外に子が居なかったので、王弟の第3子クラウスを養子にすると同時に発表した。それは即ち次の王はクラウスであると内外に示す行為であった。


「ですが、クラウス殿下。殿下の上にはお兄様がお二人いらっしゃいましたよね?」


 アデレードの疑問にクラウスは困った顔になった。


「1番上の兄は自分が継ぐのは父の大公の地位だけで充分と言うし、2番目の兄は私に輪を掛けて学者肌なので王太子なんてなったら高等菌類の研究が出来ないと……」

「こうとうきんるい?」


 聞きなれない言葉にアデレードが首を傾げる。


「平たく言えばキノコのことですよ」

「王族がキノコの研究、ですか?」


 カールが何とも言えない顔になった。


「えぇ。我が兄ながら変わっていると思います。人よりもキノコが好きですから。現に今日もここには来ていませんしね。私がそちらにお邪魔してキノコ狩りをしたと言ったら、それはそれは羨ましがられました。そのうち、そちらにお伺いするかもしれません」

「……うちは変わり者の集合場所ではないのですがね」


 カールの困ったような言葉に、アデレードとクラウスは笑った。そしてふ、とアデレードは真顔になりクラウスに尋ねた。


「あの、殿下。エーリッヒ王子とイザベルはどうしていらっしゃるのでしょう?」

「2人は王妃の生家であるベルファーレン侯爵領の田舎に隠居していますよ。人々は事情を知りませんから、王位より恋人を選んだ王子、ということで穏やかに過ごされているようです」


 この後、エーリッヒは王族の公式行事には一度も姿を見せず、また公式文書にも一切名前が出てこなくなった。エーリッヒとイザベルがどのように過ごしたかは何の記録にも残っていない。ただ、彼らの暮らした周囲では昔、高貴な人が住んでいた、と言い伝えられるのみである。


「ウルリッヒ殿はどうなりましたか?」


 カールの問いにクラウスは悲し気に首を振った。


「彼は今、我々の管理下で療養していますが……麻薬の後遺症なのか禁断症状なのか、ぼーっとしていたかと思うと手が付けられないほど暴れたり……一度、私も彼を見舞いましたが、酷い有様としか言いようがありません」


 麻薬を求めて暴れるさまは、まさに狂人であった。


「彼の作った麻薬畑も精製所も焼き払いましたし、関わった者達の捕縛も進めていますが……長い戦いになるでしょうね」


 一度蔓延してしまったものを根絶するのは難事である。事の深刻さを身を以て知った王とクラウスは、今までよりずっと厳しく取り締まっていくことを決めた。


「殿下……」

「暗い話をしてしまいましたね」

「いいえ。皆さまの苦労を思うと心苦しいですわ」


 アデレードもこの事件に関わっていただけに胸中複雑である。心配そうなアデレードの様子にクラウスは黙って目を細める。


「殿下?」


 カールが声を掛ける。


「いえ、ほんの2年前まではこんなことになるとは思いも寄らなかったと思って……」


 自分が王太子になることも、彼女がリーフェンシュタール伯と結婚することも。


「何か一つ違えばこうはならなかった……感慨深いものです」


 例えば、ウルリッヒがおかしな企てを画策しなかったら、エーリッヒがイザベルの誘惑をはね退けていたら、アデレードがリーフェンシュタール領に送られなかったら……。


 私が彼女の許を訪れて、キノコ狩りや村で人々と触れ合うこともなかっただろうな。


 1人の青年として土や葉に塗れて笑いあった、クラウスの今となってはもう2度と出来ぬ経験。その中で生き生きと働くアデレードの姿。

 もし、もっと前から私が彼女のことを知っていたら……と考えてクラウスは頭を振った。


 詮無いことだ。私が惹かれたのはリーフェンシュタール伯と出会って変わった彼女なのだから。だから、こうなるのが相応しいのだ。


 アデレードとカールの寄り添う姿を見て、クラウスは胸に湧いたある種の感情にそっと蓋をする。


「先ほどのダンス、とても面白かったですよ。私も、陛下も大変楽しませてもらいました。どうぞ、これからも存分に見せつけて下さいね」


 クラウスは爽やかに微笑んだ。



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